50代の転職後年収が上昇中 「35歳転職限界説」はもはや過去のものか

中途50代の転職後年収が上昇中 「35歳転職限界説」はもはや過去のものか

日本経済新聞は2月16日、『転職後年収、50代上昇 ミドル人気に見る利害の一致』という記事を報じました。転職市場で50代の初年度年収が上昇し、ミドル層が人気になっているとのことです。

転職者の年収が上昇する理由としては、大きく分けて2つ考えられます。一つは、50代の中でも高年収層の転職が増えているケースです。貴重な経験やスキルを有していたり、高い役職に就いていたりした人材などは年収の水準も高くなります。

もう一つ考えられるのは、賃金水準が低い会社が採用を控え、一方で業績が好調だったり人材投資に積極的だったりと高い賃金を提示できる会社が採用を活発化させ、求人比率を上げているケースです。

ただ、いずれのケースも50代転職者の年収が上昇する理由にはなるものの、それ相応の経験やスキルが求められるだけに転職者の数は絞られ、比率が下がっている可能性もあります。厚生労働省の雇用動向調査から、前職でパートタイムを除く一般労働者だった人が同じく一般労働者へと転職した数を抽出し、そこに占める50代の比率を直近3カ年分並べたのが以下の表です。

厚生労働省「雇用動向調査」から筆者が作成

50代の比率は、緩やかではあるものの、上昇傾向にあることが分かります。このデータからも、転職市場において50代の人気がじわじわと上がってきている様子が伺えます。

「35歳転職限界説」、もう古い?

転職市場では、かねて「35歳転職限界説」がまことしやかに説かれてきました。同様に、35歳未満の比率を抽出したのが以下の表です。

同前

4割と高い比率を占めてはいますが、少しずつ下降してきています。50代の比率が上昇傾向にあるのとは対照的です。転職者に占める35歳未満の比率が下がり、50代の比率が上がっている根本的な理由として考えられるのは、年齢ごとの人口の変化です。

内閣府の令和3年(2021)版少子化社会対策白書によると、出生数は以下グラフのように推移しています。

21年時点で50歳だった人が生まれた1971年の出生数は約200万人。それに対し、21年時点で35歳だった人が生まれた86年の出生数は約138万人です。30%以上も減少しています。厚生労働省の発表では、20年の出生数は約84万人と100万人を切りました。出生数は、今も年々右肩下がりに減少を続けています。

71~74年の第2次ベビーブーム世代の出生数のピークは、73年生まれの約209万人です。その後は減少へと転じていきますが、第2次ベビーブーム世代が50代の間は、転職者に占める50代の比率も高い水準を維持すると推察されます。

過酷な環境変化が50代の転職を後押し?

50代の転職者比率が増える背景には、経営環境の変化も影響していると考えられます。

AIやメタバースなど、技術革新に伴うゲームチェンジを起こすほどの大きな変化もあれば、SDGsやDXの推進、コロナ禍との戦いなど、日々の業務の中で対処を迫られるものもあり、激しい環境変化が間断なく連なって発生しています。

それらの変化は、うまく捉えればチャンスにもなり得る反面、対処を誤ると経営危機を招くほどのピンチにもなり得ます。そんな、攻めと守りを同時に強化することが求められる一方で、働き方改革も推進し労働時間は減らさなければなりません。いくつもの荒波が押し寄せている経営環境の中で、生産性を高めながら効率的にかじ取りしなければならないということです。

経営を取り巻く環境がそのような状況だと、会社としては人材を一から育成するようなゆとりは持てません。必然的に即戦力性の高いベテラン人材へのニーズが高まることになります。

最後にもう一つ、50代の転職者比率が増える要因として挙げておきたいのは、50代人材を採用するコストを回収できる期間が延びていることです。50代人材を採用する投資対効果が高まっている……といい換えてもよいかもしれません。

人材の採用は、ハローワークを経由すれば無料の場合もありますが、市場でニーズの高い経験やスキルを備えた人材を採用したい場合、求人広告に掲載する費用を覚悟しておかなければなりません。それでもなかなか望む人材に出会えなければ、有料職業紹介サービスを利用することも考えられます。その場合、採用を決めると初年度年収の35%程度の手数料がかかります。

仮に年収700万円の人材を有料職業紹介サービス経由で採用するとしたら、700万×35%=245万円の費用がかかります。それだけの費用をかけて採用するわけですから、長く勤務して、将来的にたくさんの利益をもたらしてくれることを期待したいものです。しかし、これまでは60歳を定年と考えると、入社時年齢が50歳なら10年、55歳なら5年しか勤務できませんでした。

今は65歳までの雇用確保が義務付けられています。50歳で採用しても、戦力として15年勤務してもらえる計算です。さらに法改正で、70歳まで就業機会を確保することが努力義務となりました。すると、期間は20年に延びます。また、平均寿命が伸び続けていることを考えると、今50歳の人が70歳を迎える20年後には、就業機会を確保する年齢がさらなる法改正で75歳まで伸びているかもしれません。仮にそうなれば、勤務期間は25年。35歳の人材を採用した後、定年年齢である60歳まで勤務してもらうのと同じ年数になります。

画像はイメージ、出所:ゲッティイメージズ

もちろん、中には60歳を過ぎてまで働きたくないと考える人もいるはずです。しかし、背景はさまざまだと思いますが、60歳以上になっても働き続ける人は着実に増えています。総務省の労働力調査詳細集計を見てみると、60歳以上で21年に就業した人の数は1450万人。10年前の11年と比較して259万人、15年前の06年と比較すると497万人も多い数値です。

ミドル&シニアはまだまだ「厄介者」なのか

ここまで50代の転職者比率が増える要因を考察してきました。ですが、今はまだミドル&シニア層の採用に積極的な会社は少数派です。「法律で決められたのだから70歳まで就業機会を確保せざるを得ない」と消極的な姿勢で対処し、厄介払いするかのごとく一定の年齢以上で一律に線を引いて、ミドル&シニア層に早期退職を促そうとする会社の方が圧倒的に多いと感じます。

しかし、一定年齢以上で一律に戦力外と見なすような施策がやがて仇となるかもしれない切実な状況が、既に目の前に広がっています。これからは、50代以上のミドル&シニア層の戦力化が会社経営の行く末を左右することになるかもしれません。冒頭で紹介した記事にあったように転職市場でミドル層の人気が高まっているのは、その予兆ともいえます。

定年年齢を60歳以上とするよう義務付けた改正高年齢者雇用安定法が施行されたのは、98年です。総務省の人口推計で、98年当時と直近のデータである20年の年齢構成を比較してみると、50歳未満と50歳以上の比率は以下のようになります。

総務省「人口推計」より筆者が作成

50歳未満の比率は、98年に6割を超えていましたが、20年には5割強にまで下がっています。一方50歳以上の比率は3割台だったのが5割近くにまで上がっています。このグラフを見ても明らかなように、60歳定年が義務付けられたころとは50歳以上の比率が全く異なるのです。増減数と比率を表にすると、以下のようになります。

同前

50歳未満の人口は1437万2000人と17.9%減少し、50歳以上の人口は1402万8000人と30.4%増えています。先に紹介した少子化社会対策白書の出生数推移を見る限り、50歳以上の比率は今後もさらに上がっていくと考えられます。ただでさえ総人口が減少傾向にある中、50代以上の人材を戦力化できない会社は、人材確保がままならない状況に陥る可能性が高くなるのです。

日本の人口と年齢構成の現状および未来予測を踏まえると、ミドル&シニア人材の戦力化は、今後の会社経営の中でより重要度を増していくことになるはずです。一定の年齢で区切って早期退職を募集するような施策は、どんどん時代に合わなくなります。逆に、年齢にこだわらずに採用できるようになると、会社は戦力化できる人材の幅が広がり、働き手は35歳転職限界説をおそれることなく、年齢を重ねても新しい職場を見つけやすくなります。

乗り越えるべき大きな壁

50代以上の転職促進を考える上では、まだ妨げとなる大きな壁があります。

形を崩しながらもいまだに影響力を及ぼしている、年功賃金という雇用慣行です。年功賃金は、転職したい50代以上の人材にも、50代以上の人材を採用したい会社にも、弊害をもたらします。

冒頭で見たような人気のミドル層は、基本的にハイキャリア高スキル人材です。しかし、人口に占める年齢構成の推移などを考えると、50代以上の人材は、ハイキャリア高スキル層に限らず、これからあらゆる職務でより必要な存在になっていきます。

ハイキャリア高スキルに当てはまらない職務で採用したい場合も、年功賃金の名残があると、同年代の社員とバランスをとるために相応の賃金を支払う必要があります。それが支払える間は問題ないのかもしれませんが、職務や能力に見合わない賃金を払い続ける経済合理性を欠いたお金の使い方は長続きしません。大手企業がこぞって早期退職を募り、終身雇用の維持が難しいと宣言しているのはその表われです。

年功賃金にこだわる限り、会社はハイキャリア高スキルに当てはまらない50代以上の人材を採用しづらく、だからといって母数が減少し続ける50歳未満の人材を採用するのも難しい板挟み状態に置かれます。一方、50代以上の働き手は転職先を見つけにくく、結果として会社も働き手も共倒れすることになりかねません。

年功賃金だと、若年層は実際の働きよりも賃金を低く抑えられ、ミドル&シニア層は実際の働きより高い賃金を受け取る傾向にあります。それを職務や役割、成果などに応じた賃金システムに変えて、年齢と賃金とのひもづけを断ち切る必要があります。しかし、賃金は生活に直結するだけに、生涯に受け取る賃金水準は維持しなければなりません。若年のころから実際の働きに見合うだけの賃金を受け取り、年齢が上がっても賃金は上昇させない。あるいは最初は年功賃金でも一定の年齢で上限を設定し、職務や役割、成果などに応じて賃金を支払うシステムへと切り替えるなど、生涯年収の水準は維持しつつ、賃金システムを根本から設計し直すことが必要です。

今は春闘真っ盛りですが、労使間で賃金を何%アップさせるかを巡る攻防が続いています。賃金水準を上げるための折衝は必要なことですが、賃金システムを根本から変えるような議論が積極的に進められているようには見えません。賃金システムの再構築を保留したままでは、会社も働き手も身動きがとりづらく、活力が徐々に奪われていってしまいます。

年齢構成の変化による影響は既に顕在化しており、これからさらに顕著になっていくことが予想されます。50代以上の人材を戦力化できるよう、しがらみとなっている構造を変えられるか否かは、今や全ての会社にとって事業存続に関わる最重要課題の一つなのです。