高度プロフェッショナル労働制は必要

総合高度プロフェッショナル労働制は必要

ホワイトカラー・エグゼンプションが今国会で法律化される見通しで、2016年4月に施行される可能性が高まってきました。

ネット上での論争を見ると、ほぼ「実施反対」の意見一色で占められています。例えば、対象になるにはハードルの高い条件が課せられるとはいえ、さらに長時間労働になるのではないか、残業代を支払わなくても良いとのお墨付きを得て一部の企業でブラック化が進むのではないか、際限のない労働時間によって健康を害する人が増えてしまうのではないかといったものです。

このような意見を言う人たちの心情は良く分かります。ただでさえ日本企業は長時間労働が常態化していますし、給与も思うように上がらず、むしろ下がり続けています。平成26年9月発表の国税庁「民間給与実態統計調査」によるとサラリーマンの平均年収は平成9年の467万円から平成24年の408万円へ15年間で59万円も減っているのです。

しかし、これまでの政府方針や労働政策審議会の案を見た限りでは、私はこういった危惧は当てはまらないと思っています。もちろん、この制度を歪曲して解釈し悪用しようとする企業が出てくるかも知れませんが、そのような企業は制度がどうであれ、いつでもブラックなのです。

厚生労働省が通常国会で成立を目指す内容は当初の着想とかけ離れた内容になっていて、とても労働時間管理を改革したとは言えませんが、この内容のすべてがダメだとは言いません。ホワイトカラー・エグゼンプションが本格的な実質のある制度にならない一方で、健康維持策への配慮が手厚くなる点は結構なことだと思います。あくまで今回のホワイトカラー・エグゼンプションは言葉だけ、形だけの導入であって、これまでの労基法運用とほとんど変わらないのが実態だと見ています。

「高度プロフェッショナル労働制」という名称に

ホワイトカラー・エグゼンプションの性格が特定高度専門職・成果型であることを踏まえて「高度プロフェッショナル労働制」と名付けられることになりました。過去に示されてきた政府方針と1月16日に発表された労働政策審議会の制度案を整理すると適用対象者は次のように定義することができます。

  • (1)職務の範囲が明確な高度プロフェッショナルに該当する職種は「金融ディーラー」「アナリスト」「金融商品の開発」「研究開発」「コンサルタント」であること(今後の検討で増える可能性がある)
  • (2)「職務記述書」を作って職務範囲を明確にすること
  • (3)この制度の適用を「希望する人」であること
  • (4)年収1075万円以上であること

この条件に当てはまる人には

  • (5)労働時間管理の対象から外すので、時間外労働手当、深夜労働手当、休日労働手当が支給されない
  • (6)労働時間と成果に関係がないので、成果で報酬を算出する
  • (7)健康維持策として「年104日の休日」「終業から次の始業まで一定のインターバル時間を置く」「働く時間に上限を設ける」のいずれかを労使で選ぶ

ということになります。

年収条件は高すぎる

年収条件は1075万円以上で決着しそうです。この年収条件は技術系課長職の年収上位4分の1の水準であると説明されていますが、極めて厳しいものです。年収1000万円以上の人は3.8%しかいません(国税庁、同上)。日本人26~27人に1人しか該当者がいないのです。

また民間企業の課長クラスの平均年収は、最も高い45~49歳で909万円でしかありません(厚生労働省、平成25年賃金構造基本統計調査)。課長といえば管理職として労働時間管理の対象になりませんし、中間管理職として働き盛りの人たちですが、それでも平均が1000万円には届かないのです。

部長クラスになるとさすがに1000万円に乗ってきますが、最も高い50~54歳の部長平均年収でも1047万円(厚生労働省、同上)ですので、ホワイトカラー・エグゼンプション該当基準の1075万円はいったいどんな人を想定しているのだろうと考え込んでしまうくらい、高い水準なのです。

サラリーマンの平均給与は男子で502万円(国税庁、同上)が実態です。従ってホワイトカラー・エグゼンプションは、サラリーマン平均の2倍を超える人が該当することになるのです。従って、一般サラリーマンが残業代ゼロになることを心配する必要はありません。それよりも、いかに高収入を得てホワイトカラー・エグゼンプション該当者になれるかを考える方が、前向きで、“豊かな”生き方につながるのではないでしょうか。

部長級平均年収(単位は千円)
年齢区分 所定内給与12ヶ月分 賞与 年収
45~49歳 7,796.4 2,270.4 10,066.8
50~54歳 7,777.2 2,697.4 10,474.6
55~59歳 8,022.0 2,167.6 10,189.6
課長級平均年収(単位は千円)
年齢区分 所定内給与12ヶ月分 賞与 年収
40~44歳 6,139.2 2,156.4 8,295.6
45~49歳 6,637.2 2,459.5 9,096.7
50~54歳 5,5916.0 1,938.2 7,854.2
厚生労働省ホームページから
「平成25年賃金構造基本統計調査」

今さらの感があるホワイトカラー・エグゼンプション

高額な月例給与を受け取りながら自己裁量で仕事をし、労働時間管理を受けない場合は残業手当が支給されなくても合法との司法判断が既に出ています。

モルガン・スタンレー・ジャパン社は外資系投資銀行ですが、専門職社員として採用したA氏の残業手当支給請求が裁判で棄却されています。(平成17年10月19日東京地裁判決)A氏がトレーダーとして採用された基本給は183万円/月でしたが、高額な基本給には残業手当が含まれるとされたのです。

今回のホワイトカラー・エグゼンプションの報酬基準1075万円以上という数字はA氏には及びませんが、部長の平均年収額を凌ぐ水準ですので、残業手当を支給しなくて良いとする基準は至極当然と思います。むしろ私は若手課長の平均年収の800万円以上を報酬条件にすべきだったと考えています。それでもサラリーマンの上位8.0%に入るのですから。

指定の5職種に限るべきではない

ホワイトカラー・エグゼンプションに該当する職種は金融ディーラー、アナリスト、金融商品開発者、研究開発者、コンサルタントの高度プロフェッショナルを想定しています。これらの職種は現在の労働基準法で定める「専門業務型裁量労働制」の指定職種とあまり変わりません。

裁量労働制は「労働時間の設計を本人に任せる」制度で、労働時間はあらかじめ算定しておいた時間数とみなしますので一定の労働時間管理がなされるのですが、ホワイトカラー・エグゼンプションは「労働時間管理の法的規制が適用されない」ことが前者との違いです。こうしてホワイトカラー・エグゼンプションは「高度プロフェッショナル労働制」の名のもとに裁量労働制とは別途に定められることになりました。

企業には独自に基準を設けた専門職(スペシャリスト)がいます。人によっては高報酬が支払われて、管理職級に地位が高い社員として扱われていますので、私は一定の報酬基準を満たした専門職もホワイトカラー・エグゼンプションの適用対象にして良かったのではないかと考えています。残業代支払いの対象にならなくても、他の社員がどれほど残業をしても追いつかないくらいの高報酬が支払われる専門職なら立派なホワイトカラー・エグゼンプションではないかと思うからです。

そういう意味ではこの際、報酬条件に合致する営業職も指定職種にすべきだったと思います。営業職は「事業場外みなし労働時間制」が適用される働き方の代表的な職種ですが、これは労働時間の把握が困難である場合、実際の労働時間に関わらず所定労働時間働いたものとみなす管理方法です。このため際限のない長時間労働の温床になりがちです。

そこで新たに一部の営業職については企画業務型裁量労働制の適用対象にすることが検討されています。営業社員も裁量労働ということになれば本人の自由裁量性はそのままに一定の労働時間働いたことにするので、時間外労働手当を毎月定額で支給することを企業に課すことができる特徴があります。

しかし際限のない長時間労働に歯止めをかけにくい状況には変わりありません。報酬基準に合致する営業社員はホワイトカラー・エグゼンプションの対象にすべきと思いますが、当面は裁量労働制でも致し方ないと思います。しかしその適用者の条件はまだ見えてきません。ここがどのように設定されるかに注目し、これまで通り事業場外みなし労働時間制で行くのが良いか、企画業務型裁量労働制の適用を受けるべきなのか、メリット、デメリットを冷静に比較・分析する必要があるでしょう。

残業ゼロより、自由、やりがい、高収入にこだわろう

これからの日本はいやでも貧富の差が広がっていくでしょう。日本が豊かな国だという実感は、分厚い中間層が形成されていたから得られたものです。その中間層がこれまでのように分厚いままでいられるかどうかは分からなくなっています。戦後の日本企業は物作りに励み、現場に多くの雇用を生み出しました。ところが高額で上質な製品「作り」が必ずしも付加価値を生まなくなってしまったのです。買い集めた部品を組み合わせれば、誰でもすぐにその国の国民性や文化に合うものを売ることができるので「作る」ことそのものに付加価値が発生しないのです。

代わって着想やデザインが重要であることは多くの人が実感しているところです。つまり付加価値が特定の一握りの人に集中するようになったために、中間層が必要なくなったのです。従って、今後はホワイトカラー・エグゼンプションのような高い専門性を発揮する人と、低賃金の外国企業ができる仕事で外国並みの賃金に甘んじなければならない人とに2極化することが避けられないのです。ホワイトカラー・エグゼンプションはこのような状況下でも勝ち抜ける企業となるために不可欠な存在なのです。

残業を減らし成果で報酬を算定する環境へ

今後は専門性の薄い仕事は減り、残業も少なくなっていくでしょう。今度の労基法改正案では、月の残業時間が60時間を上回る部分の割増率が25%から50%に引き上げられることになりそうです。既に大企業では50%になっていましたが、中小企業について猶予する措置が無くなりそうなのです。そうなると、企業は成果を上げられる人に仕事と報酬を重点的に投入する一方で、そうでない人の採用を控え昇給を抑えることにならざるを得なくなります。残業割増率が50%になるのに伴い、法定休日出勤の割増率35%が見直されようとしています。このように、残業を減らして、成果で報酬を算定せざるを得ない環境に変わりつつあります。

ホワイトカラー・エグゼンプションが導入されることによって、時間に縛られず自由な時間を使って働くことができます。これは高度プロフェッショナル型の仕事をする人にとって大きなメリットです。

自由であれば学ぶチャンスも作りやすくなります。大学院に通って学び直そうという人が増えていますが、仕事で成果を上げながら修士や博士の学位を取るなど、ますます専門性を高めようとする人とそうでない人の格差は開いていくことになるでしょう。自由であることのメリットは、やらされ感から解放されるだけでなく、自分を高めることと仕事の両立ができるということなのです。

日本企業は労働生産性向上を急ぐ必要がある

日本企業は世界でトップクラスの実力と考えている人はまだ多いと思います。何しろ中国には抜かれましたが、いまだ世界第3位の経済大国だからです。

OECD加盟諸国の時間当たり労働生産性(単位、購買力平価換算USドル)
順位 国名 労働生産性
1 ノルウェー 86.6
2 ルクセンブルク 79.7
3 アイルランド 71.2
4 アメリカ 64.1
5 ベルギー 61.9
6 オランダ 60.2
7 デンマーク 59.5
8 フランス 59.5
9 ドイツ 58.3
10 スイス 55.1
11 スウェーデン 54.7
12 オーストリア 53.7
13 オーストラリア 53.3
14 カナダ 51.8
15 スペイン 50.0
16 フィンランド 49.0
17 イギリス 48.5
18 イタリア 46.7
19 アイスランド 41.7
20 日本 40.1
24 ギリシャ 34.5
29 韓国 28.9

しかし、実態は既に幻想になりつつあります。実は日本のGDPは1990年に世界のGDPの14.4%を占めていましたが、2013年にはわずか6.6%にまで低下してしまっています(IMF、世界の名目GDP「USドル」ランキング)。日本全体がいかに成長力を落としてしまったかが分かります。

加えて、OECD加盟諸国の中で、日本の時間当たり労働生産性は何と20位です。スペインの15位、イタリアの18位より下です。日本の労働生産性は4位のアメリカの62.5%しかありません。1位のノルウェーと比べると46.3%で半分もないのです。1979年には1位でしたが、現在のGDP第3位は低労働生産性を長時間労働で補って叩き出したものなのです。

とにかく何とかして日本企業の労働生産性を向上させなければなりません。忙しく働いている実感だけはありますが、効率の悪い働き方は法律改正のショック療法を用いてでも改善しなければならないのです。

労働生産性の向上には、より成果を上げられるやり方への工夫が必要ですし、それには先行馬となる優れた専門職が必要です。そこはホワイトカラー・エグゼンプションが高度プロフェッショナルとして真に期待されるところです。