再就職編「ビズリーチ」(3) 重ねた経験が採用の“基準”に

総合再就職編「ビズリーチ」(3) 重ねた経験が採用の“基準”に

今回登場する坂東洋一氏は“終身雇用”的な職務経歴ではなく、“経営者的”な感覚でさまざまな企業を渡り歩いてきた。彼が選んだ「オレンジ就活」は、今までとは全く違う業界だった。


■三次から一次産業へ

坂東氏は今年7月、ビズリーチへの登録をきっかけにオファーのあった企業に、58歳で転職した。

鶏卵大手の「アキタ」(本社・広島県福山市、秋田善祺社長)。一次産業である。坂東氏のキャリアは三次産業で培われていたため多少の戸惑いもあったようだが、新しいビジョンをつくる時期に、ゼロから始める勇気をもつ人が必要だと口説かれ、魅力を感じたという。

自ら会社を興したことはない坂東氏だが、実は平均的な「サラリーマン人生」を送ってきていない。若いときは航空パイロットになる夢を持っていた。航空大学校に進むつもりだった。が、二浪。諦めた。

スポーツクラブの仕事に携わり、商売の面白さに目覚めた。だが、ビジネスのことは何も知らない。一念発起し、30歳で大阪大学経済学部経営学科に入った。

しっかり4年で卒業し、1990年に日本に上陸した世界最大級のレンタルビデオチェーン「ブロックバスター」の日本法人第1号社員に。起業家ではない。が、普通の雇われ者でもない。「気持ちとしては経営側」だった。

このあと、数回、会社を変わる。「職を転々」と言われたこともあるが、坂東氏には「自分のビジネスライフを達成したい」との思いが強い。「やるべきことをやる」という、ミッションの自覚である。

とはいえ、すべてが思い通りになるわけではない。「結果を出した」うえでの転職であり、決して後ろ向きの転職ではない。

1955年生まれ、大阪府八尾市の出身。難関校・高津高校卒。「パイロットになれず、同級生より何歩か遅れた」ことで、人一倍の努力をした。そのバイタリティーが、今回の転職にあたり評価された。

採用にあたった山崎俊明・アキタ経営戦略室長によると、重ねた経験は新規事業が多く「ゼロからの立ち上げ」「困難を乗り越える経験」などが、採用の“基準”に合った。「学歴とか年齢、職歴などのスキルは単に『条件』に過ぎない」という。

■「ビジョン」に感応

アキタは鶏卵の生産・販売で西日本最大手、完全直営一貫生産システムが特徴である。「卵については詳しくなかったが、面談で忘れられない言葉がある」と坂東氏。「世界中の幼児が生まれて最初に食べる卵はアキタでありたい」との山崎室長のセリフに、ビジョン、夢を感じた。「この会社のやろうとしていることが絵に描ける」ことに感動した。

専務取締役兼総務部長。実質的にナンバー3である。アキタは「安心・安全・新鮮なたまご」をキャッチフレーズに、東日本への攻勢を強めるようだ。リーダーシップを果たさなければいけない。そうした大切なタイミングでの転職。ダイレクト・リクルーティングならではといえるかもしれない。