総合正社員と非正規社員の「壁」が下がる?
「正社員をなくしましょう」
慶應義塾大学教授で、人材派遣のパソナグループ取締役会長の竹中平蔵氏がTVの討論番組でこのように発言したことが、大きな反響を呼んでいます。
竹中氏の主張は、「日本の正社員は世界の中でも異常に保護されている」→「それが雇用の流動化を阻害している」→「だから、正社員をなくしましょう」――というもの。
討論番組のオンエア中から、暴言である、サラリーマンに対するアベ・ハラスメントである――といった批判的な意見がネット上では多く見られました。
こうした批判が上がる背景には、日本人の強い正社員志向が感じられます。そこで今回は、正社員と非正規社員の間にある「壁」の問題と、その壁の高さの変化などについて考えてみたいと思います(竹中発言についても言いたいことがありますが、それはまた別の機会に書きたいと思っています)。
「誰もが正社員になりたい」はやや乱暴
さて、正社員については、法律で明確にはされていません。が、一般的には、期間の定めのない雇用契約で働くこと。対する非正規社員は、契約社員やパートタイマー、アルバイト、派遣社員のように期間を定めた雇用契約で、正規社員と比べて自由度を持って働くことができるワークスタイルを指します。
問題は非正規社員と正社員に厳然たる「高い壁」があること。非正規社員はなかなか正社員にはなれない。非正規社員は正社員より収入が低い。ゆえに、格差が広がる――という論がよく見られます。
誰もが正社員になりたいのに、かなわない。あまりに不憫だ……というような記事も多くのメディアで展開されました。
しかし、ここで高い壁について考える前に、ひとつの疑問を投げかけさせてください。それは、本当に誰もが正社員になりたいと思っているのか?という点です。データをひとつ紹介します。
《若年者雇用実態調査(経済産業省/2013年)によると、非正規で現在、在学していない人に対し、今後どのような働き方を望んでいるかを問うと、約半数は「正社員として働きたい」と回答している》
という結果が出ているのです。
半数ということは、残りの半数は正社員で働くことを望んでいないということです。実際、非正規社員として働く方々に取材をしてみると、時間に縛られた働き方はしたくない、責任ある仕事には就きたくない、複数の職場で働いていたい――など、正社員になりたくない気持ちを話してくれた人がたくさんいました。
誰もが正社員になりたいということを前提に考えるのは、やや乱暴だと認識しておく必要があります。このことを踏まえて、本題へと進んでいきましょう。
企業業績の回復で、「壁」が下がり始めた?
非正規社員と正社員の高い壁について。壁が取り払われたとは言いません。ただ、企業の業績が回復しつつある現在でも、壁の高さは変わらないのでしょうか?
これまで本連載でも書かせていただいたように、非正規社員を除いた、正社員のみの有効求人倍率は1.0に近づく人手不足状況になりつつあります。この状況は、お互いの壁を下げるきっかけになっているのではないでしょうか。取材していくと、その気配を感じることができました。
非正規社員を正社員として採用する雇用転換が、サービス業、飲食業などで増加傾向にあります。昨年度、ユニクロがアルバイト1.6万人を正社員に転換することが話題になりましたが、実際、社内の非正規社員から正社員への登用制度を活用したキャリアパスを活性化するケースが増えています。
厚生労働省の調査によると、多様な雇用条件で社員を採用している企業のうち、約40%は非正規社員から多様な正社員への転換制度や慣行があり、約30%は転換実績がある、とのこと。また、その転換実績は増加傾向にあるようです。
紹介予定派遣はなぜ広がらない?
加えて、通常の採用活動で、非正規社員を正社員として採用するケースはどうか? その場合には
・適正、能力の判定
・職場への順応性
などを、正社員経験者より時間をかけて見極められるなら推進したいとする、やや慎重な回答が大半でした。非正規社員をいきなり正社員で採用するのではなく、「見極める機会」が必要ということのようです。
この見極め機会を使い、垣根を下げる方法はあるのでしょうか? 実は、以前から見極めに適した方法はありました。それが、
テンプ・トゥー・パーム (紹介予定派遣)
と呼ばれるワークスタイルの活用です。略するとTTP(当然ながら、環太平洋戦略的経済連携協定=TPPとは関係ありません)。
このTTPは、2000年12月の改正労働者派遣法により解禁されたもの。派遣スタッフとして一定期間(最大半年)の就業を行った後、就業先企業と就業スタッフの双方が合意する場合に、直接雇用の正社員(契約社員)として働くことができます。
正社員(契約社員)としての雇用を希望する派遣スタッフにとっては、就業を通じて社風、職場の雰囲気、実際の仕事を理解できるというメリットがあります。就業先企業にとっては、派遣スタッフの仕事に対する取り組み、人柄などを理解できるという利点があります。
雇用のミスマッチを解消する新たな雇用形態として、自分の適性を見極めでき、正社員へのキャリアチェンジを実現できる機会としてスタート。実際に紹介予定派遣を活用して働く人は徐々に増えています。
今こそ仕組みの活用を
ただ、TTPが壁を下げる役目を十分に果たしてしているか?と言えば、そこまでとは思えません。その理由は会社サイドの事情によるものであったようです。
人材ビジネス企業(派遣会社)にしてみれば、社員を派遣して継続的にビジネスしたいもの。採用コスト、育成コストをかけたのだから、できるだけ長く派遣先で勤務してほしいと考えるわけです。
ところがTTPすると、派遣していた社員との関係が「手切れ金(紹介手数料)」で切れてしまいます。当然ながら派遣先からの売り上げもゼロになります。そんな人材会社サイドの思惑もかかわり、TTPによる正社員化が加速しなかった部分も大きいのではないでしょうか。
結果として、非正規社員と正社員の壁を下げて、相互のワークスタイルを自由に行き来するつなぎ役としての機能は、限定的なものにすぎませんでした。
ただ、本来的にはTTPは非常に有効な仕組みであるのは間違いありません。企業側はこのTTPを果敢に活用できる状況をつくって、非正規社員から正社員への転換ができるチャンスを増やし、優秀な人材の確保につなげてほしいものです。