総合介護の悩みを誰にも言えず、退職していく男たち
(構成・聞き手:担当編集Y)

1963年東京生まれ。「世の中で一番、苦しんでいる人のために働きたい と願い」医師を志し、1987年東京慈恵会医科大学医学部医学科卒業。 1991年山形大学大学院医学研究科医学専攻博士課程修了。 救命救急センター、農村医療に従事した後、94年より横浜甦生病院 内科・ホスピス勤務、1996年にはホスピス病棟長となる。2006年めぐみ在宅クリニックを開院、院長として現在に至る。「自分がホスピスで学んだことを伝えたい」と、2000年より学校を中心に「いのちの授業」を展開。「ホスピスマインドの伝道師」として精力的な活動を続けてきた。2013年より、人生の最終段階に対応できる人材育成プロジェクトを開始し、多死時代にむけた人材育成に取り組み、2015年、有志とともに一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会を設立し、理事に就任。現在に至る。2017年3月にはNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に登場し、大きな反響を呼んだ。
(前回から読む)
小澤:私が「看取り」で目指しているのは、介護されているご本人、そして介護されているご家族、双方が「穏やかになる」ことです。人間は、どんな苦しい状況の下でも、穏やかになれる可能性がある。それをどうやって実現するか、です。これは、ご存命のまま、介護が続く状況でも同じ考え方が有効だと思います。ただ、穏やかになる条件は人によってすべて異なります。では、どうするか。
人が生きているのは、今のこの瞬間、でありながら、その人の歴史がひも付いているんです。松浦さんのお母さんは、「海軍の軍人の娘として、日本の軍港がある土地を回っていて、一番覚えているのは、逗子から通っていた横須賀だ」と松浦さんが聞かせてくださいました。逗子のことを懐かしく思う、というところに、すごく大事なお母さんの物語があるように感じます。
もし私が医療関係者として、松浦さんのお母さんの介護を担当していたとすれば、そのあたりを意識して、お母さんからお話をお聞きしていくと思います。松浦さんの方は、「どうか仕事と介護と両立をしてください」と最初にお願いするでしょうね。ただ、息子さんが全部、一から十までされたい場合には、一から十までした方が気持ちが穏やかであれば、それはたぶん否定はしないと思うんです。
松浦:なるほど。
介護する人、される人が「穏やかに生きる」には
小澤:その上で、仕事と介護を両立するにはこういう選択肢がありますよ、メリットとデメリットはこうですよ、と選択肢を示すでしょう。どんな選択肢があるかを知った上で、それを選ぶか選ばないかはご家族の自由です。知らないで選ぶのと、知っていて選ぶのでは大きく違うと思うので。いかに制度的にこれが有利だから、正しいからといって、一方的に押し付けたのでは、ご本人の自由を奪います。
松浦さんはTさんという、まさにぴったりのケアマネージャー(以下ケアマネ)と出会われて、押しつけがましくも冷たくもない、絶妙の関係性を築けた。こういうふうに、介護する方が穏やかになるやり方で、支えてくれる人との出会いは本当に重要ですね。
特に仕事をしている人たちに、介護にはいろいろな選択肢があることを知っていただいて、決して1人では悩まないようにしてほしい。相談できる相手を見つけて、穏やかに仕事と介護が続けられるための条件を探してほしいなと、松浦さんの本を読みながら感じていました。
…今のお話を聞いていて改めて思いましたけど、松浦さんは、担当の私にもご自身の状況をほとんどお話になりませんでしたよね。「介護で大変なんですよ」と、ほんとうにそれだけ、1、2回おっしゃったくらいだったと思うのですが。
松浦:そうですね。
介護のストレスを吐き出す相手はいなかったんですか。仕事仲間とか、あるいは飲みに行った先とか、友達とか。
松浦:言っても不愉快にさせるだけかと思ってあまり話さなかった。
小澤:介護の話って、なかなかしにくいですよね。
松浦:しにくいです。
そうか、そうですね。そう考えますよね。
小澤:話題として、職場や仕事先で「実は親の介護で」というのは、なかなか……
松浦:言い出せる話ではない。むしろ本を出してからですね。例えば「Facebook」でつながっている高校の同級生からの反応がかなりあります。同い年ですから、だいたい同じような状況にある。
なるほど。「うちの親も」というお話が来るということですか。
松浦:時々そういうのが来る。「読んだよ」って。
「松浦なら分かってくれそう」と思いますもんね。
小澤:50代というのは、人生でのそういうフェーズなんですね。
話を戻しますけれど、じゃあ、やっぱりずっとストレスをため込んでこられたんですか。
松浦:ため込んでというか、まあ、結局吐き出す先になったのは、これにも書いたけど、結局映画とオートバイ、という。
小澤:それが、松浦さんの男の美学なんですか。
ですか。
松浦:いや、美学なんて考えたこともありません。
小澤:美学ではない。
矜持というか。
松浦:「そういうものだと思っていた」というのが正しい。特段、気負いもなく。だって、他人に話したところで、状況は何も変わらないんだもの。聞かされる方も迷惑だろうし。
介護を自分だけで抱え込んで、半年で辞めていく
それはその通りですが、状況は変わらなくても、愚痴るとすこしは気持ちが楽になりません?
松浦:そうなの?
うわぁ。
小澤:学校の教師の組合の先生からお聞きしたのですが、介護離職をする方の約半分は、他人に相談はしてないんだそうですね。
半分ですか。
小澤:ええ。介護に入ってだいたいもう半年で、誰にも相談しないで、突然辞める。
松浦:誰にも相談しないと半年で限界を迎えるということですか。介護する人の症状や状況にもよるのでしょうけれど、自分の実感と合ってますね。
半年くらいで「これは勤めながらでは無理だ」と判断される。
小澤:それで急にもう辞める。せっかく労働組合員なのに、相談しないまま辞めちゃうんだ、とおっしゃっていました。
つまり、介護というテーマというのは共同体の中でさえ話題にしづらいんです。特に男性はそうかもしれません。だから、介護の本が、松浦さんの本のように売れるというのは、実は私には驚きなんですよ。「介護」という言葉がタイトルにつくとみんな嫌うんです。
そうなんですか。最初は、本も連載タイトルの「介護生活敗戦記」にしようと思っていましたけど、書籍担当の女性編集者の提案でこのタイトルになりまして。
小澤:それは炯眼ですね。
それこそ、連載第1回で松浦さんが書かれたように、「介護」というできれば関わりたくない状況が、本を読むということで発動するように感じてしまうんでしょうか。
小澤:そうです。だから本ですら買わない。いつか、いつか、いつか、でも今じゃないといってあえて避ける。実際、結構売れている作家さんが、本に「介護」と付くだけで売れなくなるのを見たことがありますよ。
サブタイトルに下げて正解でしたかね。最初は「『母さん、ごめん。』だと介護の本だって分かってもらえないぞ、どうしよう」と心配していたぐらいですから。
小澤:オンライン連載があったことも大きいのでしょうね。
いや、書いたご本人を目の前にして言うのも何ですけど、元々の原稿がしっかり熱を込めて書かれていたおかげだと思います。読んでくださった方からのコメントが、これは世の中に求められていると確信させてくれました。あとは、きちんと本にしただけです。それを販売の人、書店の方が汗をかいて広げてくださった。そうすれば、あとはもうコンテンツの力でちゃんと売れていくんだなと。当たり前のことかもしれませんが、21世紀でもやるべきことは同じなんだなと、新鮮な驚きを感じてます。
介護を家族に負担させれば、社会から人が消える
小澤:たぶん、この本はすべての始まり、少なくともそのひとつだと思います。今後の超高齢化・少子化という時代の入り口から見た、近未来の縮図としてとらえた方がいいと思います。近未来というか、もう現実に起こっている事実なんですけれど、これから松浦さんと同じような方がこれから1000万人も現れてくるんです。
松浦:そうですよね。これから団塊世代が退場していく時代になると、団塊ジュニアがまさに、僕と同じ立場に立つことになる。介護される方もする方も飛び抜けて人数が多いから、社会に大きな影響が出る。これはもう間違いないです。
小澤:そのときは40代、50代が、がっと急に会社からいなくなる。ぞっとしますね。
松浦:はい。
家が、個人が、要介護者の面倒を見ろという社会だったらそうならざるを得ないですよね。
松浦:ならざるを得ない。会社どころか、社会から消えてしまう。これだと経済ももっと回らなくなるでしょう。
小澤:そしてまた、独り暮らしの方が多いんですよね。松浦さんみたいに兄弟姉妹がたくさんいるとは限らない。親と子1人ずつだったらと思うと、相当にシビアですよね。
松浦:そうですね。
私、まさにそんな立場です。逃げ場がないし、愚痴の吐き出し先もないですね。
小澤:吐き出し先として連載、書きませんか。でも、書ける場所がある人はまだいいですよね。松浦さんがそうであったように、悩みや辛さを誰にも言えないで、1人で映画とオートバイ、そういう方は多いんでしょうね。それが本当の意味でリフレッシュになれるかというと、必ずしもそうじゃないかもしれません。その瞬間は忘れられますけど、現実が待っていますので。
松浦:そうです。
支えている側が平静でいるためには?
小澤:その乗っている間、映画を見ている間は一瞬忘れられる。でも終わった瞬間またリアリティーが待っていて、その中でふつふつとまた悪循環が始まれば、本当に負のメッセージである、「早く死なないかな」とか、あるいは本当に思わず手が出てしまう。手が出なくても言葉として、いらいらしてしまって当たることは、これはたぶん十分起こっていると思います。
松浦:それはいっぱいありましたね、本当に。
小澤:言葉の暴力というか。
松浦:怒鳴っちゃうとかね。
小澤:「何やっているんだ」とか、「さっき言っただろう」とか。
親については、私、松浦さんよりもぜんぜん状況が緩いのに、そんなのばっかりです。優しくしようと思っているのに、「何でそんなとんちんかんなことをするんだ」という、年寄りに対して理不尽な怒りがわいてくるんですね。あれ、何なんでしょうか。
小澤:いい親であればあるほど、「自分を育て、導いてくれた」という原型があるので、その原型に戻したいと思うのではないでしょうか。「注意すればまたよくなる」というような、その思いがもしかするとあるのかもしれません。
なるほど…。
小澤:だって、自分が言われていますからね。勉強しろとか、だらしなくするなとかね。だからこそ穏やかになるためには、ある程度委ねた方がいいのかもしれません。自分でしない。プロに任せる。
松浦:たぶん僕はそれしかないだろうという気がしています。
小澤:介護の制度を利用した上で、子供として関わらないといけないこともあるので、そこはどこか心を平静で向き合えたら、本当はいいんでしょうけれど。
松浦:心の平穏、というのは負荷次第ではないかと思っています。心に余裕があれば平穏なんですよね。平穏にする一番簡単なやり方は余裕をつくること。つまり介護によって生活にかかっている負荷を下げること。それが一番簡単で根本的な解決。だけど、そのためのリソースがないからみんな四苦八苦している。
僕は、これを解消するには、個人にかかる介護の負荷を下げる社会システムを作っていくしかないと思っています。若い人が減っていく状況の中で、増えていく年寄りを支えなくてはいけない。本の中にも書きましたけど、答えは効率化するしかない。大勢の年寄りをできるだけ1カ所に集め、人間をサポートする機械を使って効率化する。
小澤:なるほど。
松浦:今、自分が考えられる解がそれだ、というだけで、それが正しいかどうかは分かりません。そして、この本では精神の問題、心の問題というのは書いていない。「自分には書けない」と思って書かなかったんですけど、ただし、「結局のところ心の問題というのはある程度までは物理的な余裕であろう」とは考えています。
プロジェクトマネジメント的な考え方を
小澤:よく分かります。松浦さんは「介護は事業だ」と書かれていますが、私も、プロジェクトマネジメントの考え方を取り入れるべきだと訴えているんです。
松浦さんのご専門の航空宇宙関連でもそうだと思いますが、プロジェクトって必ず「始まり」と「終わり」がありますよね。1つの目的、目標というものがあって、それに向けて多職種のチーム、ステークホルダーが集まって動くわけですよね。そして初期フェーズと中間フェーズと最終フェーズで当然、人、物、金の動きが変わってきますよね。
松浦:そうですね。その通りです。
小澤:それに対してガントチャート(※工程管理を視覚的に表す表の一種)が張られて、やるべきことを分割して、落とし込んでいくんですよね。親の介護にもそういう考え方があっていいと思うんです。
松浦:ああ、そう考えた方がいい。なるほど。
しかし…そのプロジェクトの「終わり」は何なのですか。被介護者の死ですか。
小澤:違います。このプロジェクトのゴールは何かといえば、「本人と家族が穏やかであること」。その目的をしっかり見せていくことが大事です。
そして、介護の初期のフェーズと中間フェーズと最終フェーズでは、「穏やかであるための条件」が変わるだろうと思うんです。最初からすべての条件は見えないですね。介護をやりながら見えてくる。
一方で、人、モノ、カネ(予算)という資源は限られている。だから「これをやってあげられたらいいな」ということを、全部はできないんですね。これは企業でも同じですよね。限られたリソースの中で調整して、リスクマネジメントしながら落とし込んでいくという意味ではまさにプロジェクトだと思うんです。
「ケアマネさんから言われたからそうした。でも全然親は喜んでくれない」「誰それかから言われてそうした。でも全然子供としてはうれしくない」では、ゴールには到達できない、本人だけじゃなくて家族も穏やかでなければ、それはいいケアにはならない。本人だけがよくて、家族が犠牲になって仕事ができなかったり、逆に預貯金がどんどん食いつぶされていいわけはありません。
「目指せ60点」と考えよ
小澤:一方で、自分も親も穏やかに、というゴールを設定したとすれば、仕事でも介護でも、100点は取れないと思うんですよ。どんなに頑張ったって。仕事をしなきゃいけないし、介護もしなきゃいけないし。そこで拙いのは、「100点を取れない」ので、すごく落ち込んでしまうこと。
松浦:そうですね。日々の仕事の上に介護の負担がだんだん乗っかってくるわけですから、そこで満点ということはあり得ない。
小澤:絶対ないです。だから最近、自分で話す場合には「仕事も介護も、60点を目指しましょう」という。
松浦:そうですね、そのくらいが上限だと思います。
小澤:ところが、仕事の現場で今まで100点を目指して戦ってきたビジネスパーソンが、いきなり「60点でよい」と言われても、なかなか「うん」とは言えないはずです。そこに今後の日本の社会、企業文化が問われる気がしています。
今までは、競争に勝つにはミスなしの100点満点でなければいけないし、常に1位を目指すべきとされた。厳しい時代ですから生き残るためにはそれは必要なんですけど、これから、40歳、50歳の人が「急に親の介護でチームに参加できない」ようなこともあるかもしれません。そういう中で、チームをどう生かしていくのか。
働く人がたくさんいて、いくらでもリプレイスメントできるのだったら、「いらないよ」とクビを切ればいい話ですけど、そういうわけにはいかない。だって新入社員だったらまだしも、その企業で20年、30年ずっと働いてきた大事な戦力ですよ。その戦力が急に親の介護で完全に失われる、というのはもう絶対に避けたいというのが、企業としては当然だと思います。この本をきっかけに、マネジメントに携わる読者の方たちにも、ご自身ならどうするかを考えるきっかけになったらいいなと。
ダイバーシティはきれい事でなく、社会的な必然だ
松浦:もう1つ、育児も実は同じですよね。
小澤:その通りです。
松浦:日本社会、日本の企業は、今までだったら子供が生まれたら社員に対して、「へえ、で、お前、どうするんだ」みたいな対応で、育児は家庭に丸投げしてきた。それが特に女性に関しては大きな負担になった。これからはおそらくそうはいかない。
親の介護もそうだし、それから子供を育てるのも「社会的な事業」として見て、1人の人間、当事者の周辺のリソースの最適配分みたいなものを考えていかなくちゃいけない。それは会社というものに、社員の働かせ方をどう考えるんだという課題として、必然的に返ってくる。
小澤:ダイバーシティーはきれい事じゃなくて、「労働力の確保」という、企業のリスクマネジメントとして今後の5年後、10年後の企業に求められると私は感じています。
松浦:マクロではもう間違いなくそういう方向に行くと思います。一方で、小澤先生が、携われてきた「看取り」を通して「苦しみと穏やかさが共存する」という考え方にたどり着かれた、という点にとても興味があります。ここでミクロな話をしてもいいですか。
小澤:もちろんです。
