いつの間にかアジアの「安い国」になっていた日本 米国の最低賃金が15ドルに!なぜ日本では賃金が上がらないのか

総合いつの間にかアジアの「安い国」になっていた日本 米国の最低賃金が15ドルに!なぜ日本では賃金が上がらないのか

米カリフォルニア州で最低賃金の15ドルへの引き上げが決まった。米国では賃金上昇傾向が顕著だが、日本は人手不足であるにもかかわらず、賃金がなかなか上昇しない。人件費の高騰はアジア各国においても共通の現象であり、日本だけが取り残された状況だ。日本は主要国の中で最もコストが安い国となりつつある。

FRBが利上げを常に意識している理由

米カリフォルニア州議会は3月28日、最低賃金(時給)を15ドル(1680円)に引き上げることについて合意に達した。現在カリフォルニア州の時給は10ドルだが、これを段階的に15ドルまで引き上げる。最終的には2022年までに15ドルとなるが、規模の小さい企業については引き上げ期限に1年間の猶予が与えられるという。

米国の最低賃金には連邦制度と州制度があり、労働者に有利な方が適用される。連邦制度における最低賃金は現在7.25ドル(約812円)だが、大都市においてこの賃金で労働者を雇うことは現実的に難しい。全米各地の大都市では、最低賃金を15ドルにする動きが進んでおり、カリフォルニア州の決定もこれに沿った形となっている。

さらに極端なケースでは、スイスのように最低賃金を22スイスフラン(約2500円)にするという国民投票を行った国もある。結果は否決だったが、現実問題として、これに近い水準の賃金がないと生活できないくらいスイスの物価は高い。

米国ではこのところ景気減速懸念が高まっているが、これまで続いてきた高成長に翳りが見えているというレベルの話であり、経済の基礎的な状況は良好である。企業は労働者の確保に苦慮しており、人件費には上昇圧力がかかっている。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、慎重なスタンスを示しつつも、利上げを常に意識しているのは労働市場の逼迫によるインフレを懸念しているからである。

カリフォルニア州は規模が大きく、全米各地に対する影響が大きい。同州が最低賃金の引き上げを決定したことで、全国的に賃金上昇が加速する可能性がある。

一方、日本は人手不足が続いているにもかかわらず、賃金は下落したままである。労働市場がタイトになれば、人件費は高騰するはずだが、日本ではなぜかその兆候が見られないのだ。

日本は完全雇用なのに賃金が上がる気配はない

総務省が発表した2月の失業率は3.3%と、現在の日本は、ほぼ完全雇用に近い状況となっている。失業率はリーマンショック後に上昇したが、その後は一貫して低下が続いており、企業は人員の確保に苦労している。

人手不足なら賃金が上がるのが普通だが、日本では上がるどころかむしろ下がっている。厚生労働省が発表した2015年の実質賃金はマイナス0.9%となっており、賃金の下落はこれで4年連続となった。物価の影響を考慮しない名目賃金も横ばいが続く。

人手不足にもかかわらず賃金が上昇しないというのは不思議なことだが、その原因は、労働市場の構造にありそうだ。日本は過去10年間GDP(国内総生産)がほとんど増えておらず、経済は基本的に横ばいである。経済が拡大しなければ、労働力に対する需要は増えない。

しかも日本の場合には、若年層人口の減少から、若い労働力の減少が著しい。日本の労働力人口の総数は、過去10年間であまり変わっていないのだが、25~35歳の労働力人口は2割も減少した。さすがに2割も減ってしまうと、企業が若者を確保することが難しくなってくる。

サービス業の多くは、若年層の労働力を必要としている。経済全体としては横ばいだが、ニーズが高い仕事に合致する労働者が減少していることから、慢性的な人手不足が発生している。つまり現状の人手不足は好景気によるものではないと考えるべきだろう。

理由はともかくとして、人材が不足しているのなら賃金が上がりそうなものだが、そのような気配はない。その理由は、シニア世代と女性が労働市場に大量に参入し、賃金を抑えているからである。

65歳以上の労働力人口は、過去10年間で、男性は約40%、女性は約50%も増加した。若者が2割も減っているのとは対照的である。これらの労働力は、パートタイム的な形態が多いと考えられ、労働コストは正社員に比べて安い。「正社員の若者の減少分を低賃金の高齢者や女性が補う」という構図が見て取れる。

無理に賃上げしてもインフレを招くリスクが

これに加えて日本の雇用環境も大きく影響している。日本では、法制度上、原則として正社員を解雇することができない。企業が新しいビジネスを行うには、新しい人材が必要だが、その際、人を入れ替えるということは現実的に難しい。人を減らさないまま、新規の雇用を抱えてしまうため、人件費に対しては常に抑制圧力が働く。この結果、完全雇用であるにもかかわらず、賃金が下落するという状況になったと考えられる。

安倍政権は3年連続で財界に賃上げを要請しているが、思ったような効果は得られていない。企業は人を減らさずに総人件費を抑制しようとするため、賃上げを抑制してしまうのだ。このような状況で無理に賃上げを実施しても、所定の利益を確保するため企業は値上げに踏み切る可能性が高く、インフレを誘発するだけで終わってしまうだろう。

値上げできない企業は下請けへの値引き圧力を強める可能性が高く、今度は下請け以下の企業で、賃金の抑制効果が働いてしまう。

これは日本の産業構造そのものの問題であり、これを変革しない限り抜本的な改善は難しい。

失業率の低下と賃金上昇という健全なプロセスを実現するには、経済成長を実現するしかないが、現在の日本の状況では難しいだろう。

日本は女性の労働市場への参加率が低く、理屈の上では、まだ労働市場への供給余力が残っている。コストの安い労働力の流入が続くことになれば、賃金が上がらないという現在の状況も同様にしばらく継続する可能性が高い。

中国人「爆買い」は日本の物価の安さの裏返し

このようにして日本は、知らず知らずのうちに、主要国の中で最もコストの安い国に変貌しつつある。米国では大卒の初任給が40万円を超えることも珍しくないことを考えると、皮膚感覚としての物価はすでに日本の2倍である。こうした状況はアジアでも同じである。

タイなど東南アジアの国々は、かつては物価が安いというイメージがあった。実際、年金生活者の中には、物価の安さに惹かれてタイなどへの移住を決断した人もいる。

だが東南アジア各国は、急激な経済成長によって物価も急ピッチで上昇した。例えばタイの消費者物価指数はここ10年で1.5倍近くに上昇している。タイの都市部において、ちょっとした昼食代が1000円を超えることは珍しくなく、もはや日本と変わらない水準だ。物価が安いことを前提に移住した年金生活者の中には生活が破たんする人も出てきているという。

消費が振るわない日本にとって、爆買いにやって来る中国人観光客は小売業にとって頼みの綱だが、これも日本の物価の安さの裏返しともいえる。彼等が日本に積極的にやってくるのは、日本での買い物そのものにブランド的な価値を見出しているということもあるが、物価が安いことも魅力の1つとなっている。

日本人はこれまで自国のことを「付加価値が高い国」と認識してきたが、この状態が続けば、こうした認識もそろそろ見直す必要が出てくるかもしれない。コストが安いことを逆に生かせば、それは1つの戦略ということにもなるだろう。だが付加価値が低くなれば、日本人全体におけるグローバルな購買力は低下し、相対的な豊かさは享受できなくなってしまう。

日本は今後も先進国として高付加価値を目指すのか、逆に低コストを利用すべき立場なのか、そろそろ決断する時期に来ているのかもしれない。