総合ITエンジニア転職の現実 「作る」から「使う」へのシフトに対応できるか
ITエンジニアなら、今後のキャリアを考える上で、「転職」を一度も考えないということはまずないのではないだろうか。それはITエンジニアは、ジョブローテーションを前提とした総合職ではなく、ITエンジニアリングを中心とした専門職であるということにも由来する。ITエンジニアは、企業に就職するという考え方ではなく、「ITエンジニア」という職業に就職するという考え方だからである。そこで今回は現在のITエンジニアの転職マーケットの状況について見ていきたい。
エンジニアの人不足、転職の現状
昨今、特に飲食業界等を中心として人材不足が叫ばれているが、IT業界はかなり以前から常に人不足と言われ続けている業界である。本コラムでも再三指摘しているが、事態は更に深刻な事態となりつつある。2014年9月18日の日経新聞でも「IT分野の派遣『月収100万円』でも集まらず」というような記事(有料会員限定記事)も出ている。
日本の情報系学科の卒業生数は2010年の時点で1.6万人と、米国の5.9万人の約4分の1程度で、全学年人口当たりの理数情報系学科の卒業生の率でも日本は2.3%と、米国の5.1%から大きく後れを取っている。またIT技術者数は約88万人だが、2020年のIT市場規模は約4.5倍程度に伸びると予想されるため、明らかにIT技術者が不足する事が見えている。詳しくは、第6回産業競争力会議提出資料を参照されたい。
エンジニア人材ニーズの変化
ITは成長産業のため、以前から人不足と言われ続けていたが、人不足の内容は時代とともに変化してきている。IT技術者不足というと、以前は「設計やマネジメントができる人がいない」という内容が殆どだったが、最近では「まずコードが書けるというのが前提で、ユーザーファーストな考えが出来る人」という方向にシフトして来ている。
2014年のIT人材白書でも「“作る”から“使う”へ、という大きな流れのなかで、受託開発を行ってきたIT企業は大きな岐路にある」と書かれている。IT企業(SIer)は今後3年の新規/拡大予定の事業内容で従来型の受託開発と挙げる企業は45~55%と多かったのに対し、システムを利用するユーザー企業は受託開発に対するニーズは10~20%と低く需要と供給のギャップが広がっている。
ユーザー企業は従来型の受託開発ではなくSalesForceのようなSaaS(クラウドサービス)の利用へとシフトしているためである。この事はユーザー企業のSaaS利用率が、2011年から2013 年にかけて 33.7%、44.3%、56%と着実に拡大していることからも読み取れる。
また、この流れは営業利益率にも表れており、従来型のSIerは、営業利益率が軒並み一桁台なのに対し、海外のソフトウェア中心の企業だとオラクルが売上高2.9兆円、営業利益率36.9%、SAPが売上高1.7兆円、営業利益率34.0%とケタが違っている。
クラウドへのシフトや、受託開発のオフショア化などの大局的な流れを受け、ITエンジニアの志向性も変化してきている。先日弊社でITエンジニアを対象に行ったアンケートでも希望する業態について、SIerを望むという回答が17%だったのに対し、自社サービス・製品開発は79%と大きな差が出ている。回答者の就業中の企業の業態はSIer所属が51%、自社サービス・製品開発が40%であり、現在SIerにいるエンジニアも自社サービス、製品開発への転向意欲が高まっていることが見て取れる。
こういった環境変化の中で、企業が求めるITエンジニアの要件も変わりつつあり、転職者であるエンジニアと採用側である企業の双方で、転職、採用が上手くいかないという話が増えている。こうしたミスマッチが何故起きているのだろうか。ここからは具体的な事例から紐解いていきたい。
採用視点では「できるエンジニアがいない」
まず企業側の採用視点では、ここ数年特に「どこにエンジニアがいるのか?」「できるエンジニアがいない」という声を聞くことが非常に多い。応募が全くないわけではないが、採用に至るレベルの人がほとんどいないという企業が多いのである。特にWebサービスを提供している企業では下記のような声を聞く。
- 面接で口が上手い人に限って、全然プログラミングができない
- 情報系の大学(学部)卒でもプログラムが書けない人がいる
- Python(プログラミング言語)の経験があるというので採用したが、ごく基本的なIF文すら書けなかった
従来のITエンジニアの採用現場では、プログラムが書けるかどうかということについてそこまで求められることはなく、経験したプロジェクト規模や設計の経験について求められることが中心であった。しかしWebサービス企業ではこの辺りの事情がだいぶ異なり、プログラムを書けることがまず求められるため、こういった声が聞かれるのである。
一方、業務系SIerでは、プロジェクトマネジャー系は良い人がいないという声は多いが、プログラマー系に関しては、採用基準が非常に緩く、プログラミングスキルはほとんど求められないか、少しでもプログラムが書ければ採用、という事例が採用の現場では多くみられる。
求職者は自社サービスシフト
求職者側のITエンジニア視点では、前述のようにSIer勤務、自社サービス勤務の両者で、転職時は自社サービスへの転職希望が多い状況である。「自社サービス⇒自社サービス」の転職はあまり大きな問題になることはないが、「SIer⇒自社サービス」への転向は、ビジネスモデルや開発手法、文化、スピード面の違いを理解していない場合につまずいてしまうことが多い。下記のような場合にそれが顕著にみられる。
●SIer運用保守、プロマネ⇒自社サービス
- プログラミングスキルが低く、開発手法も異なる部分で苦労する
- またプロマネスキルは自社サービスとマッチしないことが多く、その割に給与が高いので苦戦する
●組み込み系⇒自社サービス
- プログラミングスキルは非常に高いことが多いが、スピード感や文化面などで苦戦することが多い
一方で、趣味でWebサービスを作っていたり、情報感度が高く、プログラミングが好きなギーク層などは年齢職種を問わず、やりたい仕事ができる環境への転向を軽くやってのけるという例も多くある。具体的には下記のような形である。
- 就活を真面目にやっておらず就職浪人に。しかし情報系出身で開発経験もあったため、それをうまくアピールしたら1カ月足らずで就職
- 運用保守エンジニアだったが、Webサービスエンジニアに触発され土日や平日の夜にWeb開発の勉強をおこないWebサービスのエンジニアへの転向
- 海外で開発者として従事。アラフォーだがより開発業務を中心にするために日本のスタートアップへ開発スペシャリストとして転職
これらの例で共通しているのは、休みの日でも趣味でプログラムを書くようなギーク層であるということだ。こういったギーク層はこれまでSIer産業中心の日本ではあまり日の目を見ることは少なかったが、ITがビジネスのコアへと変化した現在では、これまでとは逆に活躍し始めていると感じる。
ここからは従来型のSIerで求められる人材と、今後伸びていくであろうWebサービスで求められる人材要件について整理することで、何故このような変化が起きているのかを見ていきたい。
SIerで求められる人
日本のIT産業の中心であるSIerで求められるのは、次のようなスキルを持った人材である。
- 交渉ができ、人をまとめられるスキル
- 不確定要素の少ない計画を、調整・立案できるスキル
- スケジュールを引き、着実に管理、進行できるスキル
- 設計ができるスキル
発注者から仕事を請け負う業務請負が中心的な業務となるSIerでは、期日までに発注者の要望を満たすプロダクトを予算内で作りきり納品する、という計画力と推進力が中心となる。
もう少し具体的に言うと、発注者の要望をうまくコントロールして要件を明確にし、プロジェクト進行のリスクを排除した計画を綿密に作成し、チームを管理して納期までに作りきる、というあたりの能力がとても大事になる。
これは程度の問題にはなるが、ビジネスモデル上、納期厳守の考え方にならざるを得ないので、プロジェクトの途中で、エンドユーザーベネフィットの高い追加要件が出てきても、プロジェクト遅延のリスク要因となってしまうため、追加要件は受け入れずに進めることが多くなる。
自分自身の経験を振り返ってみても、受託のプロジェクトマネジャー時代はエンドユーザーへのベネフィットよりも、プロジェクト進捗を遅らせる要因となる追加要件は極力減らし、見積もり工数内で納品するという仕事の進め方をしていた。もちろん、優先順位を検討しながら発注者の期待値コントロールをして、ステークホルダーが満足する形で納品し、追加要件は次フェーズに持ち越し、という形でだ。
特にコンシューマーがエンドユーザーの場合、エンドユーザーのベネフィットに焦点を当ててしまうと、やってみないとわからないことが多いため、途端に不確定要素が大きくなり計画が不透明になってしまう。それより、コントロールのしやすい発注側のステークホルダーが文句を言わないように調整、交渉をおこない納品する、ということが業務の勘所になるのである。
受託の業務ではプロジェクト受注単位で動かざるを得ないため、一度受注してプロジェクトを開始してしまうと、途中でプロジェクト内容を根本から変えたり、そのプロジェクトを止めてよりビジネス的にインパクトがあるであろうタスクを優先するというようなことは不可能になる。
発注側も大企業になることが多いので、小回りが利かず、年単位でしかプロジェクトの優先度が変えられない。そのため、作ることが中心となり、エンドユーザーへの提供価値向上へは意識が向けられない構造となっている。
ただその裏返しで、年単位、億単位のプロジェクトを確実に進めるための、綿密な計画とリスクをコントロールしながら確実に進めるスキルは、SIerでしか身に着けられない技術とも言える。
プロジェクトマネジャーの真価は、「経験したプロジェクト規模の大きさで測れる」というが、それは経験によりプロジェクトで起きるであろう事態が予測できるようになるためである。不確定要素をも計画に入れることが出来れば、大きなプロジェクトでも円滑に進めることが出来るようになるのである。
一方で多重下請け構造を前提としているため、分業化が進みすぎ、スキルを身に着ける機会が少なく、3K(きつい、帰れない、給料が安い)と揶揄されるように末端のエンジニアは使い倒されることも多いため、Google、Facebook、LINE、クックパッドといった自社サービスに人気がシフトして、人が集まらないという課題も抱えている。
自社サービスで求められる人
自社サービスは、SIerと全くビジネスのスピードが異なる、Webの世界では技術も1年たてば様変わりし、市場環境も全く異なった状態になってしまうため、数年掛かりでの開発が行われることは稀である。数週間から数カ月単位で細かく機能を作ってはリリースし、市場に合わせ計画を変更していくという形が主流である。
これは自分自身の実体験だが、トラディショナルな大企業で1カ月掛かって開発する内容を、Webのスタートアップであれば1~2日で行う、ということは非常によくあることである。
SIerは大企業型で、計画を精巧に作り上げ、その計画通りに確実に推進することに価値が有るのだが、Webサービスの世界では3カ月もたつと事業環境が変化してしまうため、そのような進め方では事業環境の変化に対応が出来ず価値が薄い。
SIer型の進め方で価値があるとすると、環境の変化が少ない、規制産業やイノベーションが起こりずらい、金融、保険など一部の領域に限られる。変化が起きない領域では長期的な計画をたてることが可能なため、着実に構築していくことが強みになるからである。
逆にWebの自社サービスでは、技術も市場も常に変化し続けており、陳腐化が激しい領域なので長期的計画を立てても実態が変化してしまうため、計画に基づいて確実に物事を進めることよりも、変化に対応し続けるための体制をどのように築くかということが重要になる。勿論計画は立てるが、SIerの計画と比較をすると、不確実性の高い領域が圧倒的に多いため、長期間の計画は無意味なのである。
そのためWebサービスで求められるスキルは、次のようなものになるだろう。
- 価値開発のスキル
- エンドユーザーを理解するための観察、測定、分析スキル
- 素早いPDCAを行うための、素早く作るスキル
- 継続的開発が行えるような環境整備スキル
良い悪いの問題ではないが、これらはSIerでは全く求められないタイプのスキルである。WebサービスではSIerのように顧客から明確な要求があってから開発するわけでないため、SIerのようなプロセスで要件を定義することは不可能である。ニーズの仮説をたて、仮説検証の為の必要最低限のプロダクトを作成し、市場にニーズを問う、という形になるため、SIerとはプロセスの順番が異なる。
つまり、要求ベースの開発ではなく、仮説のニーズベースで開発を行い、市場とのギャップをいかに早く埋めていけるか、ということが重要になるため、SIerと自社サービスで同じ「ITエンジニア」というタグが付いていても、「システムを開発する」ということ以外は全く異なる仕事なのである。
SIerでは「計画通りの着実な推進力」が求められ、自社サービスでは「見通しが悪いところでの突破力」が求められる、ということだろう。
技術力が指すものが変わってきている
SIerと自社サービスで求められるスキルが全く異なるということはお分かり頂けたと思うが、そのことにより「技術力」という言葉の定義も従来と大きく変わってきている。
以前はSIerが中心だったのでプロジェクトマネジャーやシステムアーキテクトがもつスキルを「技術力」と言っていたが、ここ最近の採用の現場で聞く「技術力」はWebの自社サービス側のスキルを指すことが多く、ユーザーファーストなプロダクトを作る力を指すように変わってきている。
日本のITエンジニアの最大派閥はSIer所属のITエンジニアだが、Webサービス企業の人気が高まっているため、特に「SIer⇒Webサービス」転向の際にここまで説明してきたようなスキルのギャップが発生していると考えられる。
これまでのSIer中心の価値観だと、プログラミングは数年に留めて、早々にプロジェクトマネジャーに上がるキャリアが全てであった。しかしそのようなキャリアの積み方だと自社サービスに求められる突破力は全く身に着かない。
冒頭にも書いたように、従来型の受託ビジネスへのニーズが減っている現状を鑑みると、SIerに留まることが決して安泰な選択とは言えないだろう。SIerが受託からプロダクトやクラウドサービスを中心としたビジネスシフトを行う場合は、Webサービス企業に求められるのと同じようなスキルが求められることになると考えられる。
キャリアに正解はなく、Webサービス企業に行くことが安泰という訳ではないが、ITに求められることが「とりあえずシステムを作ること」から「ビジネスで強みとして使うこと」へとシフトしているため、ITエンジニアにも「モノを作ること」から「価値を創ること」への変化が求められることは確実だろう。変化の時代に安住はない。変化に対応できた者だけが生き残るのである。
