実は落とすのが快感! 「優秀な人材を厳選採用」する人事のホンネ

総合実は落とすのが快感! 「優秀な人材を厳選採用」する人事のホンネ

採用市場では昨今、企業はこぞって、優秀な人材を採用しようと躍起になっている。しかし、内外企業で積極採用してきた私は、優秀な人材を厳選採用しようとしている会社が成功した事例を見たことがない。

1次面接で9割を落とす!
厳選採用の呪縛から逃れられない企業

営業担当者の陣容を整えれば業績伸展が望めるフェーズにあった、製造製品の輸入販売会社であるJ社が、有名大学やMBAホルダーの厳選採用に注力するあまり、採用目標を半分も満たせないという状況に2年にわたって陥っていた。

厳選採用にこだわりすぎて自滅する会社が多い理由はなぜか?

営業部長が知恵を出し合った結果、候補者100人に対して、営業部長による1次面接80人、役員による2次面接40人を経て20人に内定を出し、辞退率50%に鑑み、10人採用するという計画を立てた。それまでおよそ、1次面接をした候補者の1割しか2次面接へ進ませないという厳選採用をしていたが、5割を2次面接へ進ませることにしたのである。

しかし、蓋を開けてみれば、営業部長たちは、この計画を立てた張本人たちであるにもかかわらず、候補者に対してNGを出しまくり、次々と1次面接で落とし続けた。その結果、2次面接への通過率は5割どころか、これまでと変わらぬ1割という結果となってしまったのである。

営業部長たちに理由を聞いてみると、「やはり、標準的な人材では会社の飛躍的伸展は望めない」、「やはり、MBAホルダーがソリューション営業を展開する夢を捨てるべきではない」、「米国のグローバル本社ではとびきり優秀な人材を採用できている。日本でもできるはずだ」、「業界経験者でなければ即戦力にならない」、「育成体制が整っていないので、並みの人材では育たないし、本人が苦労するだけだ」などの、「やはり、従来通りのやり方をすべきだ」という答えが、次々と返ってきた。

J社に限らず、どのような人材を採用しようとしていますかと質問すると、「優秀な人材」を厳選採用しようとしていると答える会社は実に多い。意図する概念に幅はあろうが、「潜在能力のある人材」でもなく、「革新的な人材」でもなく、「優秀な人材」という表現が使われる。

そして、そうした企業のほとんどが採用目標を達成できないでいることもまた、厳然たる事実だ。人材の量と、人材の質という、相反する目標の両方を満たすことができないジレンマから逃れられていないと、言わざるをえない。

有名大学卒業者やMBAホルダーだから
業績伸展に寄与する、という幻想

私にはそもそも、「優秀な人材」を採用しようとすることがよいことか、疑問がある。4番バッターを9人揃えることは、良いことなのだろうか。フォワードを11人揃えて強いサッカーチームが作れるだろうか。

有名大学卒業者や、MBAホルダーは本当に優秀なのだろうか。確かに優秀であるからこそ、有名大学を卒業したり、MBAコースを修了したりしたに違いない。しかし、大手を含む内外企業での私の人事経験からは、MBAホルダーがプロモーションされた割合、業績伸展に寄与した割合は、MBAを有していない社員と変わらないという結果があることを申し上げなければならない。

もちろん、そうでない企業の実例もあるに違いない。しかし、肌感覚として、MBAホルダーがビジネスを支えているという実感を持てないという方が多いのではないだろうか。役員の出身大学が、有名大学卒業だけでないことは周知の事実だ。

J社のグローバル本社は非常に強いブランド力を持っており、MBA修了者の就職希望先ランキングトップ3に、毎年入っている。従って、グローバル本社の採用担当からは、「とびきり優秀な人材が採用できて当然だ。日本の採用も、グローバルに倣って、人材の質の飛躍的向上に取り組まねばならない」という方針を示され続けている。

グローバル本社の方針に対して、日本のJ社のブランド力がグローバル本社のそれとは大きな隔たりがあること、日本法人の役割は営業に特化していることなどの説明ができておらず、グローバル方針に素直に従った結果、採用目標に対して大きく未達となることを繰り返しているのだ。

一方で、育成体制が整っていないので、即戦力を取りたい、手間のかからない優秀な人材を取りたいという理由はどうだろうか。これは厳しい言い方をすれば、営業部長として自分が楽をしたいから、手間のかかる並の人材や、育てる必要のある人材は採りたくないという負のエネルギーが働いているのではないだろうか。

「NGの快感が忘れられない」
採用担当者側の心理にも問題がある

「厳選採用」信仰の裏には、採用担当者たちの姑息なホンネが隠されていることも多い。

ある営業部長は酒の席で、正直に心情を吐露してくれた。「採用のGOサインを出すことには、その社員に対して責任を持つ怖さがある」、「一方で、NGサインを出すことに快感を覚えたり、優越感を持ったりする自分がいることも事実だ」、「優秀でない人材を採用することは、自分の職務が優秀でない人間でもできると言われているようで、抵抗がある」、と。

別の企業の事例だが、高すぎた採用の質を標準レベルにまで低下させ、採用数を倍増させた年に、どうしてもその方針に従えず、次々とNGを出し続け、厳選採用の姿勢を変えない採用担当者がいた。理由を聞いてみると、「標準レベルの社員にGOサインを出すことは、誰にでもできることで、それでは自分の存在意義がありません」ということであった。先ほどの営業部長とは少し意味は異なるが、やはりNGを出すことの自己実現の快感から逃れられない症例のひとつである。

自分の保身のために、優秀でない人材を採用してしまう心理が働いてしまうような、よくある事例に比べればマシなことなのかもしれない。しかし私には、グローバル方針に盲従し育成という手間を避け、さらにNGの快感を追求するという、負のエネルギーから生まれた何とも採用者に都合のよいスタンスが、採用目標の未達を産んでいると思えてならない。

こうした負のエネルギーは、人材を充足したい部門以上に、人事部の採用担当者において現れやすい。ひとつの実例が、採用目標の設定の仕方についてである。例えば、10%業容拡大を図るために、社員100人を110人にする目標を立てた会社で、退社者数は年間10人だったとする。同社の採用目標を設定する際に、採用目標は20人になると考えることが普通だ。

しかし、採用部門の“優秀な”メンバーが「退社抑制は重要な課題で、退社数の目標は0である。従って、あくまでも採用目標は10である」と言い張り、採用目標を10とした、という笑えない事例がある。

採用部門の本音は、できるだけ採用目標数を少なくして、目標未達により自分の部門の評価を下げるリスクを小さくしたいということであった。また、採用を推進する部門と、退社を抑制する部門とが縦割りであり、両者を統括する人事部長が、両者を統合してマネジメントできていないことも、そのような結論に陥った理由であろう。

そもそも、これまで退社抑制ができていなかったので、1年で退社がゼロになると思い込む方がおかしい。できていないという事実に基づいて目標を立てずして、現実的なビジネスプランが実行できるわけがない。

他社横並び、殿様採用…
無責任人事が採用現場を崩壊させる

採用推進のバリアになる要素として、「満場一致で採用したいという結論にならないとプロセスを進めない」という合否基準も挙げられる。優秀だと思って採用した社員が、期待するパフォーマンスを上げられなかったり、基本的な行動で問題を発生させるなど、苦い経験に直面した企業が陥りやすい状況である。面接担当者や採用部門の無責任性が高ずると、この満場一致採用の方式に陥りやすく、それがますます、採用を減速させる。

未だに、「すべて書類が整っていないとプロセスを進めない」、「指示した書式(例えば市販の横型履歴書書式)でないと突き返す」、「採用部門が指示した面接スケジュールに合わないとプロセスを打ち切る」という、“殿さまマインド”で採用を行っている企業も多い。そうしたマインドが、採用目標未達の要因になっていることに、思いすら至らない。

そして、最も不効率と思われることは、自社の状況を考えずに、自社に合致したプランを立てずに他社を模倣することだ。例えば、採用予定数がわずか数人であるにもかかわらず、単によそもやっているからという理由で、マスメディアに広告を出す、システムで大量の候補者を選別する、大量のインターンシッププログラムを実施するなどの、大量採用企業が行うことを、横並びで実施してしまう企業が少なくない。

採用は、当面の業績に影響を与えるアクションではあるが、同時に、企業の10年、20年後を左右する、企業の構造を形づくるものである。企業の構造づくりは、大学名や資格にこだわる形式主義でも、本社の言いなりでも、育成責任から逃走しても、NGを出すことの快感に陥ってしまっても、実現するはずがない。縦割り主義や、他社盲従のマインドでは、間違いなく進まないし、組織の構造は崩壊する。

そもそも、優秀な人材を厳選採用するという発想には、「人は化けるものだ」という思いが欠けている。人は誰でも潜在的な能力を持っており、契機があれば成長するはずだ、という考えに立てば、形式主義や育成への諦念から脱却できるのではないか。

10年、20年の計に寄与する人材採用を実現するためには、人事部への期待は大きい。