総合「ごぼう抜き人事」なくしてグローバル成長はできない
前回まで、まずはグローバル化した経営環境の成長を紀元前までひも解き、そして世界的な価値の連鎖を構築する先進的な大企業とスタートアップの事例を紹介してきました。
今回は少し趣向を変えて、こうしたグローバル化した世界において、複雑に絡み合う価値の連鎖構造を経営できる経営人材をどのように育てていけばいいのかを考えていきたいと思います。キーワードは、「ごぼう抜き人事」です。
抜擢人事がニュースになる日本
昨今、いくつかの大企業で比較的若手の経営幹部が社長に就任する事例が相次いでいます。
すぐに思いつくだけでも、日本マイクロソフトの平野拓也氏、三井物産の安永竜夫氏、デンソーの有馬浩二氏、富士通の田中達也氏、ホンダの八郷隆弘氏など、数多くの企業で40代や50代の経営幹部が並み居る先輩を飛び越えて経営者としての責任を果たすこととなりました。
過去にもこうした抜擢人事の事例はありました。しかし、増えているように見えて、実際は日本におけるこうした抜擢人事はまれです。そのため、こうした人事は「○○人抜きの抜擢人事」や、「ごぼう抜きの抜擢人事」と形容され、多くのメディアでそのニュース性が強調されています。
世界平均より10歳年を取っている日本の経営者
50代で大企業の社長というのは、世界では必ずしも若くはありません。しかし日本では、確かに平均よりかなり若いといえます。 経営コンサルティング会社のStrategy&(旧ブーズ・アンド・カンパニー)が世界の上場企業における時価総額の上位2500を対象に行なったCEO(最高経営責任者)継承調査によると、日本企業のCEO就任時の年齢は2013年で61歳(世界平均53歳)、2014年でも62歳(世界平均52歳)と、平均よりも10歳も高いのが現状です(注1)。
広く理解されているように、日本では大企業を中心に「年功序列」と形容されるような、年齢に応じて順を追って職責を段階的に引き上げていく慣行や、年齢に応じた賃金形態が一般的でした。確かに、 パナソニック、ソニー、日立が賃金の年功要素を廃止、または廃止の方向で検討を進めているように、多くの企業がより成果に基づいた処遇を実現するべく、段階的に制度の運用を変更しています。しかし、「年功序列」の要素は多くの企業で根強く残っています。
海外では、20代でも 経営幹部の経験を積む
こうした年功序列的なシステムは、日本特有なのでしょうか。2015年2月にリクルートワークス研究所が、「5カ国比較”課長の定義”」という興味深い調査を公表しています(注2)。
この記事の調査によれば、日本で働く日本人の課長への昇進年齢は平均38.6歳、そして部長への昇進年齢は平均44.0歳と高い数値となっています。これは20代で課長や部長に昇進するインド、中国、タイに比較すると課長で9歳程度、部長では10歳以上高い年齢です。また、同じ成熟国と言える米国と比較しても課長、部長の双方で5歳以上高い年齢です。
部下なし管理職が多い日本企業
しかも、管理職になったからといって、部下がいるとは限りません。日本人の管理職の5人に1人は部下が1人もいないのです。部下が1人もいない管理職は、インドでは0.4%、中国で6.0%、タイで0.1%しかいません。専門職の多い米国も14.9%と比較的高い数字ですが、総合職が一般的な日本において、この数字はとても高い印象を受けます。
この「5カ国比較”課長の定義”」において、東京大学の大湾秀雄教授は、もはやこうした遅い昇進の合理性は低下していると指摘します。
リーダーシップ経験を持ったいわゆるグローバル人材が不足する中、高い能力を持った人材に早期にリーダーシップ経験を積んでもらうことの合理性が高まっています。そして、社内で長期間をかけて自社特有の技能をもつ社員を要請していく意義も薄れつつあります。さらには、もはや企業自身も長期雇用を保証できるような安定的な経営を続けられる保証がないからです。
現代の国際的な競争環境は、可能性のある若手のリーダー候補者に対して「○○人抜きの抜擢人事」や、「ゴボウ抜きの抜擢人事」をする必要がある時代です。日本の未来の経営者である若手人材に対して、早期からリーダーシップ経験を積む機会を与えていく必要があります。それができなければ、こうした若手人材は外国籍の同年代の経営幹部候補生との間に、大きな格差を抱えてしまうでしょう。
外部の、外国籍の経営人材との間に生じる、大きな格差
急速にグローバル化した世界において、全世界に展開している自社の舵取りを担える日本人経営幹部が育っていない。こうした声を、数多くの企業の経営陣の方から耳にします。逆に国際化が進んだ企業であればあるほど、外部の経営人材や、外国籍の経営人材の活用が進み、日本人経営幹部の存在感が低下しているという事実も聞いています。
中でも今もっとも劇的な変化のただ中にいるのは、武田薬品工業ではないでしょうか。武田薬品工業では現在、かなり大胆な組織の組み替えが行われています。日経ビジネスの2015年3月2日号の特集記事によれば、CEOに就任したクリストフ・ウェーバー氏だけではなく、経営の最高執行機関であるタケダ・エグゼクティブ・チームの構成員16人中、8人が外部から招聘した外国籍経営幹部、2人が買収先の外国籍経営幹部となっているといいます。
日本企業は、たとえ優秀な人材であっても一定の年齢に達するまでなかなかリーダーシップの経験を積んだり、また実績を上げるための責任ある立場を任されたりすることがなかった特殊な事情を抱えています。これが、内部の人材が外部の人材と公平な土壌で比較されるときに大きな弱みとなります。
ある程度年齢を重ねないと経営幹部としての経験を積めないということが、日本の経営人材の足腰にボディブローのように効き始めているように感じています。
日本企業の経営改革の成功例として知られる日産リバイバルプランを主導したカルロス・ゴーンCEOは、入社研修ののちに27歳でフランス国内の工場長に就任しています。その後に31歳でブラジルミシュランのCOO(最高執行責任者)となり実績を上げ、35歳で北米ミシェランのCEOを経験します。
さらに42歳で仏ルノーの上級副社長として迎えられ、45歳で日産自動車のCOOに就任しました。もちろん、武田薬品工業のウェーバーCEOもすでに29歳からGSKの海外展開を担うカントリーマネジャーとして経営経験を積み始めています。
このように欧米の企業や、一部の中国や韓国の企業でも、幹部候補生にはゴーンCEO やウェバーCEOが経験したようなキャリアパスの可能性を提示することが一般的です。より高い可能性がある人材を採用するために、その人材のための特別な採用経路を設定します。そして入社後も、年齢や年次にとらわれない実績と能力を基準とした人事で伸びる人材を積極的に伸ばそうとします。
そのため、世界のトップ校の大学院を卒業したり、経営コンサルティング会社でキャリアを積んだりしたのちに、30代半ばですでに現地子会社の社長級や、本社の上級経営幹部として迎えられる事例は数え切れないほど存在します。
こうした人材は30代半ばで既に数百億円以上の規模の事業の利益責任を担います。その一方で四半期ごとに絶えず目標達成を求められ、厳しい意思決定や困難に直面し続けます。そして、その厳しい競争をくぐり抜けた人材が、さらに40代でより大きな挑戦に自信を持って望むことができるのです。
かたや、いかに優秀であっても、30代で限定的なリーダーシップ経験しか積むことができず、40代になるまで本当の管理職を経験することができなかった人材がいたとします。
果たして、この経験の差を埋めることができるのでしょうか?もちろん、この極めて大きな蓄積と経験の差を埋められるとは、到底思えません。
ゴーンCEOは、見出されることでグローバルリーダーとなった
これだけ複雑化したグローバル経済において、大規模な企業の経営を担う未来のリーダーを育て上げるには、現時点において人事権を持つ経営幹部のコミットメントが不可欠です。「抜擢人事」には、抜擢される人だけではなく、抜擢する人も必要なのです。
グローバルリーダーの候補者は1人でグローバルリーダーに成長できるわけではありません。グローバルリーダーの候補者には、その候補者の潜在力を見い出し、そしてその候補者に活躍の機会を与える度量を持ち、リスクを取ることができるメンターが必要です。そのメンターが機会を与え、最終的な責任を取ります。
例えば、カルロス・ゴーンCEOも、ただ彼が優秀であったというだけで、チャンスが与えられ、活躍の場を広げていったのではありません。
30歳でブラジルミシェランの社長に内定し、31歳で就任した際には、当時のミシェランCFO(最高財務責任者)のシャイード・ヌウライ氏がゴーン氏を推薦し、そして反対意見を抑えて、当時のCEOのフランソワ・ミシュラン氏が自分の直属とすることでゴーン氏を送り込むという大胆な意思決定をしています。
ゴーン氏が34歳のとき、北米ミシェランのCEOになる可能性があると友人から伝えられました。しかし、ゴーン氏はそんなことは34歳という年齢ではありえないと笑い飛ばしたと言います。結果的には、誰もが不可能を感じていたブラジル事業を見事に立て直した経験と実績もあり、フランソワ・ミシェラン氏が強力に支持することでこの人事が固まりました。
これはゴーン氏がルノーの上級副社長となり、そして日産自動車のCOOとして着任した時も同じでした。今度はルノーのルイ・シュバイツァー氏が、ゴーン氏を採用するという、ゴーン氏の言葉を借りれば「戦略的リスク」をとったことで、ゴーン氏が歴代最年少でルノーのナンバー・ツーとなり、そして日産自動車の経営を担う存在となることが実現したのです(注3)。
もちろん数多くの反対や他の意見はあったはずです。しかしメンターたる経営幹部の果敢な判断により、のちに世界的な経営者になるリーダーに、成長の機会が与えられたと言えます。誰かがリスクを取り、可能性のある人材を引き上げ、失敗のリスクも織り込みながら、可能性に賭けていくことが必要なのです。
可能性のある人材に成長の機会を与える、というシンプルな鉄則
自分が成長できる可能性に明らかに大きな違いがあるとすれば、優秀な人材であればあるほど、自分が成長できない環境を選ぶ可能性は低くなります。もちろん、グローバルな人材であればあるほど、よりよい環境を志向して世界をまたに架けるでしょう 。
現代のグローバル経営の時代において、日本企業で働くことがキャリア形成に悪影響をもたらすとしたら、日本企業が競争力を保つのは少しずつであれ、さらに難しくなります。可能性のある人材に成長の機会を与える、それができなければ、優秀な人材を保持することも、それを育てることも、採用することもより困難となるでしょう。
武田製薬専務取締役(戦略担当)の本田信司氏は、日経ビジネスのインタビューに答えてこう語ります。
「日本人社員に私より5~10年早く、グローバルビジネスの経験をしてほしい。そうすればウェバーの次か、さらにその次の世代を担う日本人リーダーを作ることができる。それが自分の最後の大仕事」(注4)
必要なのは「機会を与える人」
日本企業にも、機会を与える人が必要なのです。潜在的なリーダーは、機会を成果につなげる実践を積み重ねることで自信を深め、知見と方法論を磨き上げ、世界的経営者として成長していきます。しかし機会が与えられなければ、こうした成長の連鎖は起こり得ません。
人材輩出企業であるリクルートや三菱商事、また外資系コンサルティング会社やプライベート・エクイティでは、若手の段階から多様な経営経験を積むことが可能であり、そして実績を出せば、30代半ばから事業運営の大きな責任を担う機会が与えられると聞きます。
もちろん、機会を与えた結果として、うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあるでしょう。しかし、責任ある立場にいる人々が失敗の可能性を許容し、可能性のある人材に機会を与えることができるか。これが、その企業が層の厚い人材を揃え、グローバル企業に成長できるかの、分岐点となると私は考えています。
そして、「機会を与える人」の存在がより一般的になれば、未来を担う人材に活躍の機会が与えられる人事に対して、「○○人抜きの抜擢人事」や「ゴボウ抜き」と形容する風潮は、過去の遺物として忘れさられるはずなのです。
今回はこのぐらいで、ご意見、ご感想、お待ちしております。