リクルートはエンジニアの楽園になれるか?

総合リクルートはエンジニアの楽園になれるか?

インターンシップで、米国まで学生を送り込む日本企業がほかにあるだろうか。あったとしても、これほどの規模ではないに違いない。

リクルートは今秋、12人の大学生を2週間、米国に派遣した。詳細は後述するが、そこに、リクルートの“本気度”が見てとれる。

10月16日に株式上場を果たしたリクルート。「2020年人材領域でグローバルNo.1、2030年には、販促領域でもグローバルNo.1」という経営目標を掲げている。まさに、第3創業と位置づけられるほどの大変革だ。経営、組織、企業文化も、今、大きく変わろうとしている。

海外から破壊的イノベーションの波が迫る

リクルートが、IT化、グローバル化の強化を急ぐ理由は明確。メディアビジネスは、必ずグローバルの戦いになるとみているからだ。

今、リクルートの競合になりかねない海外発のサービスが、続々と日本に上陸している。たとえば、グルメ、買い物などの総合口コミサイト「Yelp(イェルプ)」、レストランのネット予約サービス「OpenTable(オープンテーブル)」、ホテル・旅行の口コミ・価格比較サイト「TripAdvisor(トリップアドバイザー)」やオンライン旅行予約「Expedia(エクスペディア)」、ビジネス向けSNS「LinkedIn(リンクトイン)」などが代表例。まさにグローバルレベルで破壊的な競合が出現している。

「戦う相手は、当然、グローバルプレーヤーになってくる。ここが明確な以上、できるだけ早く海外市場で戦っていかなければいけない」。リクルートホールディングスの人事統括室・室長を務める今村健一氏は話す。

もともとリクルートでは、敏腕営業マンがクライアントの声を熱心に聞き、要望をMP(メディアプロデュース)担当を通して、社内のシステム部隊や外注のシステム開発会社に伝え、既存システムを改善してきた。その結果、隠れたネットの巨人と言えるまで、ネット事業でも業績を伸ばしてきた(連載第1回、第2回を参照)。

だが今後は、それだけでは不十分だとみている。クライアントの声を聞いて形にする文化とは、別の手法を獲得しなくてはいけない。

新しいユーザーに支持されるサービス、エンジニア主導で生み出すサービス、グローバルで通用する破壊的サービス。これら新しいものを生み出すためには、まったく新しい環境を作らなければいけない。まさにリクルートの組織・企業文化は変わる必要がある。

「IT化に向けた5つの施策」とは何か

2014年4月、リクルートは「IT化の推進に向けた5つの施策」を打ち出した。具体的には、「採用」「育成」「権限」「研究開発」「新規事業開発」の5つだ。

破壊的イノベーションを生み出すためには、ITの徹底強化が不可欠。これら5つの施策とITの強化はどうつながるのか。

(1)「採用」:1000人体制でIT分野を内製化

まずは、IT人材の積極「採用」だ。現在700人のIT系人材を、新卒100人・中途200人の採用を進め、2015年4月時点には1000人体制へと強化する、という。

2012年10月に買収した、世界最大級の求人検索サイトを運営するIndeed(インディード)社の採用面接担当者も面接に立ち合う。Indeedは、日本ではあまり知られていないが、米国ではグーグルやフェイスブックと人材獲得を争うような高い技術力を誇る企業だ。リクルートは、グーグルやフェイスブックでも採用される水準の人材を見極め、獲得しようとしているのだ。

米国にインターンシップで派遣された学生たち

「とにかくIT人材は足りない。プログラムコードを書くエンジニア、画面のUI(ユーザーインターフェイス)やUX(ユーザーエクスペリエンス)を担当するデザイナー、ウェブマーケティングの人材、データ解析をするエンジニア、インフラ周りのエンジニアの部隊。すべての職域で増員し、内製化の比率を上げていきたい」と今村氏は話す。

リクルートが、高度なプログラミング能力を持つエンジニアなどのIT人材を大量に採用し、自前での開発体制にこだわるのは、ネットの世界では“スピードと技術力”こそが価値を生むと考えているからだ。動きの速いスタートアップ勢を含め、グローバル規模での競争においては、競合を出し抜き最速でサービスを立ち上げることが不可欠。リクルートは、優秀なエンジニア主導でサービスを立ち上げる文化を持つネット企業と比べ、スピードの面で劣る。そのためIT人材の採用を急ごうとしている。

冒頭でも触れたが、リクルートが行ったインターンシップは度肝を抜く。

2014年9月1日から14日間にわたり、「GROWTH HACK IN US アメリカ横断インターンシップ」が実施された。選抜された学生12人が、米国のITの最先端をフル体験するというもの。

たとえば、ニューヨークではスタートアップ企業を訪問、ボストンではMIT Media Labの特別講義を受講、シリコンバレーでのワークショップに参加するなど、非常にゴージャスなメニューをそろえた。向上心が高く、世界的な視野を持つ優秀な学生に対し、リクルートのITにおける先進性と本気度を強烈にアピールする狙いがあった。

(2)「育成」:世界に通用する“グローバルエンジニア”を育成する

採用した後の「育成」の強化にも力を入れる。IT人材の採用・育成だけで、2013年度10億円を投じる、という。

2014年2月、東京・恵比寿に、IT開発センター「エンジニアハブ」をIndeed社と立ち上げた。エンジニアハブは、グローバルエンジニアを育成するためのいわばエリート養成所だ。約1億4000万人の月間ユニークユーザー数(2014年3月時点)を持つIndeedの求人検索サイトの開発に携わりながら、開発技術や手法などを学ぶ。

エンジニアハブの職場風景

今後、エンジニアハブに配属されるのは、新卒・中途を合わせ50人ほど。あくまでスペシャリスト候補のみを配属するという。

「選抜の目は厳しく、エンジニアハブに配属されるのは少人数のみ。グーグルやフェイスブックに入るレベルの人材と比べても遜色ない、ピカピカの人間を配属したい」と、責任者の今村氏は力を込める。

彼らグローバルエンジニアの卵たちは、少なくとも2年間、エンジニアハブでIndeed流の開発法を学ぶ。最初の3カ月は、Indeedのオフィスがあるオースティンでトレーニングを受ける。技術、開発手法、スピード、ユーザー主義などを、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を通して徹底的に身に付ける。2年間という育成機関を経て、彼らは世界で通用するスーパーエンジニアへと成長する。

成長したスーパーエンジニアたちはその後、リクルートグループの各所に散らばる。破壊的イノベーションとなる新規事業を担当する者、Indeedの開発メンバーに加わる者、残り若干名がリクルートの既存事業の進化に携わる。

(3)「権限」:IT専門執行役員をグループ各社に置く

IT化推進のためには、エンジニアの採用・育成だけでは当然、不十分。マネジメント自体も大きく変わる必要がある。経営が変わらなければ、意思決定のスピードが遅くなり、社内の資産を十分に生かしきれない。トップがITに弱ければ、市場のスピードやタイミングに合わせ、正しいIT投資の判断ができない。将来的に競合からの脅威に対抗できなくなる。

そこで、2014年4月、「権限」面でのIT強化策として、リクルートグループの各事業会社、機能会社にIT専門の執行役員「IT-EXE(ITエグゼクティブ)」を新しく置いた。各社のトップ陣にIT専門の執行役員を置くことで、ITへの投資、開発を積極的に進める狙いだ。

現在、IT-EXEは15人。課長職から抜擢された人物もいる。最年少IT-EXEは31歳だ。IT業界の経験、スキル、能力があれば、年齢は関係ない。

(4)「研究開発」:研究開発と先端投資で破壊的競合に挑む

破壊的イノベーションを生み出すうえで、重要な施策のひとつが「研究開発」だ。

前回レポートしたように、リクルートは、自らの手で破壊的競合、破壊的イノベーションを生み出そうとしている。そのための手段は大きくわけて2つある。既存事業の競合になりうる新規事業を自前で生み出すか、あるいは、脅威になりそうな企業にむしろ積極的に投資をしていくか。これら2つを「研究開発」と位置づけている。

この部分を担うのが、2014年4月、峰岸真澄社長直轄の組織として新設された「RIT(Recruit Institute of Technology)」という約60人の組織だ。リクルートホールディングスグループエグゼクティブの岡本彰彦氏がトップを努める。RITは研究開発と投資の2分野で、大きく予算をつけて強化するため切り出した新組織だ。

クレイトン・クリステンセンは、『イノベーションのジレンマ』の中で、トップ企業がイノベーションを生み出すためには、従来の組織とは切り離した完全独立型の組織を置く必要があると説いている。リクルートが立ち上げた独立組織がRITだ。

RITのうち、新事業を開発する30~40人の研究開発部隊が、MTL(メディアテクノロジーラボ)。これまでの成功パターンであるリボン図におけるマネタイズを考えず、ユーザー主義のB2C向けアプリの開発をしている部隊だ。「内部的には、とにかく、LINE級のものを作れと言われている」と今村氏は話す。

一方の投資開発室は、米国・欧州・日本を含むアジアの企業に投資を仕掛ける。「IoT」「ウェアラブル」「人工知能」などITの先端領域への投資をするための50億円のファンドを創設した。シリコンバレー常駐のメンバーも2人いる。リクルートの既存事業の脅威になりそうな企業にも、積極的に日本へのビジネス進出の手助けをすることで、逆に陣営に引き入れる。リクルート自身、既存事業の磨き込みの点で学べることもあるので、定期的にミーティングをしている。

たとえば、欧米で盛り上がっている、大学の講義動画をネット上でユーザーに無料提供するMOOCs(ムークス)分野。将来的に、リクルートの進学事業にとって、競合になるかもしれないこの分野にも出資をしている。

(5)「新規事業開発」:収益性より徹底したユーザー目線

「ゼクシィ」「ホットペッパー」「R25」「受験サプリ」など、リクルートの代表的サービスを生み出してきた新規事業提案制度「New RING(ニューリング)」。若手社員からの応募が多く、昨年は、内定者だけのチームがグランプリを受賞、そのまま研究開発部隊MTLに配属された内定者もいた。

2014年4月、「New RING」が、ITの新ビジネスモデルの開発を目的とし「New RING ‐Recruit Ventures‐(リクルートベンチャーズ)」と生まれ変わった。

目的を「ITによる新ビジネス開発」と明確にし、開催回数を年に1回から毎月に増やした。MTL(メディアテクノロジーラボ)が、新生New Ringの事務局の役割も担う。

審査員には、米シリコンバレーの第一線で働くベンチャーキャピタリストや起業家も加わる。ネットサービスに要求される“ユーザー目線”が問われるなど、審査基準も大きく変わった。

「昔は、二言めには、『どうやって儲けるのか?』と必ず聞かれたが、最近はほとんど問われなくなった。むしろ、『10万~100万人のユーザーをどのように集められるのか? どんな調査をしてわかったのか』など、そういう質問をするようになった」と今村氏。

リクルートにとっては、とても大きな転換だ。つねにビジネスとしての収益性を厳しく問うてきたが、まず“ユーザー目線”などネットサービスに適した視点に変わっている。

「営業×エンジニア」異文化の共存はうまくいくのか?

エンジニア増員、ユーザー目線の強化、グローバル化など、急激に変わろうとしているリクルート。ともすれば、既存の営業部隊からの反発を招きかねない。企業の中で新しいことを始めると、決まって既存事業側が足を引っ張るのが世の常。ましてやリクルートのような大企業ならなおさらだろう。

だが、それについて今村氏は明確に否定する。リクルートには、持前の“つねに新しいことをやる”という文化があるので、そうした点は障害にならないという。

「ITやネット、グローバルは、間違いなく今後の潮流。『IT×人』でリクルートがどう進化するか。営業を含め、皆が同じ方向を向いている。もちろん、(足元の)業績がいいことが安心材料になっているだろうが」(今村氏)。

“第3の創業”ともいえる激しい変革に挑戦しようとしているリクルートだが、それでも今後も変わらず持ち続けるべきDNAがあるという。今村氏の言葉に耳を傾けよう。

「リクルートが変えてはいけないDNA、それは『圧倒的な当事者意識』を持っていること。“会社が”“上司が”ではなく“自分が”どうしたいのか。上司も毎日のように『君はどうしたい?』とメンバーに問う。その精神はずっと受け継がれていくだろう。これまで『皆経営者主義』で考えられる人を採用してきた。

“自分が社長だったらどうしたいか”という当事者意識をつねに持って、マーケット、従業員、社会、クライアント、カスタマーを見つめて仕事をしているか。ここが大事だ。海外展開をしてもおそらく変わらないだろう。将来、中東やアフリカなど世界中で、『わがごと』で考えて動ける従業員が散らばっているか。そういう人を仲間に加え続け、浸透させてリクルートは生き延びる」

しかし、だ。このリクルートのDNAをエンジニアに当てはめることができるだろうか。多くのエンジニアは経営者になりたいわけではなく、純粋にテクノロジーを極めたい。そういう人たちだ。ここは、リクルートが直面する重要なテーマのひとつであり、経営、マネジメントも新たな認識を持つ必要があるようだ。

「エンジニアには、今までにないレベルでの自由を与える風土を作らなければいけないだろう。リクルートは、もともと個人の希望を重要視する文化ではある。ただ、エンジニアを生かすためには、さらに違う次元を考えなければいけない。あえてできるだけ干渉しないようなスタイルに変えなければいけないのではないだろうか」(今村氏)。

創業以来、リクルートが培ってきたDNAに、“エンジニア”というまったく異なる文化を持つ人材をどう接合させるか。

リクルートは、エンジニアの楽園になれるのか。“異文化の共存”、リクルートがグローバルネット企業に変貌できるかどうか――。重要なカギのひとつはそこにある。