医療のお仕事ハローワーク図鑑【1】

総合医療のお仕事ハローワーク図鑑【1】

病院でお世話になるあのお仕事はどんな働き方をしているのか。大きな反響を呼んだ『資格図鑑!』の著者が患者からはわからなかった彼ら彼女らの本音に迫る。これを読めば、医者を見る目が違ってくる!?

終電も過ぎた深夜、都内のオーセンティックバーで1人飲みをしていたときのこと。カウンターの隣席でうっぷしていた妙齢の女性がやおら顔をあげ、「マスター、同じのもう1杯っ」とカクテルを注文、こんな語りを始めた。

「ほんとねー、悩んじゃうわよ。やりがいか、マネーか。知的欲求か、経済的余裕か。だってさー、4倍よ。今よりずーっと楽な仕事で、4倍は普通だって言われたら、悩むわよー」

マスターは手慣れた様子で「悩むのは先生が真面目な方だから」と受け応えていた。妙齢の女性は、店近くの大学病院にお勤めの医師らしい。

「そう、マスター、私は真面目なの。真面目一筋で10年やってきた。皮膚科は当直がないから楽だよねだなんて、冗談じゃない。うちには悪性の患者さんがいっぱい来るし、膠原病だって診るし、それが当然なの。『理想のあなたを実現します』とかなんとか、4倍のほうはまるで価値観が違うのよー」

どうやら彼女は皮膚科の専門医で、エージェントから美容外科への転身を勧められているようだった。

医師免許取得から10年間あの大学病院で働いてきた医師だとして、年収はおよそ700万円。いや、ちらっとそれらしき数字を口にしていたので、たぶんそのくらいだと想像するのだが、転職で4倍になると年収2800万円だ。仕事内容も社会的地位もだいぶ違うのだろうが、そりゃ、声がかかれば迷う。真面目で不器用な性格だからこそ、酒に飲まれてしまうほど働き方の選択に悩む。隣席でそんなことを思った。

以上は、たまたま筆者が遭遇したケースだが、勤め先の違いでこれほどの収入格差が生まれる。本当だろうか。

 

医師の転職支援・求人紹介を行うニューハンプシャーMCの医師専任シニアコンサルタントである中村正志氏は、このケースにこうコメントする。

「十分ありうる話です。大学病院勤務でバイトなしなら、年収はそのくらいでおかしくありませんし、美容外科の年収のボリュームゾーンは2000万〜3000万円。もっともそこは自由診療下で行われる成果主義の世界で、下は700万円以下、上は5000万円以上と業界内格差もすごいですけどね」

よく「世間が思っているほど医師はおいしい職業ではない」という声も聞くが、実際はどうなのだろう。厚生労働省の「医療経済実態調査」は、2012年度の勤務医の平均年収を1506万円とはじき出している。だいたいそんなところなのか。

「医師の収入の説明は勤務医の場合でも複雑で難しいんです。研究か臨床か、国公立か民間か、東京か地方か、診療科は何かといった要素でずいぶん違う。バイトの入れ方でも年収は大きく変わります。さらに、医学博士を取ろうと思ったら4年間の大学院時代は、バイト収入しかない。医局に回ってくる求人で年に400万〜500万円は稼げますが、学費が必要ですし、生活実感はビンボーです」(中村氏)

6年制の医学部を卒業して国家試験に合格、無事に医師免許を取得しても、その後に2年間の初期臨床研修を義務として受ける必要がある。希望する病院でいくつかの診療科を回りながら今後の進路を定めていく。この時代は月の基本給が25万〜35万円ほど。時間外手当もたいていつくが、バイト禁止なので、裕福とはいえない。

最初に収入がくいと上がる可能性が出てくるのは、義務ではないがほとんどの人が受ける3〜4年間の後期臨床研修から。大学病院や国公立の人気病院では将来自分が進みたい診療科を絞り、専門的な研修で学ぶ。年収は400万円がアベレージだ。

ところが民間病院や人気が低い国公立病院を選んだ場合、その段階から一人の医師として扱われ、年収も700万円ほどにアップする。研修プログラムが整っていない精神科などで、1000万円出す病院もある。

後期研修が終われば大学病院でも本格就職だ。選んだ診療科や職場の忙しさにもよるが、ここから多くの医師たちは通常勤務のほかに、外でのバイトを入れる。相場は時給1万円だ。週に2、3日のバイトで年に500万〜600万円は稼げる。

 

■なぜせっかくの休日にもバイトを入れるのか

 

一方、研究職の道に進んだ医師は、年収400万円から先がなかなか増えない。そのせいもあり、研究者不足という問題も生じている。

また、大学病院勤務でも、臨床医は関連病院に派遣されることが多い。その場合、報酬は派遣先の給料として支払われる。地方部で人手不足の病院なら、バイトなしでも年収1000万〜1500万円にすぐなる。ただし、派遣は医局が決めるもので、医師はいつどこに飛ばされるかわからない。

研修後、民間病院に就職した場合の年収も派遣パターンと同じだ。週に4日半の常勤で1500万円にはいずれなる。外でのバイトを入れ、プラス300万円ぐらい稼ぐ医師も多い。

ここでやや疑問なのは、ただでも多忙で過労気味な顔をしている病院勤務医が、どうしてせっかくの休日にバイトを入れるかだ。特に民間病院ならそこの給料だけでも十分な収入があるのに、休みを潰してなぜ働くのか。

「そこが一つの問題点で、医師5年目あたりでポーンと年収が上がって、男性の場合は結婚することが多いんです。それで子供ができると、東京だったら『目黒か世田谷に住むか』と高級住宅地のマンションや戸建てをローンで買ってしまう。子供が育ち、次はお受験と出費がかさむ。その頃に一般的な給料上限の1500万円にまで上がっていても、『あれ、生活がきついな』となる。で、疲れていても、バイトでさらに頑張っちゃうわけです」(同)

わかりやすい典型例を挙げてもらうと、そんな勤務医像が浮かんできた。仕事では責任感は強くて真面目、でも、お金の使い方が何らかアンバランスで結果的にリッチではない。高給取りという意味では勝ち組なのに、心の余裕の面では負け組の医師が目立つという。

 

■自己資金ゼロ、開業ローンを20年以内に返済!

 

では、お金持ちイメージが強い開業医はいかがか。東京など大都市の地価が高い地域ほど、診療所はすでに供給過剰気味だが、郊外や地方ではまだ開業の余地はある。

開業パターンは大きく2つ。駅近くのビルを借りて診療所を開く“ビル診”と、郊外で戸建ての診療所を開くやり方だ。前者の開業資金の目安は5000万円、後者は1億5000万円。でも、前述のように勤務医の多くはリッチじゃない。自己資金ゼロのケースもよくあり、金融機関の開業ローンを組んで、20年以内の返済に励む。

「大きく稼ごうという医師は滅多にいません。開業動機は、やりたい医療ができるから、と言う方が多いですね。経営者になるのだから、看護師をはじめとした被雇用者との間のコミュニケーションとマネジメントが大事。そこを普通にこなせて、立地さえ間違えなければ、親が医師でなくても、クリニック経営は可能だと思いますよ」

うまく経営がまわれば、開業5〜10年で自分の給料として年収3000万〜5000万円は可能だという。看護師との衝突問題を抱えているクリニックも少なくないが、高確率でこれだけの高収入が期待できる独立開業は他職にない。弁護士も厳しい時代、医師は最後のゴールドライセンスだ。

勤務医時代の私生活のバランスさえ崩さなければ、やりがいは十分あり、研究職など一部を除き高収入で、働き方の選択肢も多様な医師という職業。近年、大学受験界で医学部人気が沸騰しているのも、必然的だといえよう。