総合日本企業にも普及するのか? タレントマネジメントの今
近年「タレントマネジメント」というシステムが注目を集めている。海外のグローバル企業を中心に広まっているが、日本企業の普及は遅い。その理由について、リクルートワークス研究所の石原氏に聞いたところ……。
企業にとって、人材とは財産である。そんな経営者の言葉を具現化するような、「タレントマネジメント」と呼ばれるシステムが、近年注目を集めている。
タレントマネジメントとは、従来まで社員の基本情報として管理してきた年齢や学歴、部署移動歴といったバックグラウンドだけでなく、業務経験、スキル、実績、上長の評価など社員のタレント(能力、才能)といった情報までをも一元管理し、企業の人事戦略に活用していこうとする考え方だと言われている。社員ひとりひとりの能力を把握・分析して、その能力が求められる部署やポジションに登用していくという、“適材適所”の精度を高めるシステムだということができるだろう。
しかしこの定義は、タレントマネジメントを社内の人材を活用する企業の視点からしか語っていないとも言える。全社員の能力やポテンシャルを一元管理して、社内の必要に応じて機能するようポジションにあてがっていくことがタレントマネジメントだと言うのであれば、社員は“財産”ではなく企業の戦略を実現するための“道具”でしかない。企業だけでなく、実際に働くビジネスパーソンにとっても、このタレントマネジメントはどのように機能すべきなのだろうか。
「日本企業が言う『タレントマネジメント』は、とても狭い範囲を指して言っている。従業員データベースの構築と人事評価・職位階層制度の共通化でしかない。タレントマネジメントとは本当は何をすることなのかということが、十分に理解されていないのではないか」。そう語るのは、リクルートワークス研究所においてタレントマネジメントを中心とした人材マネジメント領域を長年研究している石原直子氏。海外企業の事例を中心に、タレントマネジメントの本当のあるべき姿とは何かをうかがった。
能力を持った社員を最速で成長させる人材育成メソッド
――日本でタレントマネジメントはいつごろから注目されてきているのでしょうか。
石原: 私がタレントマネジメントを提唱するようになったのは2012年ごろなのですが、その頃に動きが活発だったのは、ITのソフトウェアやシステムのベンダーが中心でした。つまり、HRシステムの中にタレントマネジメントの機能を盛り込んでいったのです。「全世界の人材を把握できる人事データベースを構築して、そこに社員の強みや弱み、経歴を全て入力して、どんな人材がどこにいるのかを管理しましょう。次のポストにふさわしい人材を瞬時に探し出せるようにしましょう」というわけですね。
タレントマネジメントの中でも人材データベースの構築やそれに伴う人事評価の比較という部分に注目が集まりすぎてしまい、これができれば「うちはタレントマネジメントをやっている企業だ」ということになってしまったのです。
――タレントマネジメントの本来の目的が理解されていないということですね。では、タレントマネジメントは本来どのような目的で導入されているのでしょうか。海外企業では日本よりも先に人事システムへの導入が進んでいるとうかがっていますが。
石原: 欧米のグローバル企業の事例を研究して分かったのですが、海外のタレントマネジメントにはいくつかの段階があります。2012年に視察した欧州のグローバル企業の事例では、タレントマネジメントは主に“リーダーの育成”を一番の目的として導入されており、ごく一部の優秀な社員をより早く育成して、より早く経営に近いポジションにまで引き上げるというセレクティブな意味合いで実践されていました。実際、企業の中には全社員の中の限られた数の社員だけを対象にタレントマネジメントを導入しているケースはあります。
海外でタレントマネジメントを最も熱心に実践していると感じるのは、GE(ゼネラル・エレクトロニクス)とIBMだと思うのですが、両社はタレントマネジメントを人材マネジメントに対する思想そのものだと位置付け、全社員を対象に行うに至っています。これはなぜなのか。タレントマネジメントを“次のリーダーを育成することだ”と定義した場合、候補となる人材にはいろいろな経験を積ませ、さまざまな試練を与えることでその人材が次のリーダーにふさわしいかを見極める必要があります。
会社の次のトップを選ぶためには、その下の層の人材を育て、その中からセレクションを行う。すると、空いたポストにふさわしい人材を選ぶためにさらに下の層の人材を成長させていく必要がある。「自分が昇進したあと、このポストを部下に任せるためにはさまざまな経験を積ませて育てなければならない」という思想を最下層まで下ろしていくと、実は一番若い社員も含めて全社員を対象にしたタレントマネジメントを行う必要性につながっていくのです。
つまり、タレントマネジメントというのは、世界中のどこからであっても高い能力を持った人材により大きなチャンス与えることで、彼らの成長スピードを最速化させることができる育成手法だと思うのです。「世界中のどこからであっても」というのは大きなポイントで、例えば米国のグローバル企業が買収したスペインの子会社のトップが非常に優秀であれば、数年後には米国本社の経営陣にいる可能性もある。
GEやIBMのような海外のグローバル企業が実践しているタレントマネジメントは、組織の垣根を超えて個人の能力を見極め、飛躍できる大きなチャンスを与えて育てていくということなのです。こういった発想のタレントマネジメントは、マイクロソフト、ヒューレット・パッカード、ネスレ、ジョンソン&ジョンソンをはじめ、今や欧米のほとんどのグローバル企業が取り入れています。
タレントマネジメントを実践するために解決すべき日本企業の課題とは
――日本企業ではなかなか想像できない世界ですね。海外のグローバル企業と比較して、日本企業の人材マネジメントにはどのような課題があるのでしょうか。
石原: まず日本では(海外の企業と比べて)意識に違いがあり、支社や海外法人、子会社や孫会社、買収した会社の優秀な人材を企業経営の中枢で起用できるという発想がありません。あくまで本社で新卒時から正社員採用した生え抜きの人材こそが本社の中枢メンバーであり、それ以外は中枢メンバーにはなりえないという感覚が強いのです。「人材こそが全てだ!」と言っておきながら、その“人材”というのは22歳のとき(新卒採用時)に本社で選抜された100名あまりの総合職正社員だけ。地方の支店や支社で採用された人材ですら、企業の“主要メンバー”からは外されてしまう。日本企業の人材育成に対する考え方は非常に中央集権的であり、「経営の中枢のために育成する人材はこれだけでよい」と22歳の時点で結論づけてしまっているのが、日本企業の人材マネジメントの課題なのです。
例えば、35歳でものすごい頭角を現す人材がいるかもしれない。32歳のときに携わった新規ビジネスが大きな成果を収めるようなこともあるかもしれない。買収した企業のマネージャーが非常に優秀であるかもしれない。それでも、こうした社員は企業の中枢を担う人材としてカウントされることはなく、あくまでその人材は22歳のときにセレクションされた社員なのです。こうした体質がGEやIBMが実践するタレントマネジメントを実現する上での大きな壁になっているのです。
――人材を最速で成長させるという点も重要なキーワードだと思いますが、日本企業には実践できるのでしょうか。
石原: タレントマネジメントにおいてもうひとつ重要なのは、「その人にとって耐えられる最速のスピードで成長させる」ということです。優秀な人材を成長させるためには、その人の採用・能力がどの程度までその企業やビジネスで成長するのかということについて常にチャレンジグな状況に置いておかなければなりません。海外の企業は、「そうでなければ、その人材は『つまらない』といって会社を辞めてしまう」と思っているのです。
タレントマネジメントにとって、日本企業にありがちな「ポストに就くためには順番があるから、あと3年待ってほしい」「お前が優秀なのは分かっている。しかし、お前が部長になるためにはあと6年必要だ」などという話は通用しません。こうした年功序列による“順番待ち”の文化を、優秀な人材は全く喜びません。これが、日本企業が優秀な人材を獲得できない理由でもあるのです。育成はしてくれるが、活躍できるポストに就けるのに何年かかるのか分からない。海外の企業では3年でマネージャーになっているのに、自分は15年経っても同じポジションのまま。これでは優秀な人材は会社を辞めていってしまいます。
タレントマネジメントを実践している企業では、優秀な人材はもっとチャレンジしたいと思っているし、企業も社員にどんどんチャレンジさせたほうが、企業が成長すると思っています。「優秀なのは分かるけど、待ってて」などというのは、企業にとって能力の無駄遣いになってしまうのです。優秀な人の能力が最大限活きる場所を早く見つけて、早くチャンスを与えなければと考えることが、タレントマネジメントでは重要なのです。これを日本企業の多くはできていません。むしろ、優秀な部下を脅威に感じて出る杭を打ちたくなったり、そもそも杭が出ないようにポストに応じて年齢が決まっていたりするような人材マネジメントの仕組みになっていたりします。こうした思想があるうちは、本当のタレントマネジメントを実践することは難しいと言わざるを得ません。
「人材は財産だ」という言葉は、世界中の企業が言っていることです。そこで本当に重要なのは、その人材が持つ能力を最大限引き出して使いきること。そうでなければ、優秀な人材がいても企業は成長することができないのです。しかし、日本の企業は「チームだから」「和を大切にするから」と言って個人の能力が突き抜けるのを非常に嫌がります。個人がその能力でどんどん突き抜けて出世していくとチーム力が下がるとさえ思っている。ただ、タレントマネジメントを実践している企業も、「チーム力が大事だ」「リーダーの役目はチームの総力を最大化させることだ」と言っています。個人の能力を伸ばすことと、チーム力が落ちることは、実はまったく相関性がないことなのです。
全世界共通の人材データベースも、人事評価制度も当然必要です。しかし、それは必要条件であり十分条件ではありません。これらのシステムを導入したからといってタレントマネジメントを実践しているとは言えないのです。空いたポジションがあったときに、人材データベースを活用しながら「誰を登用すれば、その人にとって大きな成長に繋がるか」を考えるのがタレントマネジメントなのです。
“人材の成長”から考える人材マネジメントを
――タレントマネジメントの考え方では上長の役割も大きく変わるということですね。
石原: ある部署のタレントマネジメントを例に取りましょう。上司の下に部下が5人いて、それぞれの能力も成長スピードもポテンシャルも違います。そこで上司が果たす役割は、5人それぞれに合わせて「この1年でどのような成長をするか」というプランを提供すること。「去年と同じことをやっていればいい」は通用しません。「お前には今年こういった成長をしてほしい」「去年成長できなかった部分はここだ」という着眼点から、その人材を成長させるためのミッションを課す。部署の目標達成をサポートしながら、同時に部下をどれだけ成長させることができるかが、上長には大きく難しい課題が課せられているのです。
例えば、IBMでは18カ月以上同じ業務に携わっている人材で成長のための新たなミッションが見えてこないと、上司が人事部から怒られるそうです。こんな短い間隔での人材育成の実践は、日本企業にはなかなかできません。タレントマネジメントを実践する企業の人事部は、優秀な人材に対してもっと速いスピードでもっと成長のためのアクセルを踏んでほしいと思っているのです。
――これまで挙げていただいた課題を踏まえて、日本企業がタレントマネジメントを導入するために意識しなければならないことを教えてください。
石原: タレントマネジメントを世界中の全ての拠点の全ての部署で実践していければ、そこを最速で駆け上がってくる優秀な人材が必ずいるはず。そこで組織の垣根に縛られずに、企業の中枢で重要な役割を担う人材が必ず生まれてくるはずです。日本企業は、そういった優秀な人材が全世界のオフィスから本社の中枢までつながっているということをまだ理解できていないでいます。優秀な人材によって企業が大きく動くということを十分に理解していないのです。社員ひとりひとりの能力を理解し、彼らの能力に合わせた最速の成長をプランニングするという、“意識改革”をしていく必要があるのではないでしょうか。
