総合タレントマネジメントを実践する企業の実情
タレントマネジメントの注目が集まっている。その背景として何があるのか。インテリジェンスHITO総合研究所の執行役員である渕田任隆氏によると、社会環境、経営環境の変化や人事マネジメントに対する考えの変化を挙げ、新たな価値を創造して厳しい競争を勝ち抜くためには、人材の希少価値(個別具体的な能力や資質)を重視した人材マネジメントが必要だという。
また、どのようなタレントマネジメントを取り入れるかという点については、(1)人材の多角的な評価と見極め(2)育成につながるチャレンジングな環境への配置(3)キャリアプランを自ら考えるための動機付け、という3つの要素を企業のビジネスモデルの特性に合わせて考えていかなければいけないという。
前編ではそのような話を中心にうかがったが、では実際に企業はどのように具体的にタレントマネジメントを実践しているのか。また、企業が陥りやすい落とし穴はあるのか。渕田氏に聞いた。
グローバル企業の例:異なる2つのタレントマネジメント
――これまで(前編)のお話を踏まえて、タレントマネジメントを実践している企業の例を教えてください。
渕田氏: グローバルで優秀な人材を発掘・育成していくというタレントマネジメントの例では、日産自動車(以下、日産)が挙げられます。日産は、カルロス・ゴーン氏が社長に就任してから人材マネジメントに力を注いでいて、2011年には「グローバルタレントマネジメント部」という部署を創設しています。そこでは、ビジネスリーダーの発掘・育成を目的としていて、社内で優秀な人材を発掘するスカウトのような役割を担う「キャリアコーチ」と呼ばれる人物が、各部署の上司からのレポートを元にビジネスリーダーの候補となる人材を探し出して、経営トップ層による委員会に提案します。
そこで評価されてビジネスリーダー候補に認められると、ハイポテンシャルパーソン(HPP)として登録され、キャリアコーチ、上司が個人ごとの育成プランを作り、さまざまなポストを経験しながら人材の成長を進めていくのです。こうしたHPPは当初40代が中心でしたが、最近では20代、30代にまで拡大していき、若い段階から企業のトップ層を担える優秀な人材の発掘・育成に力を入れています。
――社内にリーダー育成専門の部門が存在しているというのは、興味深いですね。人材を育てること自体が業績向上につながるという発想は、今の日本企業にはなかなかないと思います。
渕田氏: 一部の日本企業では「人材育成」に対して評価がされていないというのは確かにあると思います。上司は現場でチームを使って数値目標を達成することにエネルギーを費やしていて、部下を育成すればチームの業績が伸びるのに、その育成にはあまり目が向けられていないのです。
加えて、優秀な人材がいれば、チームの業績アップのために外に出したくないという思惑も生まれてしまいます。しかし、日産などの企業では「人材は企業の財産だ」という考えが強く、その人材をどう育て、活用していくかというテーマのもと、人事部門主導で人事異動などの計画を立てているケースがあります。人材の7割は業務経験で成長する。すると、同じ部署で長い期間同じ仕事に従事させるのは、成長につながらないのです。
日本の人事制度のいいところは、ジョブローテーションがあるところだと思っています。会社が強制的に環境を変えることでゼロからノウハウの蓄積を促すことができ、人材が育つ。環境適応能力も育まれる。とても良い制度だと思います。しかし、そのジョブローテーションをただ漫然とやるのではなく、人材の成長を考えて計画性を持って行っていくことが重要ではないかと思います。
優秀な人材をこれまで以上に多く輩出する仕組みとして
――そのほかのケースではいかがでしょうか。
渕田氏: 同じグローバル企業でも、日立製作所(以下、日立)の例は少し内容が違います。日立にはインフラ、ヘルスケア、情報・通信システムなどグローバルで事業が非常に多岐に渡り、さらに成長しなければならないという目標があります。しかし、こうした多岐に渡る事業のトップ、海外現地法人のトップを担う人材を育成するためには、質的にも量的にも今のままではカバーできないという危機感のもと、優秀な人材をこれまで以上に多く輩出する仕組みとして、タレントマネジメントを導入しました。
課題としては、全世界に30万人以上いると言われている日立の社員について、どのような人材がどこにいるのかが日本のヘッドクオーターから見えていなかったそうです。そうした状況で、リーダーとなる人材の量と質を確保することは難しい。そこで、多くの社員の人材情報をデータベース化し、リーダーを同じプラットフォームの上で育成していくために、パフォーマンス・マネジメント、グレードを共通化したのです。日立は5年程度の短期間にさまざまな施策を打ち、リクルーティングを行う人材エージェントもグローバルに統一しました。
また日立は「仕組みを作っただけで人が育つわけではない」という考えを強く持っています。人材を育てるためには「リーダーを意図的に育成していこう」という強い意識がなければならず、その育成責任は人事部門ではなく現場の上司であるという考えがあるのです。また、日本の企業には人材育成の「型」がありませんが、日立ではこの「型」を7つ作り、研修などに取り入れているそうです。さらに、人事部門の改革も進めていて、海外からもスタッフを入れて部署内に視点や考え方の転換を促し、スピード感も変えています。
国内企業の例:「タレントマネジメント」とはあえて呼ばない人材育成
――国内企業が導入しているタレントマネジメントの事例を教えていただけますか。
渕田氏: サービス業を展開し、国内事業をさらに強化したいというA社は、タレントマネジメントとはあえて呼ばないタレントマネジメントを展開しています。人材評価は上司や人事スタッフなどによる属人性の高い方法に依存しない形で、情報を見える化して客観的に評価する仕組みを導入し、適材適所を実現しています。
これまでは、人材の特長は上司や人事スタッフの頭の中にあったのですが、その頭の中の情報には“漏れ”も多い状況でした。また、特定の人に依存する評価や配置では、自社内に“見えない人材”が多く存在してしまう状況が生まれます。そこで、人材を正確に把握して、客観的な情報に基づいて適材を配置していこうという考えを実践したのです。
また、人材の育成プロセスを振り返るトレーサビリティを実現し、育成過程を把握することで今後の育成課題を考えていくことも可能になりました。こうした改革によって、人材の底上げを目指しているのです。私たちがコンサルティングを行っていくと、「個人の能力を生かし、組織のパフォーマンスを高めるための異動をどうやっていくか」「過去の考課情報が取り出しにくく、客観的な判断材料が乏しい中で、昇格の判定をどうやっていくか」というのは、企業の人事マネジメントにとって大きな課題であることが見えてきます。
――そのほか、タレントマネジメントの事例はありますでしょうか。
渕田氏: 日本に本社があり、海外で複数の拠点を束ねる地域統括会社を設立しているケースがあります。シンガポールにはこの地域統括会社が数多くあるのですが、ある企業は、日本の企業が海外拠点全てのタレントマネジメントをしていくことが困難であるために、地域統括会社がその役割を担うという場合があります。シンガポールを中心に、タイ、インドネシア、マレーシアといった近隣国の拠点がぶら下がるのです。
ただ、国によって施策も違い、法律も違うので、全ての人材を一元的に管理していくというタレントマネジメントを実現することは難しい。とはいえ、トップ層のマネジメントはきちんとやっていく必要があるので、優秀層を発掘・育成するタレントマネジメントを導入しています。しかし、アジア各国は日本と労働事情が大きく異なり、社員に対して魅力的な報酬を提示できていなかったり、上のポジションになかなか上がれなかったり、といった事情を背景に、社員の定着率を高めることが難しいという課題があります。魅力的なキャリアパスと、地域で統一された人事インフラ(人材評価、人材グレードと報酬)を整備する必要性を感じ、今まさに進めているところです。
効果的なタレントマネジメントを導入するために、まず「WHY」を考える
――これまでは、タレントマネジメントの成功例についてうかがいましたが、一方でタレントマネジメントがうまく進まない企業の共通点などはありますでしょうか。タレントマネジメント導入のポイントについて教えてください。
渕田氏: タレントマネジメントが進まない理由のひとつが、そもそも「求める人材が変化している」ということに、企業が気付いていないということです。タレントマネジメントを導入するか否かは別にして、環境の変化が激しい中で競争を勝ち抜いていく上で、求める人材が変化しているということを認識していないのです。
またその変化に気が付いていないがために、人材採用制度や人材育成制度も変えていかなければならないということを認識できないままでいます。必要なのは、タレントマネジメントに対する自社なりの考え方を整理して固めていくことであり、「タレントマネジメント」という言葉に左右されないことなのではないでしょうか。加えて、タレントマネジメントがうまく進んでいない企業は、その出発点が誤っている場合もあります。
タレントマネジメントを導入する上で最も重要なのは「なぜそれを導入するのか」というWHYの部分であり、その上で「誰にフォーカスするのか」「どのような人材を求めているのか」「タレントマネジメントで目指す姿は」「どのような育成をしていくのか」「育成責任は誰が負うのか」「採用で何を変えるのか」――こうしたテーマを議論していくのが良いのではないかと思います。
「タレントマネジメント」というと、その方法論(HOW)を議論してしまうケースが多いのですが、実はそれを導入する理由や目的を議論しなければ、「本当にその方法論が必要か」ということが分かってきません。議論の結果、タレントマネジメントは必要ないという結論があってもおかしくありません。逆にWHYが明確になれば、その先に必要なことも見えてくるのではないでしょうか。意外と思われるかもしれませんが、このシンプルな思考プロセスを経ていない企業のケースも多いのです。
今後のタレントマネジメント
――最後に、今後のタレントマネジメントについて話を聞かせてください。
渕田氏: 企業はタレントマネジメントを導入せざるを得ないのではないかと思っています。人材の能力をもっと引き出すためには、企業が今まで以上に人材一人ひとりにフォーカスを当てていかなければならないのではないでしょうか。しかし、企業によって何にフォーカスを当てるのかも違えば、そのやり方も違ってきます。
タレントマネジメントはただトップ人材を選別・育成する方法ではなく、その方向性は企業の指向性に応じて2~3に分類されてくるのではないかと思います。タレントマネジメントの議論は、改めて人材を考え、育成制度を見直すいいきっかけになるのではないかと思います。既に「タレントマネジメントを実践している」企業も、改めて手段ではなくその理由や目的を見直し、整理することをお勧めします。
また、業務の現場や人事部門も変わっていかなければいけません。現場は、個人の特性を正確に把握して、人材の能力を伸ばしどのように育てていくかを、責任を持って真剣にやっていく必要があります。本人も「なりたい姿」を明確に描いて、それを共有して達成に向けて協働していくことが重要なのです。そして人事部門は、労務管理や制度の構築といった業務だけでなく、視点を「人材を知る」「人材を生かす」といった人材管理へと移していく必要があります。
人事が人材の強みを知ることで、現場の上司をサポートできるということもあるでしょう。本来ここは、企業の人事が強かったところでもあります。しかし、今は経営のスピードが速くなってできていません。人事部門には、人材の特長をつかみそれを現場の上司や経営層に伝える能力が今まで以上に求められます。データベースに構築される情報と人事部門が持つ人材の“生の情報”を合わせることで、その人材の本当の姿を知ることができるのです。



