総合ランサーズ、「フリー人材」育成で地方を救う
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鹿児島県の離島、奄美大島にある飲食店。ここで月に1度のペースで勉強会が開かれている。参加しているのは主婦や若者ら約20人。コーヒー片手に軽食をつまみながらと和やかな雰囲気だが、講師のライターや編集者の話を聞く表情は真剣そのものだ。
個人が自宅などにいながら、文書作成やソフトウエアの開発、ロゴのデザインといった企業の仕事をインターネット経由で請け負う。ここ数年で、そんな「クラウドソーシング」の活用が広がっている。
Uターン・Iターン組が担い手に
ランサーズ(東京都渋谷区)もクラウドソーシングを手掛ける企業の一社。同社は昨年、仕事の担い手となる地方の人材の発掘・育成事業を開始した。その一環として奄美市と共同で進めているのがこの「フリーランス寺子屋」だ。
寺子屋に参加する一人、柳原広子さんは奄美大島出身。高校を卒業して千葉県で就職後、外国人の夫と結婚し2人の子供に恵まれた。
長女の高校進学に併せて奄美大島に戻ることを決断し、現在は千葉に残る夫や長男と別々の生活を送っている。「夫の稼ぎだけで生活するのは苦しいが、長女の世話もある。家でできる自分に合った仕事を見つけたい」。柳原さんは参加した動機をこう語る。
寺子屋にはこれまで延べ約120人が参加。柳原さんのような「Uターン」組や、奄美大島の豊かな自然に引かれて移住した「Iターン」組が大半を占める。その多くが「アルバイトのように時間の融通が利く仕事がしたい」との希望を持っている。

だが、大規模な工場や商業施設に乏しい奄美大島では、希望するような仕事の募集がほとんどない。寺子屋事業を手がけるランサーズの根岸泰之取締役は「自分で仕事量を調整できるクラウドソーシングは、奄美のような地方でゆったりとしたライフスタイルを送るのに不可欠な存在」と指摘する。
奄美大島ではフリーランスが自由に使える共同オフィスも立ち上げる予定で、普段は接点がない“仲間”同士が気軽に交流できるようにする。
2008年設立のランサーズは、日本でのクラウドソーシングの草分け的存在。企業からの仕事の依頼と、会員とをマッチングし、手数料を得ている。仕事の依頼総数は累計で90万件を超え、現在までの業務の発注総額は750億円に上る。
●クラウドソーシングでの業務の発注額

仕事を141のカテゴリーに分類するなど、会員が自分の得意分野に合った仕事を見つけ出しやすい仕組みがランサーズの特徴。仕事の5割以上が東京からの発注となる一方、仕事を受けるフリーランスは8割近くが地方に住む。その担い手となる「個」を、自ら発掘・育成しているのが同業他社との違いだ。
事業が軌道に乗り始めた2012年、秋好陽介社長が各地のフリーランスと意見交換を始めたのがそのきっかけだ。そこで、思わぬ声を耳にした。
「横のつながりがないので仕事のモチベーションが続かない」「1人だとスキル向上に限界がある」
“孤独”に悩むフリーランス

時間や場所を選ばず、組織に縛られない仕事の仕方がクラウドソーシングの魅力のはず。だが実際には、一定数のフリーランスがスキルアップや知識・情報の共有のために、「横とのつながり」を欲していた。
全国を巡りながら、深刻な人口流出に頭を抱える地方都市の実情を知った秋好社長は「フリーランスを発掘・育成すれば、地方の人口流出を止められる」と考えた。ネット上だけでなくリアルな世界で教育の場を作り、フリーランス同士のつながりを生むことを目的に、寺子屋事業を始めた。

事業を通じて分かったのは、地元で大きな影響力を持つキーマンを巻き込むことの重要さだ。奄美の場合、通信制のサイバー大学教授で、東京と奄美の二重生活を送る勝眞一郎氏が発起人として参加している。奄美の情報発信サイト「しーまブログ」を運営する地域事業者と連携したことで、地域に根差した形で寺子屋の活動を浸透させることに成功した。
自治体の協力も欠かせない。奄美市は寺子屋事業と同時に「フリーランスが最も働きやすい島化計画」を展開。2020年までに200人のフリーランスを育成し、50人以上の移住者を呼び込もうと考えている。奄美市商工観光部の稲田一史主査は「ランサーズとの提携で最も大きいのが都市部での情報発信力。我々だけではこれほどの反響を得られなかっただろう」と話す。
奄美市での成功をきっかけに、ランサーズには数十の自治体から提携の打診が来ている。提携が広がれば、自治体からの委託費などが新たな収入源となる。ただ、同社の2016年3月期売上高は約20億円(本誌推定)を見込むが、寺子屋事業の貢献はこれから。秋好社長も「足元の収益性はあまり考えず、息の長い事業にするつもりだ」と語る。
ランサーズの目標は、人材発掘・育成事業を2020年までに100の自治体に広げること。「地方創生」が国を挙げたテーマとなっているのは追い風だ。秋好社長は、場所と時間にとらわれない働き方を、「文化」として根付かせる好機だと考えている。