総合広がる”ごぼう抜き”抜擢人事の「功罪」
三井物産で32人抜きの社長昇格の人事が発表されたのは今年の1月。社外では「すごい」、社内では「まさか」の声が上がり、大きな注目を集めました。
新社長になる安永竜夫氏(54)は現社長の飯島彰己氏(64)から「天命と思って受けて欲しい」 と諭され覚悟を決めたとのこと。どの会社でも「次の社長候補は誰か?」周囲はつねに意識しているもの。当然ながら三井物産のような大企業では、社長レースにおいては一定の出世パターンがあったはず。そのパターンからは大きく逸脱した抜擢人事ゆえ、社内での「まさか」の声の大きさは相当なものであったに違いありません。
取締役経験なしでの社長への抜擢人事
ちなみに32人抜きとは、役員序列で32人偉い立場の先輩たちを抜いての抜擢人事ということ。年齢的には10歳以上も社長が若返ることになりました。余談ですが、三井物産で役員が32人以上もいることに驚く声もたくさん耳にしました。ちなみに役員には取締役だけでなく執行役員も含めまれ、合計43人の役員がいます。安永氏は執行役員で取締役経験なしでの社長への抜擢人事。これも大企業では異例のことに違いありません。そんな抜擢人事のもたらす功罪について、今回の記事では考えてみましょう。
大企業で行われた抜擢人事はいつの時代も話題になりました。古くは松下電器産業(現パナソニック)で役員序列の末席にいた山下俊彦氏を後継社長に指名した抜擢人事は25人のごぼう抜きで「山下跳び」と呼ばれたもの。ちなみに、これは30年以上も前のこと。年功序列が絶対であったはずの当時、そのインパクトは相当なものであったことでしょう。その後も小ぶりな抜擢人事が行われることはありましたが、三井物産のように周囲を驚かせるものは久々かもしれません。
ちなみに抜擢人事とは年功や学歴を飛び越えて人材を登用したり、若い人材を高いポストに起用したりすること。人事管理の枠組みが成果や業績主義に変わりつつあると言っても、抜擢の程度が著しいと注目度はやはり高いものがあります。
また重厚長大な大企業では年功序列を「それなり」に重視する古典的な人事制度が残っているため、抜擢人事が「いまだに」斬新にみえるのかもしれません。それなり……と書いたのは、重厚長大な大企業でも成果に応じて年功が逆転した人事は増えています。
ただ、抜擢と声を大にして呼べるくらいに大胆な人事には至らないのが現状。一定の役職に上がるための年齢的な条件や、執行役員から取締役になるためには数年間の経験を経る必要があるなど時間的に制約があるのが通常です。
ところが、話題になるくらいの抜擢人事は三井物産だけでなく、ホンダや富士通などでも続々と出てきました。ついには日清食品で37歳の専務が社長に抜擢される人事が発表されました。おそらく今後、こうした驚きの社長の抜擢人事は増えるのではないでしょうか。
その理由は? 社長に求められる資質に「変化」と「バイタリティー(活力)」の高さが求められる世の中になってきたから、と筆者は考えます。国際競争や事業環境の変化が激しい時代になり、若さや新しい発想を求めて、長らく経営のトップに近くで経営にかかわる人物より「しがらみがない」人物が適当、と判断して現社長が後継者に選ぶのかもしれません。
広告代理店でも30代前半社員を抜擢
さて、こうした抜擢人事は社長だけでなく、社内の幹部人材でも増えているようです。取材した広告代理店では、
「ネット上のマーケティング手法がわからない幹部には、次世代は任せられない」
と社長が判断して、50代の部長たちをごぼう抜きにして30代前半の事業部長を営業部門のトップにする抜擢人事がなされていました。広告業界に長く伝わる接待型・情に訴える型の営業では、ネット時代には仕事が取れません。単なる訪問者から会員や(見込み)顧客へと転換する(=コンバージョン)数を高める施策を示せないと、クライアントは離れていきます。業績を将来的にも上げていくためには、抜擢人事は必須の判断であったのかもしれません。
ある調剤薬局チェーンでは、20代で店長への抜擢が行われていました。店舗にはベテランクラスの正社員がたくさんいます。それでも抜擢した理由を人事部に尋ねてみると
「若手アルバイトのマネジメントができることが店長に求められる能力ですが、その能力を備えている人材が20代にいたので抜擢したまでです」
と回答が返ってきました。逆説的にベテランクラスで若手アルバイトのマネジメントが出来ない人がいる……と言いたいのかもしれませんが、こうした職場での追い抜き、年功上の逆転現象が増えるとどうなるのでしょうか?
人事部的な視点からすれば
《若手社員にとってはチャンスなので、やる気が高まるに違いありません》
とプラス面を強調してきます。確かに抜擢人事はやる気の高い若手社員に対してはうれしい傾向です。ちなみに筆者も会社員時代、管理職や事業部長などに抜擢人事された経験があります。当然ながら社内で、年功的に逆転が起きた組織のトップを任されることになります。自分なりに責任と権限の大きさに緊張しながらも意欲的に仕事に取り組んだ記憶があります。
抜擢されない人のやる気をどうするか?
ただ、振り返れば抜擢人事にも弊害はあります。それは、抜擢されなかった人に対する処遇次第で、やる気の下がる社員が増えること。社長抜擢の場合であれば、社長より年配の役員、古参の役員は
「ここは若手に任せて、潔く身を引いてください」
と引導を渡されるケースが大半かもしれません。役員ともなれば、抜擢人事がなされたときには「そろそろ潮時かもしれない」と会社を辞めることも自然と覚悟できるかもしれません。
ただ、通常の職場ではどうか? 抜擢された経営幹部と抜擢されなかった管理職が仕事を続けるパターンは普通に起こります。大企業で抜擢されなかった人を子会社に異動させるケースはありますが、それを繰り返すと子会社が抜擢されなかった人の受け入れ先として機能不全を起こす可能性が大。子会社の生え抜き社員からすれば、たまったものではありません(もちろん、子会社を抜擢されなかった人の受け入れ先に平気で活用する大企業もありますが)。
そのため、抜擢人事に合わせて抜擢されなかった管理職を一掃する会社は減ってきました。そこで、抜擢人事をする際には抜擢されなかった人材の活かし方が大事になります。
当然ながら抜擢されなかった人材が会社的に不要なわけではありません。それぞれの持ち場での役割を明確に定義して、期待した仕事を任せること。決してスポイルしたような人事はしないのが賢明です。さもないと抜擢された人に対して牙をむいてくる可能性もあります。このあたりの配慮は抜擢した責任者が心しておくべきでしょう。
さて、これからも増えそうな抜擢人事が、会社の成長に寄与するのか? 大いに注目していきたいと思います。