完全雇用は本当か 「やむなし非正規」は対象外

総合完全雇用は本当か 「やむなし非正規」は対象外

景気がもたつくなか、雇用指標だけはバブル経済期の再来を思わせるほどの改善ぶりを示している。人手不足という言葉が定着し、日銀などは「完全雇用」を実現したと繰り返している。しかし、その割に人材確保に向けた賃上げは勢いづかない。いくつかの数字から疑問が浮かぶ。本当に完全雇用の状態なのだろうか。(川手伊織)

「データを使って雇用の回復は説明できるけど、収入はそれほど増えていないという指摘も受ける」。7月10日投開票の参院選を控え地元で支持を訴える自民党議員はこう漏らす。「『完全雇用だから賃金は上がります』なんて言いにくいよ」

確かに雇用指標の改善は目覚ましい。4月の有効求人倍率は1.34倍で、1991年11月以来の高さを記録。完全失業率も3.2%と97年4月以来の低水準が続く。

■「失業率」はもっと高い?

 

 

記録的に良好な雇用環境はどこまで改善するのか。実は、見かけのペースはそろそろ鈍るという見方もある。手掛かりになるのが「ミスマッチ失業率」だ。求人があっても職種や年齢、勤務地などの条件で折り合わずに起きる失業率を指す。

日銀の推計では、1~3月平均のミスマッチ失業率は3.3%。完全失業率との差は14年1~3月期以降ほぼゼロだ。黒田東彦総裁はこれを根拠に「完全雇用と言える状態になっている」と繰り返してきた。失業率が「下限」に達すれば、人材を確保しにくくなった企業が雇用条件を競い合ってもおかしくない。

だが賃上げの勢いは依然鈍い。今年の春季労使交渉の賃上げ率は昨年を下回る2.00%。5%を超えていたバブル期からはほど遠い。円高などで企業が警戒を強めている面もあるが、「そもそも完全雇用なのか」という疑問がくすぶる。

完全失業率は完全失業者数を労働力人口で割って算出する。職探しを諦めた人や正社員になれずやむなく非正規労働者になっている人は含まない。総務省によると、過去1年に職探しをしていたが、直近はしていない人は1~3月平均で23万人。正社員の職がないため非正規で働く転職希望者も137万人いる。

クレディ・スイス証券がこれらの人も含めた広義の失業率を推計したところ、直近でも5.7%に達する。完全失業率より2ポイント以上高く、バブル期並みとされる雇用は少し違ってみえてくる。同社の白川浩道氏は「賃金上昇圧力が高まらない要因だ」と話す。イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長もこの失業率に注目しているとされる。

■ミスマッチ推計は過大?

日銀が「完全雇用」の前提としているミスマッチ失業率が実勢より高いという指摘もある。統計で想定されているよりも、求職者が時間をかけて仕事を探している可能性があることなどが背景だ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の宮崎浩氏は、1~3月平均のミスマッチ失業率を日銀推計より0.7ポイント低い2.6%とはじく。

宮崎氏は「ミスマッチ失業率はさらに低下基調をたどる」と予測する。日銀の異次元緩和などで地価が上昇する地域が広がり、都市部を中心に住宅の供給が増えている。地域をまたぐ人口移動も広がれば、職探しをする人はより多くの求人情報を入手できるようになる。この説に立てば失業率の低下余地は大きくなり、労働市場の逼迫感は薄れることになる。

完全雇用への疑問を検証すると、人手不足感が賃上げを促し、消費を喚起する好循環が起こるまでにはまだ時間がかかる可能性が浮かび上がる。

■硬直制度が賃上げ妨げ?

雇用の改善を賃上げにつなげていくには、硬直的な雇用制度を見直していく必要もある。

「正社員はなかなか転職しないので、企業からすれば賃上げを急ぐ理由は乏しい」と内閣府は分析する。連合によると、今年の春季労使交渉で正社員の賃上げ率が昨年を下回る一方、非正規労働者の時給の引き上げ幅は8%上回った。企業は事業環境に応じて採用数を調整しやすいパートやアルバイトに賃上げの比重を置いている。

雇用制度を柔軟にして能力に報いる賃金制度などを導入すれば、正社員を含めた流動化が進む下地になる。能力のある人材の流出を防ぐため、企業が賃上げなどの待遇改善に今以上に前向きになることが期待できる。

一段の流動化には「不況期に雇用が不安定になる」との反発も根強い。だが、政府が成長戦略の柱に据えた生産性向上のためにも、本格的な議論が避けて通れない。