なぜ、職場改革をしても、社員は辞めていくのか?

総合なぜ、職場改革をしても、社員は辞めていくのか?

組織を活性化させるために、企業はさまざまな職場改革に取り組んでいる。ただ、一見正しく思える改革でも、現場では矛盾を生んだり、管理職が対応に困る改革もある。ピント外れの原因は、改革のための制度だけを導入し、働きがいのある職場にするための本質的な議論を欠いていることがあるのだ。形式的な職場改革が、職場のさらなる混乱と、働く人たちのモチベーション低下を招いている残念なケースを紹介する。『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(弊社刊)の著者、前川孝雄氏に聞いてみた。

●改革の旗を振る管理職が深夜残業

出勤および退勤の時間を従業員が自由に決められるフレックスタイム制や、働く場所をオフィスに限定しないリモートワーク。どちらも働く時間や場所の制約をなくすことで仕事の効率を高め、また子育てや親の介護など家庭の事情を抱える人にも働き方の選択肢を増やすことができるため、働き方改革のために取り入れる企業があります。

改革の旗を振るのは、管理職や本部スタッフたちです。ただ、皮肉なことに、こうした新しい働き方を従業員に周知し推進していくために、旗振り役である管理職たち自身が深夜残業を強いられている実態があります。これは、先ほどの残業禁止が先行し、組織の構造改革が未着手な状況が背景にあります。従業員にリモートワークは認めるものの、肝心の仕事の見直しができていないため、管理職や本部スタッフが穴埋めしているからです。
あるいは、範を示したい管理職や本部スタッフが率先してフレックスタイムを取ろうとするものの、業務量自体が減っていないため、仕方なく自宅に持ち帰ってこっそり仕事するという本末転倒な事態も生じています。
先ほどの残業禁止の話と同じで、最新のワークスタイルを形式的に真似ても、本当の意味での働き方改革にはなりません。「何のためにそのワークスタイルを導入するのか」「ワークスタイルを実践するために変えなければいけないことは何か」という本質に関わる議論を置き去りにしてはいけないと思います。

●厳密な時間管理で「やる気」を失う職場

「従業員が少しでも早く帰宅し、プライベートの時間を充実させれば、職場も元気を取り戻すかもしれない」と考えて、「残業禁止」を打ち出すのは悪いアイデアではありません。
しかし、そのために従業員に厳密な時間管理を強いるとしたら、まったくの逆効果です。
こうした経営者の多くは、職場に活気を取り戻したいと願いながら、「管理」する時点ですでに従業員のやる気や元気を奪っていることに気づいていません。人は管理されると「やらされ感」を覚え、途端にやる気を失ってしまうのです。
反対に、責任と裁量を任されたうえで、目指すゴールに向かって自由にやっていいと言われると、向上心のある人ほど非常にやる気を出します。
この国では、単に長時間労働が問題視され、その中身はあまり議論されていませんが、本当の問題は「やらされ感」を抱く時間の長さなのです。人は自分がやりたいと思うことに没頭している時間は、それほど苦痛ではありません。あなたも好きな趣味に夢中になって、気づくと徹夜していたという経験があるのではないでしょうか。
一方で、人から無理やりつき合わされた関心のないイベントでは、10分が1時間にも長く感じたという経験もありませんでしたか。仕事の目的や背景もちゃんと伝えられず、何のためかわからない作業に時間を費やす一方で、業務の見直し指示もあいまいなまま、早く帰ることだけが強制される。こんな状況でやる気が高まるわけはないのです。
モチベーションや動機づけに関する研究の第一人者である同志社大学の太田肇教授は、「人のやる気を高めるには、管理しないことである」とおっしゃっています。太田教授の著書『公務員革命―彼らの〈やる気〉が地域社会を変える』(ちくま新書)でも指摘されているように、働く一人ひとりは優秀でも、管理されるのが当たり前だと感じてしまえば、責任感も使命感も持たず組織にぶら下がることが容易にできてしまいます。
すると、「言われたことだけやっていればいい」という感覚が蔓延し、「言われないことをやって失敗すると自分が損するだけ。自分から進んでやりたくない」と言う人が増えていきます。行き過ぎた管理が、このような組織を生み出してしまうのです。
この管理主義が、バブル崩壊以降の日本には蔓延しており、ともすれば過剰管理とでもいうべき状況に陥っている企業も少なくありません。従業員のコミュニケーション不全を課題視する企業のなかには、IT技術を駆使して、職場で誰と誰がどの程度話しているかを計測しようとするところもあります。人間はモルモットではありません。日々の何気ない一挙一動までシステムに管理されているなかで、誰が伸び伸びと働けるのでしょうか。
やはり、企業は管理主義から脱却しなければなりません。ただでさえ、仕事というものは、給料などお金をもらう手前、少々嫌なことでも取り組まなければならない、という強制力が働きます。つまり仕事は「やらされ感」を抱きやすいものなのです。しかも現代は、高度成長期とは違い、若者が少なくベテランが多いため、早いうちから仕事を任せられる状況にはないのです。だからこそ、経営者や管理職には、従業員の主体性発揮に向け、管理を止め、信じて任せることに最大限の努力をする必要が高まっているのです。
松下幸之助氏は『事業は人なり』(PHPビジネス新書)で、こう述べています。
「結局大事なことは、目標を与えることである。目標が与えられれば、あとはあれこれ口やかましく言わなくても、たいていの人は自由に創意工夫を発揮してやってくれる」

パワハラ・セクハラに怯える管理職

部下のやる気を引き出すには、部下の話によく耳を傾け、部下の目標達成を支援する「コーチング」が必要だとして、管理職にコーチング研修を受講させる企業も増えています。
コーチングとは、相手の話をよく聴き、質問を通して相手の気づきや自発的な行動を促し、かつ部下の変化に気づいて声をかけることでやる気を高めるコミュニケーション手法です。相手に答えを教える「ティーチング」とは違い、対話によって相手の内側にあるやる気や可能性を引き出していく点が大きな特長です。私が営む会社が実施する管理職向け研修でも、「部下の指導・育成においては、部下に対して一歩踏み込んだコミュニケーションが必要です」と伝えています。
すると、研修に参加する管理職の人たちからは、こんな反応が返ってきます。
「部下とのコミュニケーションが大事であることは理解できますが、かといって一歩踏み込むことでセクハラやパワハラと言われても困ります」
管理職の人たちは、セクハラやパワハラに対する社会的関心が高まるなか、「上司にそのつもりがなくても、相手が不快だと感じたらセクハラやパワハラになる」と徹底的に指導されています。そのため、「トラブルを避けるため、部下には必要以上に踏み込まないほうがいいんじゃないの?」という考えに傾きがちなのです。
部下指導や育成では一歩踏み込んだコーチングを求めながら、セクハラやパワハラは御法度。管理職の人たちにとって、コーチングがアクセルなら、セクハラやパワハラ防止はブレーキと映るようです。アクセルとブレーキ──、まるで正反対のことを求められてい
るような錯覚に陥り、「どうすればいいの?」と混乱している中間管理職が多いのです。
部下と深くコミュニケーションすることで、セクハラやパワハラと言われたくない──。管理職のこうした懸念に対して、私たちはいつも次のように答えています。
「セクハラやパワハラはやってはいけないことです。しかし、だからといって、部下とのコミュニケーションに一歩踏み込まないのは話が違います。上司が日頃から部下に深く関わり声をかけることで、部下は『上司が見守ってくれるから、自信を持って仕事を進められる』と感じ、仕事に対する手応えや成長実感を得ることができます。コミュニケーションを通して、部下との信頼関係を築くことがとても重要なのです。
反対に、部下と距離を置けばかえって逆効果です。人はよく知らないものを怖く感じますから、普段あまり会話のない上司からプライベートに関わることを質問されたり、きつく注意されたりすると、過剰に反応しやすくなります。つまり、日常的にコミュニケーシ
ョンを積み上げておかないと、セクハラやパワハラと訴えられるリスクが高まるのです」
コーチングは信頼関係がベースのコミュニケーションであり、セクハラやパワハラは信頼関係がない状態で起きやすいと言えます。それなのに、「セクハラやパワハラと言われないために、部下とは一定の距離を保つほうがいい」という誤解が生じているのは、コーチングやセクハラ・パワハラを構造的に整理し、理解していないからと言えます。