総合日本企業のIT部門の正社員は全社員の3%以下。 それでも「スリムなIT部門」をお望みですか?
“スリムな本社”という耳当たりのよいスローガンの下に、本社IT部門にはIT予算管理およびベンダー管理といった最低限の機能だけを残し、それ以外をシステム子会社やアウトソースに委ねるというのが、あたかも定説のように語られている。ITが経営やビジネスに大きな影響を及ぼすようになった現在においても、この定説は本当に正しいといえるのであろうか。
スリムな本社の是非
昨今、大手企業において本社の過度なスリム化によって、人事部門、経営企画部門およびIT部門が弱体化している事例を頻繁に目にするようになった。例えば、多くの人事部門は採用と新卒教育および一部の年次研修などのサイクルを回すだけで手一杯で、実際の人材育成は現場に任せており、10年先を見据えた人材戦略や人事制度を含む将来の働き方を構想化するような役割を十分に果たせていない。
経営企画部門は、予算計画の取りまとめや月次の経営会議のための集計資料作りに忙殺され、将来の会社の方向性を示すような本来の経営を企画するという役割を担っているとはいえない。IT部門も少数の人員では、内部統制やセキュリティといったリスク管理と一部のベンダー管理機能しか果たすことができないというの実態といえる。
良い会社の特徴として「スリムな本社」が定説のように語られる。会社全体の収益性の観点からは本社費は小さいほうが望ましい、というのは一見もっともな意見のように聞こえる。しかし、小さくなった本社費は、事業部門や情報システム子会社に転嫁されているだけではないだろうか。ややもすると、本社費を分散して転嫁したために、オーバヘッドが余計にかかっているというケースも少なくない。
しかし本来であれば、本社はしっかり機能して全社的な効率化や社員の活性化を支援するという重要な責務を持っているはずである。グループ経営が重視され、内部統制の観点からもグループ企業をスコープに入れたガバナンスが求められる昨今において、本社機能の重要性は以前よりも格段に高まっているのではないだろうか。今一度、「スリムな本社」そのものの論理的な妥当性を疑ってみるという視点も必要なのではないだろうか。
IT分社化の問題
国内の大手企業のIT組織運営について考える時、情報システム子会社の存在を無視することはできない。ITRの「IT投資動向調査2015」によると、従業員数1000名以上の企業で、情報システム子会社をもつ企業は65.2%にのぼる。欧米では、情報システム子会社をもつ企業は少なく、何千人というIT部門スタッフを抱えた企業が多数存在する。また、外部ベンダーにIT業務をフルアウトソースしていた大手企業が、インソースへ揺り戻すといった事例も報告されている。
同調査では総従業員数に占めるITスタッフの人員比率を問うているが、IT部門の正社員の比率は、情報システム子会社有りの企業で平均2.7%、子会社なしでは1.9%となっている(図1)。
ちなみにこの調査では、IT部門の正社員だけでなく、情報システム子会社がある場合はその中で自社向けのサポート社員、その他のITスタッフ(派遣、常駐、アルバイトなど)、ユーザー部門でITをサポートしている社員をフルタイム換算で算出し、それらの内訳がわかるようになっている。
つまり、この中には業務委託のITベンダーの要員やデータセンターなどの運用アウトソーシングの人員は含まれておらず、これらの人員を加えると正社員比率はさらに小さな値となる。すなわち、国内企業のIT部門は欧米企業と比べて著しく外部依存度が高いことを意味するのである。

欧米では本社IT部門がしっかりとした技術力のある部隊をもち、手法の標準化、グループを含む全社的なITアーキテクチャの構想化、R&Dに取り組んでいる。一方、国内企業の本社IT部門には少数の人員しか配置されていないため、そのような機能をもつことができず、中長期的なIT戦略の遂行やITインフラの構造改革という視点が不足しており、セキュリティ・ポリシー、予算計画および管理といった限定的な領域で統制を効かせることと、事業部門の場当たり的な要求に応えるにとどまっている。
小規模な本社IT部門と情報システム子会社をもつ企業の場合、ITガバナンスやグループ全体のIT推進力という観点からは、本社IT部門とシステム子会社が一体となって運営されることが望まれる。しかし、一体運営によって子会社の独立性・自主性があいまいになり、アイデンティティの確立やモチベーションの維持が阻害される。また、別会社としての発注責任および受注責任という観点、あるいは職務分掌という観点からは、内部統制上の問題ともなりえる。
システム子会社も、既存システムの保守や日々のシステム運用に追われており、新たな技術の習得やグループ企業の事業領域への能動的な提案ができず、技術の空洞化が始まっているとこもも少なくない。システム子会社の問題は根深く、ここではすべてを語り尽くすことはできないが、本社IT部門およびシステム子会社の両方において、組織機能の弱体化が進みつつあり、大きな方向転換が求められている。
ITの経営における重要性
ITはコア業務ではないので切り離すという論理も以前はよくいわれていたが、今でも本当にそうといえるのだろうか。
確かにITは事業としてはコアではないかもしれない。しかし事業インフラとしてはコアになっている業界が多い。これまで企業の競争力の源泉は、資本力、生産力、商品力など規模の論理が働きやすい要素が多かった。
しかし、競争の激化、ビジネス環境の著しい変化、顧客や市場の多様性などによって、競争原理に変化が生じている。昨今では、変化に適応し、賢く生き抜いていく「人材力」の総和(≒「組織力」)が、企業競争力の重要な要素となってきている。いわば、「人と人との知恵比べ」の時代となっているのである。また、あらゆる局面でITが活用される時代において、「IT活用力」は、組織力にレバレッジを効かせる役割を果たす。一部の事業企画担当者やマーケッターだけが情報を駆使して、他の従業員は粛々と定常業務に邁進するという労働形態ではなく、すべての知識労働者が情報という武器を持って、自律的に判断を下しながら戦っていかなければならない時代となっているのである。
今後IT部門に求められる役割
そのためには、すべての従業員がITを上手く活用することが求められる。また、業務改善を行ったり、成果や実績を把握したいと考えた場合は、自ら必要となる情報システムの要件を明確に定義し、IT部門や外部ベンダーに的確にニーズを伝える能力をもつことが望まれる(本連載31回『もはや「使える」だけではITスキルとは言えない――従業員のITスキルを向上させるには』)。
しかし、一般的にユーザー部門の従業員はITの専門家ではなく、「何がしたいか」「どんな情報が欲しいか」ということはわかっても、それを「どのように実現するか」あるいはその情報を「どうやって手に入れるか」まで理解することは困難といえる。ユーザー部門の従業員には、自らの業務領域で専門的な仕事を遂行することが課せられており、技術革新の著しいIT業界の技術動向をつぶさにウォッチしておくことは不可能であり、またその任にないといえる。したがって、ビジネスとITを橋渡しする専門家が必要となる。
また、個々のユーザーがそれぞれの業務の都合に応じてシステム化を進めたのでは、全社的な視点での最適化を図ることができず、「システムの孤島」や「情報の孤島」を数多く生み出してしまうことになるであろう。これは、コストや情報の整合性などの観点から望ましくない。全社的な視点でシステム化の要件を取りまとめたり、中長期的な視点でITインフラの計画を立案したりする専門家が必要となる。
つまり、ビジネスとITの橋渡し役と、全社的かつ中長期的なIT戦略の立案および調整が、IT部門の本来的な任務ということになろう。
IT部門の組織力向上に向けた
2つのアプローチ
こうした、IT部門の本来的な任務を果たすべく、IT部門の組織力を向上させていくには、ITアーキテクト指向アプローチとITコンサルタント指向アプローチの2つのタイプがあると考えられる。
ITアーキテクト指向アプローチは、情報システムおよび業務プロセスの全体最適化と長期的なシステム構想に対するイニシアチブという観点からIT組織機能を強化していこうとする取り組みといえる。具体的には、ERPの全社また全グループ展開を含む情報システムの統合化、業務プロセスおよびデータ体系などの標準化、ITインフラの統合やIT関連業務のシェアード・サービス化などへの取り組みが当てはまる。
技術的な専門家として企業全体の情報化を正しい方向へと導く役割を果たそうとするもので、新技術やIT業界の動向などを注視し、自社のビジネスや業務への適用を能動的に提案する技術指向のIT組織を目指すものである。このためには、市場動向調査や技術評価を含むR&D機能も欠かせない。
一方、ITコンサルタント指向アプローチは、経営課題の解決や業務改善におけるITの適用を推進するという観点からIT組織機能を強化していこうとする取り組みを指す。
具体的には、ユーザー部門の業務における問題点の発掘および原因解明のための調査、経営課題や事業課題へのITによる解決策の提示、IT活用の重要性の啓発やユーザーの情報リテラシーの向上への取り組みが当てはまる。自社の業種・業務知識を身につけ、ユーザーのワークスタイルや業務プロセスの効率や意思決定のスピードおよび精度を向上させるためにITがどのように活用されるべきかを考え、ビジネスのパフォーマンス向上に貢献する役割を果たそうとするもので、ビジネス/業務指向のIT組織を目指すものといえる。
ITアーキテクト指向およびITコンサルタント指向のIT組織力向上を考慮して、本社IT部門がコアとしてもつべき機能を図2にまとめた。

IT部門の弱体化は
ボディブローのように効いてくる
これら2つのアプローチは、どちらか一方を選択しなければならないというものでもない。2つを組み合わせて同時に強化していくこともひとつの方法といえる。ただし、経営者やユーザーの期待、IT活用の成熟度、ビジネスとITの関係性およびIT部門の社内における位置づけなどによって、適合しやすいかどうかが分かれるということは想定される。
IT部門長は、自社の状況を客観的に評価し、現時点でどちらのアプローチが有効であるかを的確に判断し、IT部門のスタッフに意識づけすることが求められる。
IT部門が分社化された背景のひとつに、本社側の硬直的な給与体系、就労形態および人事評価体系にシステム技術者が適合しないという理由がかつてあったことは事実である。しかし、本社の人事制度を柔軟にすれば対応できるはずだ。
スリムな本社の名の下に、IT部門の機能が空洞化し、中長期を見据えてITを戦略的に活用したり、全社的な視点でIT要件を取りまとめたりする人材が枯渇した企業は、ボディブローのようにじわじわと企業競争力を失っていくということが懸念される。多くの企業では、IT部門の組織形態と持つべき機能を再考する時期にきている。