企業の組織構造を「川上と川下」という視点から覗き込んでみると、見えてくるものがある。

総合企業の組織構造を「川上と川下」という視点から覗き込んでみると、見えてくるものがある。

井上 前回は、「川上と川下」「上流と下流」という視点から会社や国家を見ていくと、現在いる場所によって必要な人材も違うし、大事な価値観も違うことが見えてくる――という話でしたね。


細谷 会社でも「老化した」「大企業病になった」という言い方をよくしますが、大企業病というのも果たして病なのかな、と思うところがあります。それって、ある意味、健全な成長をした結果というだけのことであって、すべてのものは、「良い、悪い」というよりは「コインの両面」ではないか。そういうふうに見ていくと、例えば、いわゆる「部分最適」というか、会社全体のことを考える人が増えたというのは、あくまでいろんな部分に分けたり、事業部に分けたりということでマネジメントをやりやすくすることの単なる裏返しでしかない。だから、極めて健全なことが起こっているだけで、「すべてが良い方向にはいきませんよね」というだけの話だと思います。
老化を止められないというのは、人間の成長が止められないのと一緒で、歳をとるに従っていろんな知恵が付いてきたという反面、一つの知恵が付くということは次の知恵にいきにくくなる。そういう意味において、必ず弊害も出てきますよね?『会社の老化は止められない』(前掲)では、そういうメッセージを出そうと思ったんです。

井上 個人的な感想ですが、『アリさんとキリギリス――持たない・非計画・従わない時代』(さくら舎)など最近の一連の著作を読ませていただくと、「イノベーターであるキリギリスを虐げるんじゃない!」という、細谷さんの何か憤りに近いメッセージを感じるんです(笑)。もちろん、アリの価値観や役割の大切さを認められたうえでのことなのですが。

細谷 そうですね。「川下」にイノベーターを連れて来て、「この人は使えない」という話をするパターンが極めて多いんですよね。喩えるなら、川上の急流に棲む岩魚を、半分海水が混じっているような、流れの穏やかな河口付近に連れて来て、「さあ泳げ」と言っても、力を発揮できるわけがない。それって、やっていることが全然違いませんか?と思うんです。

井上 タイプが違えば、棲む世界も違うということを明確にしたい、と?

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細谷 例えば、私も研修などで「新しいことを考えよう」とか「クリエイティブな発想を」といったことを話しても、いつも参加者の方から言われるのが、「同じ話を上の人にもしてください」ということなんですね。だから、社員が新しいことを考える発想力がないというよりは、会社が人材を活かせていないのが大きいのではないかという気がすごくします。
これは、経営者に対しての、あるいはマネジャーより上の人たちへのメッセージになるのかもしれませんが、そこをハッキリしないと今話したような矛盾がすごく起きる。だから、ちゃんと棲み分けをしましょうよ、と。もちろん、棲み分けといっても、どこかで明確に分かれているわけではありませんが、その視点はハッキリ持っておいた方がいいと思います。

井上 細谷さんは前掲同書の中で、老化した大企業に見られる現象として、《ルールや規則の増加、部門と階層の増殖、外注化による空洞化、過剰品質化、手段の目的化、顧客意識の希薄化と社内志向化、「社内政治家」の増殖、人材の均質化・凡庸化……》といった具体例を挙げていますね。それに強引に関連づけて言えば、最近は、日本を代表する企業が経営判断を誤って相次いで凋落しています。お答えしにくい質問で申し訳ありませんが、細谷さんもかつては大企業にいらっしゃった人間として、もしまだご自分が在籍していたら?と考えるとどうですか?

細谷 それはわかりませんが、同じことになったかもしれません。少なくとも「川下側」というか、グループ企業を入れたら何十万人の会社ともなると、一人でできることなんてほとんどないですよね。さりとて全部他人のせいにするかというとそうではないし、経営陣にも責任はあると思います。ただ、別の言い方をすると、大きな経営判断のミスや不祥事というのは、程度の差や、問題の起こり方は違うかもしれませんが、大きな会社であればどこで起きても別に不思議ではないと思います。

井上 そうですね。巨大化して、機能分化しながら事業もいろいろあって、経営者は絶対に見ているけれど全てのことの各論を見られるわけではない。その中でも方向付けみたいなことは当然経営が舵取りをするわけですが、ガバナンスの観点で言えば、結局それが巨大化していく中でアンコントローラブルになりながら、無理があって、自浄機能も失われて、いろいろな淀みがどんどん溜まるような構造が爆発した――ということですよね。

細谷 そうだと思います。まぁ、でも本当の川下に行けば、良くも悪くも一人の力でなんともできなくなるはずですけれどね。最終的には、そういうのはAIがやってしまってもいいのかもしれませんが。

井上 僕は、今のところあくまで感覚的に捉え説明しているレベルなので検証は必要だと思っているのですが、よく大手企業には飛び級抜擢の社長人事がありますよね。あれは自浄作用の最後の足掻きみたいな感じなのではないか、と思うんです。構造化されて、もう歴史ができている中の永続的なことをどこかですっ飛ばして非永続的なことをやらせている大手企業は、生き延びている感じがある。もっとも、細谷さんの論では、企業の老化をリセットするには経営者の交代といった個人レベルのものではなく、企業のパラダイム(根本的なものの考え方や価値観)が変わらないといけないとのことですが……。
それはさておき、例えば、よく「社友」という存在の方がいらっしゃるじゃないですか。そういう方々が強い会社は、どこも同じような構造になっているんじゃないかな、と想像しているんですが。

細谷 昔の慣習を良くも悪くも捨てられないことの象徴ですからね、そういうことって。

井上 もう引退している経営陣なのに、すごい発言力を持っているんですよね。そういう人たちの顔色を見て、現役の社長たちは経営しているわけで……。

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細谷 そうですね。その不連続なことをどこまでつくれるかというのが、結構大事になります。序列を一気に飛ばすというやり方もあるかもしれないし、いわゆる傍流から持ってくるのも1つのやり方ですよね。あるいは、海外から連れて来るとか、生え抜きの社長ばかりだったらいきなり別の会社から持ってくるとか……。そういうことは、ある意味、井上さんが言った通り、最後のあがきに近いようなことだと思いますね。

井上 そういうことをされるときには、きっと、何かアラートが鳴っているんだと思うんですよね。
ところで、AI(人工知能)の進化と実用化が急速に進んでいますが、もしAIに経営を学習させ、判断させたら、今話題の棋士、藤井聡太四段みたいな、見たこともない意思決定が出てきそうですか(笑)。

細谷 どうですかね。そこは、ある意味、定石通りのことを、ひたすら一回の例外もなくやるということにまずいきますよね。その後に、今言ったような乱れを起こさなければいけないというところまで学び始めたときがどうか、ということですよね。定石どおりをひたすら徹底的にやるというところまでは、たぶん今でもできてしまうと思います。「何年かに一遍、それではないことをやらなければいけない」ということを学び出したら次のステップかもしれませんが……。
そこは、しばらく人間は不連続なことを起こすということにしておいて、川上から一回水を流し始めたら後は基本的に低いところに流れていくだけなので、重力の法則などを教えてあげれば、後はAIがどんどんやってしまう気がしますけれどね。水を元に戻すときだけ、山をもう一回切り崩すときだけは、人間がやって、水を流し始めたら「AIよろしく」と。