「最低賃金引き上げ」は現実と乖離している 多少の上昇では人手不足は解消しない?

総合「最低賃金引き上げ」は現実と乖離している 多少の上昇では人手不足は解消しない?

安倍政権の強い意向で、派遣やパートなどの非正規雇用者の最低賃金が大幅に引き上げられることになりました。

厚労省の審議会は今年7月、最低賃金の目安を24円引き上げ全国平均で822円としました。24円の引き上げは2002年度以降ではいちばん高い水準です。もっとも高い東京は907円、安い沖縄などでは693円。今回の引き上げによって700円以下の地域は消滅するでしょう。

内閣府は20円の賃金引き上げがあった場合、労働時間を加味すると900億円ほど賃金の支払いが増えると試算しています。さらに政府は企業への賃上げの呼び掛けを続けており、最低賃金を2020年までに「1000円」に引き上げることを目指しています。

正社員の6割以下にとどまっている派遣やパートなどの非正規雇用者の時給を、ヨーロッパ並みに正社員の時給の7割から9割に引き上げるべきだとする提言をまとめました。この取り組みによって、非正規社員の賃金の底上げと、それによる消費支出の拡大を目的にしています。

これらは全体として大変評価できる取り組みと思います。ただ内容にはやや不安を感じる点があります。そこでこの取り組みは正しいのか?みなさんと考えてみたいと思います。

「壁」を超えないように勤務時間を減らす主婦の存在

最低賃金で働く人は、世帯収入という点で考えると、低所得者とは限りません。最低賃金水準で働く労働者の半数以上が世帯年収500万円以上となっています。つまり、最低賃金労働者の多くは、主婦のパート労働です。

パート労働というとき、よくセットで語られるのが扶養との兼ね合いです。従来よく「130万円の壁」と言われてきましたが、年収130万円を超えると、自身が所得税を納めることになります。また、「103万円の壁」とは年収103万円未満は、社会保険において扶養範囲ということ。サラリーマンの妻の場合、社会保険上の扶養となることで「健康保険料(社会保険料)」および「国民年金」の保険料が免除されます。(ちなみに2016年10月施行の法改正で、社会保険における被扶養者の認定基準が、年収130万円未満から年収106万円未満に引き下げられます)。

今回の最低賃金の引き上げは、この壁を超えない範囲でアルバイト・パートをしている層に対しても同じように影響します。

したがって最低賃金を引き上げた場合、実際に所得が増えるのは低所得層ではなく中間層である場合も多いということになります。時給アップによって「壁」を超えないように勤務時間を減らす主婦の方が増えてくるとも言われています。

その状況を想定して、頭を抱えている人もいます。それが、アルバイト・パートを管理している現場の社員たち。取材した外食チェーンでは

「優秀なアルバイトが主婦に多いのですが、扶養の範囲を超えないように勤務時間を増やせないことが人手不足の問題になりつつあります」

とのこと。あるいは大手スーパーでは年末が近づいてくる頃になると「103万超えてしまうから困った」という相談が店長に寄せられるようです。扶養範囲を超えてしまうからと仕事をセーブしなさい……と夫から言われるものの、店のシフト等を考えると休むことにうしろめたさを感じてしまう。そこで「時給はいらないから働かせてくれないか」という驚きの提案が出ることもあるとか。さすがにそれは店としては断るしかありません。

そうして仕方なく、経験の浅い学生を数名シフトに入れて対応するものの、慣れない状況で仕事がうまくまわらない。「扶養の壁を超えて働いてくれないものか?」と嘆く店長の声を聞くことができました。今後、時給アップになればますますこうした状況が増えそうです。

そもそも時給1000円で人は集まるか?

そもそも、非正規社員の採用において時給1000円では人材採用~確保が難しい状況になりつつあります。取材した居酒屋チェーンでは「オープンの際、問題となったのがアルバイトの人員不足で、時給1200円で応募しても集まらない事態。急遽、時給1500円にして、何とかオープンにこぎつけた」とのこと。

地方はさらに深刻で、人が集まらないということから、出店予定を見合わせた企業も出ています。これまで年間2ケタ以上のペースで新店を開店していたのが、人手不足により1ケタになってしまったというケースもあります。

そう考えると最低賃金1000円の目標はなんとも中途半端です。できれば、1500円くらいを目指さないと、人手不足に対しては効果は薄いのではないでしょうか。

ちなみにリクルートが展開している求人情報メディアに掲載された求人情報をベースとして2007年以降の動向を確認していくと、アルバイト・パートの時給は上がり続け、平均値が1000円に近付いています。

優秀なアルバイトの採用が熾烈になっている

ちなみに大都市部では優秀なアルバイトは高い時給でヘッドハントされる時代になったようです。取材した外食チェーンでは優秀な店長に「時給はいくらもらっているの?」と客から声がかかり、

「あなたが働いてくれるなら、時給は今の倍額払うという店舗があります」

と、名刺を渡されたアルバイトが何名もいたとのこと。正社員ではなくアルバイトのままで時給大幅アップのオファー。優秀なアルバイトの採用が熾烈になっていることを示すような出来事です。

あるいはソーシャルメディアを通じてスカウトメールがきたアパレルスタッフを取材したこともありました。いずれにしても現状の時給が安いとか、もっと高い時給でのオファーがあったりすれば、引き抜きへの対抗策として時給をあげることになる状況が起きているようです。

さらに人手不足でアルバイト・パートと同じ仕事を高い時給で行える「派遣バイト」と呼ばれる働き方が出てきています。その典型が大手コンビニの店舗スタッフ。

業務はレジ打ちから肉まんや揚げ物などの調理、品出し、発注、掃除、など多岐に渡ります。この業務に関して派遣バイトは時給としては1200円以上(夜勤は1400円以上)と通常のアルバイト(昼間で900円前後)より高い時給で募集されています。これまでにコンビニの業務経験があれば勤務可能とのこと。そこで、通常のアルバイトのままで働くのは損だと考えて、店に対して

・派遣バイト並みの条件に合わせて欲しい
・無理なら辞めて派遣登録する

 

と、交渉を迫るアルバイトの人も出てきたようです。こうなると時給を大幅に上げることになります。

これは、ある意味仕方のないことかもしれません。なぜなら人手不足だから仕方ない……と同一職種同一賃金のおきてを破ったからです。同じ仕事に対して高い時給で人を採用すれば、低い時給も合わせる時期を迫られることは覚悟しておかなければいけません(正確には派遣とアルバイトで雇用条件は違いますが)。こう考えると全国一律で時給1000円ではなく、首都圏など、人手不足の著しい地域でもっと高い時給を目標設定とすべきでしょう。

さて、非正規社員の仕事領域は相当に人材不足になっています。少子化問題もあり、この人手不足を解消するのは簡単ではありません。企業はいずれ時給を大きくあげていかないと非正規社員の確保が困難になることでしょう。

こうした状況を踏まえれば、2025年に最低賃金2000円くらいの目標を掲げて、その生産性を実現するための施策を政府と民間企業が知恵をしぼるべきかもしれません。