女性雇用外国人の家事労働者の受け入れは、働く女性の支援になるか?
女性の活躍推進のために、外国人の労働者を家事分野で受け入れる――。この6月に出された成長戦略のなかで、こんな方針が打ち出された。一見すると働く女性を応援する策に映るが、実はそこにはいくつもの「勘違い」がある。政府の思惑、女性のニーズ、はたしてどこにズレがあるのか。
夫1時間8分、妻6時間6分――。
6歳未満の子供のいる共働き夫婦の1日の家事・育児の時間である。フルタイムあるいはパートタイムとして職場で働いた妻は、自宅でも1日約6時間の家事・育児で立ち働いている。いわば「ダブルワーク」を毎日続けているわけだ。もしも残業の多いフルタイム勤務だとしたら、負担に耐えかねた女性が「もう続けられない」と出産を機に辞めるのも無理もない。
成長戦略の重要な柱として「女性の活躍推進」を掲げる安倍政権は、6月に打ち出した成長戦略のなかで「働く女性を支援するため、外国人労働者を家事労働でも受け入れる。まずは国家戦略特区で試験的に導入する」と打ち出した。
現在の法律では、日本人と結婚するなどして日本在留資格のある外国人は、日本人家庭でも家事労働をすることができるものの、日本人や日本企業が外国人の家事労働者を海外から呼んで契約することはできない。外国人の身元引受人となり家事分野で直接雇うことは、外国人の大使館勤務者や外国人高度人材の中でも年収1000万円以上といった条件を満たす人に限り、認められてきた。
「住み込みナニーがいてくれたから、子育てしながら仕事が続けられた」。日本人のエグゼクティブ女性のこうした発言を時折耳にするが、子供のお世話をする「ナニー」を「住み込み」で雇えるのは、夫が外国人エグゼクティブなどごくごく一握りの特殊な層に限られていた。

こうした縛りを、早ければ来年年明けから、大阪など「特区」でふつうの日本人でも利用できるように緩和しようというのだ。ただし家事代行サービス会社が外国人労働者を雇用して一般家庭に派遣することになり、個人での契約はできない。詳しい条件は現在検討中というが、外国人労働者は3年といった期間限定で、単身者に限られる見込みだ。
働く女性を支援するには、長時間労働の是正や柔軟な働き方を導入するとともに、「家事労働の軽減」も必要だ。そのためには夫の家事参加が求められる。さらには、家事支援サービスの充実を女性は求めているに違いない――。こうした考えにもとづく「外国人家事労働者受け入れ」には、実は3つの大きな「勘違い」がある。
「他人を家の中に入れることに抵抗がある」
「勘違い」の1つ目は、「多くの働く女性が家事代行を望んでいる」というもの。本当にそうなのか。
「ふうん、うちには関係ないなあ」。ニュースを知り、他人事のようにつぶやいたのは東京都内でメーカーに勤め共働きを続ける安西美和さん(仮名、40歳)。7歳と2歳の子供を抱えてフルタイム勤務を続けている。夫の帰宅は毎晩22時くらい、ときには夜12時を回るから、美和さんは夕方急いで会社を出て子供を保育園に迎えに行き、家事・育児をこなす。「両立でヘトヘトになり、通勤に1時間かかる自宅を手放して、会社近くに引っ越した」が、それでも家事代行サービスを頼もうという気持ちになれない。
他人を家の中に入れたくない。まして不在時に勝手に家の中に入って家事をやってもらうのは考えられない。自宅の財産管理など防犯上の懸念もあるという。何より「親の世代からの刷り込みで『お母さんが子供の面倒をみて、ご飯をつくるもの』という意識が刷り込まれているように思う」
2011年に野村総合研究所(NRI)が女性2000人に行った調査によると、家事支援サービスを利用したことがある人は2%。サービスを利用していない理由として、第一位の「価格」に続いて「心理的抵抗感」を上げる人が多い。安西さんのように抵抗を覚える人が少なくないことがわかる。サービスに対する不安感が大きいなかで、フィリピン人女性に家事支援を頼むかどうかは疑問も残る。
(出所)NRIが平成23年1月に行った「家庭生活サポートサービスの利用に関するアンケート調査」(25~44歳までの女性2000人に実施)
フィリピン人に頼んだほうが割高になる!?
2つ目は「外国人労働者に家事支援を安くお願いできる」という勘違いだ。先に述べたように、利用を阻む最大の壁は「価格」だ。ところが、今回政府が打ち出したスキームは、従来より安く利用できるものでは決してない。
家事代行は、富裕層のためのものというイメージは、現時点ではあながち外れてはいない。家事代行の草分け的存在のミニメイドサービス(本社、東京・渋谷区)では、共働きの利用客は世帯年収2000万円以上が中心で、月2回で2万4000円程度の利用が多い。日本在住のフィリピン人約100人を家事スタッフに抱えるシエヴ(本社、東京・港区)でも、世帯年収1500万円以上のキャリア夫婦が中心で、月の平均利用額は4万~5万円ほど。

一方、利用者のすそ野を広げようとする動きもある。家事代行会社ベアーズ(本社、東京・中央区)では、1時間当たり2000円台から3000円前後のお手頃プランも用意し、中間所得層の利用も呼び込む。
では、外国人の家事労働参入により、より庶民的な価格で頼めるようになるかというと、逆に「現状の案では割高になりかねない」と、ベアーズの高橋ゆき専務は指摘する。
どういうことか。今回の政府案では、フィリピン人などの外国人家事労働者を、代行会社が直接雇用して家庭に派遣する。政府は「安い労働者としてではなく、日本人並みの賃金を保証せよ」とする。代行会社は外国人スタッフに対する語学研修、寮整備などの住宅支援、みそ汁のつくりかたといった和食指導などをした上で、日本人と同じ人件費を払うとなると、「日本人スタッフより、フィリピン人スタッフの利用料の方が高くなるだろう」と高橋さんは懸念する。
そもそも、料金の高さが利用のネックになっているのに、日本人スタッフより割高なフィリピン人スタッフを指名する人がいるのだろうか。家事代行業界の各社は、国や自治体また企業などからの支援なくしては、特区での実験は失敗となりかねないと危惧している。
「外国人のスタッフ受け入れに当たっては、利用料をおさえるために住宅補助など国からの支援を望む」と高橋専務。さらに「子ども手当の支給を、家事育児関連のサービスに使えるバウチャー券にするといった支援も、利用者負担の軽減には有効だ」と提案する。現在は、家事代行業の監督官庁も定まっておらず、業界全体の質の担保にも課題を抱える。「外国人家事労働者を受け入れる前に、まずは監督官庁を決めて産業基盤づくりの支援をすべきだ」とする。
またシエヴの柳基善社長は「大手企業は、福利厚生の一環として家事代行サービス料に補助をしてはどうか。そうした制度を導入した企業に税制優遇という形で国が支援することも考えられる」という。


さらに踏み込んだ法改正を提案するのは、コスモ・ピーアール(本社、東京・港区)の佐藤玖美社長だ。2013年6月、佐藤氏は在日米国商工会議所「労働力多様化タスクフォース」で意見書をとりまとめて、外国人家事労働者を雇用する上での規制緩和を政府に提言した。
世帯所得700万円以上の日本人にも外国人家事労働者の身元引受人となることを認めること、しかも家事労働者が複数の世帯で働くことを認めてほしいという要望だ。一世帯ではナニー(家事・保育労働者)を雇えない若い世代が「ナニーシェアリング」をすることで、仕事と家庭の両立が可能になるというものだ。
実験的に都市部の「特区」で始めたとしても、このままでは「利用者がいない、家事代行は必要とされていない」という結果となり、家事代行にマイナスのイメージがつきかねない。代行業者や専門家らは危機感を抱いて、さまざまな浸透策を提案している。政府が本気で家事支援を定着させようとするなら、何らかの策が必要なのは明らかだ。
労働人口減少を、外国人受け入れでくい止められる?
3つ目は、外国人家事労働者の受け入れが、将来懸念される労働力不足解消の第一歩となりそうだという勘違いだ。法整備も不十分なまま、まずは特区で受け入れという拙速な動きは、外国人労働者受け入れのための布石だという見方もある。
「外国人労働者は、生身の人間。日本に来て、恋愛・結婚もすれば、子供も産む。そうして定住する外国人と共生する覚悟があるのか。そうした覚悟もなく、特区で法制度も整えないまま、外国人家事労働者を迎えようとするのは、おおいに問題がある」と、弁護士で参議院議員の福島みずほ氏は指摘する。
労働者を守る仕組みは十分か、就労ビザの支給条件をどう緩和するのか、特区で受け入れといっても自治体でどこまで責任が持てるのか、厚生労働省や法務省など関係各省庁が「責任をもって仕組みをつくることが必要だ」とする。
海外に目を向けると、外国人家事労働者が定着している欧州や中東、香港、シンガポールなどでは、外国人家事労働者に対する雇い主によるセクシャルハラスメントやパワーハラスメントといった問題も起きている。こうした課題に対処すべく、2013年にILO(国際労働機関)の「家事労働者条約」が発効されたが、日本はまだ批准していない。実は日本でも、外国人技能研修生に対する労働基準法違反やパワーハラスメントが問題視されている。このまま家事労働者を迎えると、同様の問題が起こりかねない。外国人の家事労働者を受け入れるなら、法制度を整える必要があるという。
「産業競争力会議などの議論をみると、労働力不足を外国人労働者で補いたいという目論見が透けて見える。家事分野での受け入れを、突破口としたいという意図もうかがえる。労働力不足を外国人で補おう、それを女性活用とリンクさせて一気に進めてしまおうというのは乱暴だ」と福島氏は憤る。
将来的に保育や介護の分野に、外国人の労働者が参入したら、ただでさえ安い賃金がより一層引き下げられる可能性もあるという。保育・介護業界では多くの女性が働く。その賃下げ圧力となり、ますます男女の賃金格差が開く危険性もある。
3つ目の勘違いの前提として、条件さえ整えれば外国人家事労働者は日本に喜んできてくれるだろうという思い込みもある。香港では、フルタイムのナニーを1人雇っても賃金は月5万円強。日本では月20万円が相場だから、高い給料に魅かれてくるだろうと考える向きもある。
しかし「それは甘い、机上の空論だ」と、ミニメイドサービスの山田長司社長は懐疑的だ。労働者送り出し国として定評のあるフィリピンの労働者は、欧州、中東、アジアなど各国から引く手あまた、今では国際的な争奪戦が起きているという。「英語の通じない日本は必ずしも、優先順位の高い渡航先とはいえない」とアジアの人材市場に詳しい専門家も語る。
外国人の家事代行を歓迎するのは、どんな女性か?
では外国人の家事労働者を受け入れることを歓迎しているのは、いったいどんな女性たちか。シエヴの柳社長は「これまでの家事代行のヘビーユーザーである、会社経営者や医師、弁護士、外資系企業のキャリア女性たちだろう」という。
現状では、日本企業に勤める女性の利用はまだまだ少ない。市場が成熟するか否かは、企業の管理職クラスの女性たちの間に利用が広がるかどうかがカギとなるだろう。家事アウトソーシングで時間を買うという投資が、自分の生活を豊かにし、キャリアにプラスになるという発想を持てるかどうかも決め手となりそうだ。
弁護士の聡子さん(仮名、30代前半)は、同僚数人とのランチの席で、台湾から赴任してきた共働きの男性から「日本では外国人のベビーシッターをどこで探せばいいのですか」と尋ねられたときのことが印象に残っている。傍らの幼児を抱える日本人の同僚が「夫婦ですべて家事育児をこなしているから分からない」と答えると「共働きなのに、それは不可能でしょう。信じられない」と台湾人男性は驚いた。この反応を見た聡子さんは、グローバルスタンダードからの日本の遅れを強く感じたという。
子育て中のある女性弁護士は「日本国籍を持つフィリピン人の家政婦さんを頼んでいる」という。週1回4時間程度、掃除、洗濯、料理、子供の世話などを頼むことで助かっているとか。友人から「人柄も、家事能力も素晴らしい」と紹介された人がたまたまフィリピン人だった。「一番重要なのは個人の資質。外国出身かどうかは関係ない」。コミュニケーションは英語だが、不自由を感じたことはないという。仲介業者を介さないので、料金も割安ですむし、メール1本で時間変更など融通がきくのも気に入っている。
最後に、もう1つ「外国人家事労働者受け入れ」にまつわる勘違いを上げるなら、「あまねくすべての女性を支援する」策ではなく、女性のリーダー層およびその予備軍を支援する策であることだ。管理職を目指さない人は「人に家事育児を任せてまで、仕事に打ち込みたいとは思わない」傾向がある。
一方、もしも昇進を望むなら、家事保育の外注に多少の投資はするという発想がこれからは必要ではないか。グローバル競争のなか、フルタイム勤務に加えて1日6時間もの家事育児を担っていては、海外の女性に後れを取ってしまうのは明らかだ。
家事代行市場の成熟には、供給側の質の担保、法制度の整備、消費者側の意識の変化が求められる。外国人家事労働者を迎えることで、これらの変化が加速するのか、あるいは特区での実験が失敗に終わり冷え込んでしまうのか。家事代行サービスを必要とする女性たちが声を上げて、議論を盛り上げることも必要だろう。
