優秀な人材を呼び込む「変則Iターン」で地方活性化を狙う

総合優秀な人材を呼び込む「変則Iターン」で地方活性化を狙う

第三次産業を中心とする、消費地としての松山市の立ち位置

前回、少しだけ触れたが、企業を誘致したり新たに起業しやすい環境をつくることで、いかに地場産業を活性化できるか──それが地方創生の一つのカギにになってくる。今回は、松山商工会議所に商工活性化の立場から、ITに関する企業支援や人材発掘などの取り組みについて話を伺った。

松山商工会議所のWebサイト。企業経営の支援や、観光振興・街づくりなどの地域活性化、産学連携の取り組みを推進している
松山商工会議所のWebサイト。企業経営の支援や、観光振興・街づくりなどの地域活性化、産学連携の取り組みを推進している

松山商工会議所(以下、商工会)は明治15年に設立され、130年を越える歴史がある団体だ。これまで企業経営の支援や実務的なサポートのほか、観光振興や街づくりといった地域活性化、産学連携の取り組みなどを実施してきた。また最近では、人口減少やグローバル化が進むなかで、社会構造の変化をとらえて、地域のサステナブルな発展についても考えているという。

現会員数は約6000事業所で、構成会員の95%が100名以下の中小企業だという。これまで会員数はずっと横ばいだったが、平成27年度になって100事業所ほど微増に転じた。企業数が増えているわけではなく、増加の理由について明確ではないが、卸売・小売業・観光・飲食業(合計で35%)が多いため、そのときの景気に左右されているのかもしれない。

そもそも松山市の産業は、圧倒的に第3次産業の比率が大きい。その理由について、商工会の総合企画部 副部長 主任経営指導員である中矢 斉氏は次のように語る。

松山商工会議所 総合企画部 副部長 主任経営指導員 中矢 斉氏
松山商工会議所 総合企画部 副部長 主任経営指導員 中矢 斉氏

「松山市は道後温泉を代表とする観光地ですが、第3次産業が盛んな理由はそれだけではありません。もともと愛媛県の東側が第2次産業の街で、住友化学や大王製紙などのプラントも多かった土地柄です。一方、内側は柑橘系などの第1次産業が中心。その間に松山市が位置し、大きな消費都市が形成されました。そこで卸売・小売・商業などがメインになっているわけです」(中矢氏)

従って情報サービス業に関しては、松山市はそれほど強いとは言えない。ただし経済面では、道後平野に愛媛県の半数の人口が集中しており、それに比例した民力がある。県庁所在地なので、行政系サービスという面ではITが大いに活用されている。そのような状況で商工を活性化するために、商工会はどんなIT支援をしているのだろうか?

「どこの商工会も同じでしょうが、やはり会員の販路を拡大し、売り上げや営業の向上を支援することが大きなテーマになっています。攻めのITという観点からソリューションの導入も推奨してきましたが、初動段階というところです。小規模事業者では、まだ自社サイトがない企業も多いのです。ITリテラシーが追い付いていないため、このあたりからサポートする必要があります」(中矢氏)

「松山EC研究会」を結成し、会員のネットショップをサポート

行政とは異なる商工会の立場としては、ボトムアップで会員全体のレベルを引き上げていくことが重要な課題でもある。現在は小規模事業者に対し、個別に支援をしていくことが重点施策になっているが、会員に呼び掛けて「松山EC研究会」も結成している。同研究会の立ち上げは平成17年で、研究会の会員は現在42社ほど。ネットでの商材というと地元産品が多いように思われるが、必ずしも愛媛県のモノにこだわっているわけではないそうだ。

EC研究会の会員サイトの一例。松山酒販 リカー&ドリーム 酒散歩のWebページ。
EC研究会の会員サイトの一例。松山酒販 リカー&ドリーム 酒散歩のWebページ

「もちろん、ネットショップではミカンなどの特産品も扱っていますが、全体の半分程度です。松山のモノを扱わず数百万円の月商を上げるショップもあります。ECはコストをかけずに、距離を超え、どこでもお客様が見つかるツールであるため、それほど地元産品にはこだわっていないようです」(中矢氏)

購買先は東京・大阪などの大都市部が多いが、国内だけでなく外商も今後の大きなテーマになっているそうだ。言うまでもなく松山は観光業が盛んでインバウンドも多い。しかし、そのほとんどは台湾・中国・韓国・東南アジアなどからの観光客だ。彼らが帰国後に、ネットを通じて地元商品を購入してくれることは稀だ。たとえリピーターになってくれても、まだ海外ECは規模的にもペイしない。

「海外からの売り上げが何割かを占めるネットショップもぽつぽつと出ていますが、まだこれからというところです。このテーマをいかにクリアするのか、これが目下のEC研究会の課題になっています」(中矢氏)

優秀な人材を呼び込め! 「変則Iターン」とは何か?

では、人材面での発掘や育成についてはどうだろうか? 商工会も市役所と同様に、UJIターンの取り組みを行っている。しかし商工会の場合は、市役所とはかなり違うスタンスを取り、求める人材を明確にセグメント分けしているそうだ。

中矢氏は「我々が狙っているのは、第二キャリアで、30歳前半までの人材です。移住・定住ではなくて、もともと地元出身で、都心部に出て、キャリアを積んできた幹部候補。介護など実家の事情で地元に戻らなければならない求職者などをターゲットにしています。年齢が40歳を超えると大企業のカラーが出てしまい、逆に採用が難しくなるため、やはり30歳前半までと考えています」と説明する。

ただし、もともと地域としての民力や経済力がある松山ならではの難しさもある。例えば、商工会が目指す人材は、他の地方都市よりも敷居が高くなっている。つまりヘッドハンティング的な要素がある。中央からコアな人材を引っ張ってくるということだ。そのため成約数を多く見込んでいるというわけでもない。あくまで求人企業側と求職者側のニーズをピンポイントに拾い上げてマッチングさせ、いかに成果を上げていくかということがポイントになっている。

実は商工会には、UJIターンではない「変則Iターン」と呼んでいる取り組みがある。「奥さんが地元出身で、旦那さんがIターンするというケースです。旦那さんも、まったく知らない土地柄ではなく、普通のIターンより来やすいという利点があります。我々は、求職者に対して一般の就職サイトでは見つからない地元情報を提供し、優秀な人材を発掘しようとしています。ただし、いまのところ両者のニーズが潜在的であるため、いかに顕在化させるかという点が、次のハードルになっています」(中矢氏)。

特に大きな課題がないことが、逆説的な課題に

最後に、同氏に商工以外での課題について尋ねると、意外な言葉が返ってきた。

「ある意味では、大きな課題がないことが松山の課題であるとも言えます。気候も良く、住みやすくて、食べ物も美味しく、物価も安い。ある程度の大都市であり、欲しいものがどこにいても手に入ってしまう。だからこそ、良い意味でも悪い意味でも、地域住民はそれほど危機感を感じていないのです」(中矢氏)

この指摘を聞いて、前回伺った松山市役所の方々が、強い危機感を抱いている意味もよく理解できた。いまは何の不自由もない地方都市であっても、緩やかに減退し、住民が感じない間にジリ貧になっていくことが明らかだ。だからこそ、行政側の松山市も「松山が、なくなる日」というショッキングなキャッチコピーを打ち出して、さまざまな施策を打ち出したのだろう。

「もちろん経済界に対しても、こういった警鐘を鳴らすことが商工会の役割だと思っています。我々も、漠然と何とかなるだろうという安易なイメージを払拭していく必要があると考えているのです」(中矢氏)

これは、松山のように緩やかに変容する地方都市だけの課題ではなく、人口減少を迎えている日本全体で考えるべきことだろう。さらに言えば、地方都市が集約した「東京」「大阪」という大都市こそが、真剣に考えなければならない問題なのかもしれない。

次回は、東京から松山に進出したIT企業の事例から、その狙いや、地場で元気に活躍する企業のクラウド活用事例について紹介する。