7割を占める「普通の社員」がイノベーションを起こすには

総合7割を占める「普通の社員」がイノベーションを起こすには

なぜ日本企業ではイノベーションが起こりづらいのか。

そのヒントを読み解くカギが、ハーバード大学教育大学院教授のロバート・キーガン博士、オットー・ラスキー博士らが提唱する発達心理学の1つ「成人発達理論」にある。成人発達理論とは、人間の一生涯にわたる発達プロセスを明らかにするもので、なかでもロバート・キーガン博士は人間を発達段階で大きく5つに分類。それに基づいた組織開発や人材育成を行う。現在、様々な欧米企業で採用され、組織の成長に効果的に機能しているという。

一方、そういった手法がまだなじみのない日本企業ではいま、組織の停滞感が蔓延しているのも事実だ。そこで今回は、変革が起きづらく、停滞感が広がる原因を“組織の病気”“組織の限界”の事象と照らし合わせながら、成人発達理論の実践書『なぜ部下とうまくいかないのか』の著者・加藤洋平さんに同理論の見地を交えて解説してもらった。

自己中な人、他社依存な人…
あなたは5つの発達段階のどこにいる?

秋山 加藤さんの著書『なぜ部下とうまくいかないのか』は、ビジネスパーソンにはなじみがない「成人発達理論」をとてもシンプルにわかりやすくまとめているなと思いました。まずは、成人発達理論がどのようなものか、教えていただけますか?

加藤洋平さん

加藤 まず成人発達理論とは、人間が生涯をかけてどのように成長していくのかを扱う学問領域です。成人発達理論の大家でもあるロバート・キーガン博士は、人間は5つの発達段階を経て成長していくと述べています。

発達段階1は「具体的思考段階」と呼ばれ、言葉を獲得したての子どもの段階なので、成人はみな2以上ということになります。発達段階2は、「道具主義的段階」あるいは「利己的段階」と呼ばれ、自分の関心事項や欲求を満たすことに焦点が当てられています。他者の感情や思考を理解することが難しく、他者を道具のようにみなすということから、「道具主義的」と呼ばれているのです。この段階は成人人口の約10%に見られます。

発達段階3は成人人口の約70%を占め、「他者依存段階」と呼ばれます。自らの意思決定基準を持たず、組織や社会などの他者の基準によって自分の行動を決定します。組織や社会の決まり事を従順に守るという意味から「慣習的段階」とも呼ばれます。

発達段階4は「自己主導段階」と呼ばれ、成人人口の約20%にみられます。ここまでくると、自分なりの価値観や意思決定基準があり、自律的に行動することができます。自分の成長に強い関心があり、自分の意思を明確に主張するという特徴があります。

発達段階5は「自己変容・相互発達段階」と呼ばれ、成人人口の1%もいません。自分の価値観や意見にとらわれることなく、多様な価値観をくみ取りながら的確に意思決定をすることができます。自分の成長のみならず、他者の成長にも関心があるので、部下を育てるのに適した段階だと言えます。

「当たり前のことを当たり前にやる」
そんな企業でイノベーションは起きない

秋山 その成人発達理論の前提を踏まえたうえでお話ししていきたいのですが、今の日本企業では、「当たり前のことを当たり前にやる」ということが強調されますよね。それこそ、9割以上の企業で良いとされている。でも、私はこの考え方および伝え方こそが、日本企業の停滞を招いているんじゃないかと思っているんです。

加藤 私もそう思います。「当たり前」の意味するところが組織によってまったく違うんですよね。

秋山進さん

秋山 そうなんです。めまぐるしくテクノロジーや事業環境の変化がある今の時代、昔の成功法則に則って仕事をしていたら、企業として生き残ることはできません。でも、多くの企業と人にとっての「当たり前」は、「昨日までと同じことをする」という意味なんです。実際に「当たり前が大事」とおっしゃる方は、「経営理念や行動基準に沿って考えた場合に、その状況下においてすべきこと」を「当たり前」とおっしゃっているのですが、聞くほうは、「習慣的にやっていること」を当たり前として認識しています。こちらのほうが楽だからです。それなら衰退していくのは当然です。

古巣をあまり褒めすぎるのはよくありませんが、リクルートは社訓に「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」と言い、それを強制する組織文化を持っています。これは発達段階3に言うような組織の基準が「変化」を強く要請するのです。したがって、独自性のある20%しかしない自己主導段階の4の人がイノベーターとして創造行為を行うのではなく、発達段階3の出現率70%の人もまた、「当たり前」のこととして「常に変化し続ける」べく活動するのですから、組織として抜群に創造的になるのも当然といえます。「変化を組織の価値基準にしてしまう」、というのがとても重要なことだと思います。

加藤 それはとてもいいアイデアですね。そのアイデアを成人発達理論に落とし込むと、 社員の継続的な成長を組織の中でうまく根付かせられると思います。

「企業を停滞させてはいけない。そのためには変わり続けることが必要だ」という結論に至って自分の行動を変えていけるのは、「発達段階4」の人の大きな特徴です。ですが、人口分布から見ても、働く人の多くは組織に従順な「発達段階3」に属しています。トレーニングによって発達段階を上げるのは時間がかかります。また、時間をかけても発達段階が上がるとは限りません。組織文化の後押しにより、「発達段階3」の人にも「発達段階4」的な動きをさせようという秋山さんのアイデアは、非常に有効だと思います。

秋山 ちなみに、ここで、「進化」を求めているのではないところがミソです。個別レベルで認識される進化は、実際には既存のパラダイムに強く影響されており現状発展的なものになりがちです。むしろランダムで計算てきない変化のほうが、種(会社)レベルでみた場合には、進化につながっていくのです。創業者たちは相当知的な人たちでしたから、そこまで計算していたかもしれませんし、偶然そうなっただけかもしれません。

革新をする企業だからといって、その企業にいる人が他より優秀な人ばかりではありませんし、個々人が少々優秀だというのは、実際にはそれほど意味がないと思います。むしろ、組織の価値基準が整備され定着しているということのほうが重要なんだと思います。

加藤 おっしゃる通りだと思います。組織の価値基準が整備されることとそれが定着することは大事ですね。停滞に危機感を抱いている企業ほど「発達段階4」の人材を欲しがるのですが、その実「発達段階3」の従順な人をマネジメントする土台しかない、というのが私の感じている危機感です。「発達段階3」ではイノベーションにつながるような「当たり前じゃない」アイデアが出てこないから、「発達段階4」の人を欲するのですが、そうした人たちを育成する文化や仕組みが整備されている企業は多くありません。秋山さんのアイデアが多くの企業に浸透すれば、そうした問題を解消する一つの突破口になるかもしれません。

現代の子どもたちが
「発達段階4」へと成長しづらい理由

「発達段階の違いによって、どちらが優秀というわけではありません」(加藤)

加藤 実は、「発達段階4」の人は自己主張が強かったりするので、上司が「発達段階3」だと非常に扱いにくい存在なんですよ。どちらが優秀、というわけではないのですが。

秋山 発達段階ももちろんですが、社会人としての経験や実務的な能力、器の大きさがないと、「発達段階4」の部下は相当手ごわい相手になるでしょうね。それに、今の時代、子どもの世界にも親が出しゃばっていくほどなので、子ども同士で秩序を形成する機会が奪われているんですよ。

たとえば、チームで誰が出場するか、どこのポジションを任せるかも、子ども同士ではなく大人(監督や親)が決めてしまうというケースが多い。大人が決めた秩序は子どもにとって絶対的な存在だから、「秩序は壊せないものだ」という刷り込みが生まれてしまうんですよね。そんな子どもが大人になって、「発達段階4」になるのは相当難しいと思います。どちらかというと「秩序や権威を道具的にうまく使って自分を有利にする」という「発達段階2」の人が増えてしまう。

加藤 発達理論の観点から見ても、その点はとても重要ですね。子どもの頃にケンカをして、格闘してでも秩序を作るという経験は、成人期以降の成長にも強く影響を与えると思います。秩序を自分たちで作るという経験が剥奪されている場合、「秩序は壊せないものだ」という思い込みを生み出すことにつながってしまうと思います。秩序を作っていくという経験がない子供たちがそのまま大人になってしまうと、それは発達段階3で留まり続けることにつながってしまうかもしれません。

秋山 キーガンの師匠であるコールバーグも、「権威者としての親や教師が、子どもの世界に介入すること」を戒めていますよね。唯一そういった大人の干渉を免れているのは、オタクの世界。あそこでは自分たちで秩序を作っているから、彼らのアイデアはやはり飛び抜けたものがある。

加藤 その分析は面白いですね。私も一時期、オタクの自律性の高さについて考えたことがあります。おそらくオタクの人たちは、独自の秩序を自分たちで絶えず作ろうとしているため、独創的なアイデアがどんどん生まれてくるのかもしれませんね。

“常識の通じない世界”でこそ
人は初めて成長できる

秋山 組織の秩序も同じですよね。単なる習慣として続けているものなのか、企業理念に紐づいているのか、何かにとって効果的だから理由があって変えてはいけないものなのか、その判断ができないといけない。でも、私の経験上、組織の秩序の7~8割は、どうでもいいといったら語弊がありますが、変化させても困らない「単なる習慣」なんです。

「前の社長がダメだと言った(らしい)こと」「たまたま最初に座った席順」とかね。一度秩序を壊したり、作り上げたりしたことがある人には崩していいものか、いけないものかの違いがわかるから、「当たり前」と言う名の習慣を盲目的に守ろうとする人達の世界にも、きちんと対抗できます。

加藤 崩していい秩序なのかそうでないものなのかの線引きができるのは、「発達段階4」の人の特徴だと思います。話が少し変わりますが、発達心理学の世界で有名なピアジェは、早期英才教育を受けた人間の成長が20歳を超えた頃にぴたりと止まってしまう「ピアジェ効果」について語っています。

また、発達心理学では、大人になってからも成長するという考えがベースにあります。ですから私は、子どもの頃の成長は強制的なものではなく自然なほうがいい、大人になってからも人は十分成長すると考えていますが、秋山さんはご経験からどう思われますか?

秋山 私自身、多様な価値観があるということを頭では理解していましたが、本当の意味でそれを実感できたのは最初の会社を退社して、別の職場をいくつか体験してからでした。つまり、完全に大人になってからだった。そこはリクルートとは真逆の企業文化を持つ企業だったりもしたので、サバイブするために無理やりにでも自分を変えたり、考え方や行動の習慣を変えたりする必要があったんですよ。

読者のみなさんも、転職したことで前の会社だったらまったく無能とされる人が優秀だとされたり、その逆だったりすることに驚いた経験があるんじゃないでしょうか。それに合わせて自分を変えていく経験は、発達段階的に成長したかは別にして、とても貴重なものだったと思います。

加藤 「本当の意味で」というのがキーワードですね。「多様な価値観があるのを知っていること」と、「本当の意味で多様な価値観を受け入れること」は似て非なるものなんです。転職によって、これまで自分が培ってきたものが全く通用しない状況に遭遇し、それを乗り越えることができれば、転職は社会人が成長する代表的な機会のひとつになると思います。

「3つくらい違う組織を経験すると、あとはバリエーションで対応できるようになると思います」(秋山)

秋山 「変わった人」「個性的な人」という意味では、大学でもリクルートでもたくさん触れ合った経験があったし自然なことだったんですよ。でも、それは「発達段階3」の人間に変化が当たり前だと浸透させるのと同じで、「個性的であるのはいいことだ」という価値観が浸透した世界にいただけのことだったんですよね。そうじゃない世界にいって個性を殺さずに生き続けることの大変さをちっともわかっていなかった。

加藤 今の秋山さんのお話も重要で、自分の成長は後になってから分かるという特徴があると思います。客観的に過去の自分を振り返って、「あの時はできていなかったな」と思えたときが、その人の中で本当の成長が起こったのだという気がしています。逆に、「自分は発達段階4だ」と感じているときは、そうでないことのほうが多いかもしれません(笑)。

秋山 たしかに。もし成長したいなら、転職は若いときのほうがいいと思います。発達段階的な成長の問題以前に、偉くなってからの転職だと、これまでのスキルや経験、社会的地位を生かしての転職になるから、相手先の世界に完全に染まらなくてもやっていけます。それではサバイブの経験をすることにはなりません。

加藤 たしかにそうですね。今までの経験や社会的な地位が完全に通用しない世界に放り込まれて、サバイブしていく中で、ここはどういうシステムや価値観のもとで動いているのかを意識的に考えることが重要だと思います。

秋山 そういった意味で言うと、3つくらいのまったく違う組織を経験すると、あとはバリエーションで対応できるようになりますね。外国語も、系統の違う英語、フランス語ともう1ヵ国語話せると飛躍的に語学の取得スピードが上がると言われていますが、それと同じ感覚です。

転職に限らず、海外勤務もいいと思います。日本のルールが全く通用しない発展途上国なんかに送られたら、それこそ日本でぬくぬく転職するのとは比べ物にならないくらいのいい経験になるでしょうね。

加藤 私自身、アメリカに留学してはじめて「自分は日本人なんだな」と気づいた経験があります。それは、言語も違えば行動論理もまったく違う世界でサバイブする経験をしたから感じられたことだと思っています。留学ひとつをとっても、サバイブする人と、単に行って楽しく帰ってきた人とでは「体験」と「経験」の違いがあります。そのときは大変でも、その人の一生というスパンで見ると、サバイブした「経験」はその人の成長にとって本当に貴重なものになると思います。