総合顧客を感動させるサービスは従業員の「内発的動機」から生まれる マニュアルのないスターバックスは、なぜエンゲージメントを高められるのか(前編)

スターバックス コーヒー ジャパン 株式会社 人事本部 人事部 部長
仕事や組織を「自分ごと化」してもらうための内発的動機づけ
―― 「スターバックスコーヒー」と聞いて思い浮かぶのは、メッセージが書かれたドリンクカップなど、顧客一人ひとりに合わせたきめ細やかなサービスです。こうしたサービスは、どのように実現されているのでしょうか。
スターバックスには、サービスに関するマニュアルがほとんどありません。ドリンクカップへのメッセージもマニュアルにはなく、パートナー(従業員)が自発的に行っているものです。最近はメッセージとともにかわいい動物のイラストが描かれていたりして、若い人の個性がどんどん発揮されているな、と感じています。
メッセージに限らず、パートナーはさまざまな形で一人ひとりのお客様のニーズに応えようとしています。注文を迷っている方にはおすすめのドリンクの紹介や、「このドリンクにヘーゼルナッツシロップを入れるとおいしいですよ」といった、カスタマイズの提案もしています。そうすることで、そのお客さまだけのオリジナルドリンクが出来上がるのです。
待ち時間を長く感じさせないような工夫も行われています。レジカウンターにお客さまが並んでいる時にはメニュー表をお渡ししたり、ドリンクを提供するカウンターでお客さまに話しかけたり。もちろんこれもマニュアルにはなく、パートナー一人ひとりが考え、意見を出し合った結果です。
―― なぜパートナーは、自発的な行動ができるのでしょうか。
日本国内のスターバックスでは3万3千人を超えるパートナーが働いていますが、その8割以上はアルバイト。アルバイトは若い世代が多く、働く動機もさまざまです。新しい世代の価値観や個性は変わり続けていくのが常だと思いますが、そうした中で企業として一体感を醸成していくには、核となるものが必要です。私たちはその核が「マニュアル」ではなく、パートナーの「エンゲージメント」であると考えています。
米国の人事コンサルティング会社Avatar HR Solutionsは、エンゲージメントを「組織が創り出す価値の一部になるための強い欲求」と定義しています。エンゲージした社員は組織との間に強い絆を感じ、組織が良い結果を生み出すために自発的で特別な努力を行うことをいとわない。この定義は、スターバックスの考えるエンゲージメントに近いものです。
注目すべきは「強い欲求(Strong Desire)」という言葉を用いている点。スターバックスのパートナーは「顧客のため、店舗のため、地域のために何かをしたい」という強い欲求を持って働いてくれています。この欲求によって、パートナーは常にお客さまが求めていることを考え、自発的に行動することができるのです。
パートナーたちのエンゲージメントは、スターバックスとパートナーとの「関わり方=つながり」を感じることで生まれます。つながりとは、スターバックスという会社が大切にしている価値観と、個人が大切にしている価値観が重なり合い、共感することで芽生えるもの。つながりがあることで、パートナーはスターバックスを自分の居場所だと感じ、スターバックスとともに成長しようという、内発的動機になるのです。
スターバックス会長のハワード・シュルツも、この「つながり」を重視しています。「パートナーと長く続く関係を築いている時、人間としてのつながりを築いている時、スターバックスは最高の状態にある」と彼は述べています。このつながりこそが、スターバックスのブランドの神髄なのです。
日本人の価値観は「モノ」よりも「体験」へ
―― 「つながり」は、スターバックスが独自のサービスを提供する上で欠かせない要素なのですね。他社との差別化にもつながるこうした要素は、創業当初から変わらないものなのでしょうか。
基本の考え方は変わらないのですが、その表現方法は時代に合わせて少しずつ変化しています。現在、スターバックスではブランドの差別化要因を五つに定義しています。
一つは「Coffee Passion」。コーヒーへの思い、情熱です。これにはコーヒーそのものへの思いはもちろん、生産者への思いも含まれます。コーヒー生産国のほとんどは、いわゆる開発途上国といわれる国々です。過酷な条件の中で品質の高いコーヒーを栽培している生産者の思いをどうお客さまに伝えていくか。それを常に考えています。
二つ目は「Thoughtful Food」。フードへの思いです。スターバックスが大切にしているのは思いやりのある、心を込めたフード。例えば店舗で提供しているスコーンなども、形が均一ではなく、ちょっとゴツゴツしていて、手作り感があります。
三つ目は「Personalization」。カスタマーへの思いです。一人ひとりのお客さまに応える形で、パーソナルなサービスを提供すること。店舗にはビジネスパーソンやベビーカーを押すお母さん、就職活動中の学生さんなど、さまざまな方がいらっしゃいます。目の前にいる一人ひとりのお客さまに合ったサービスを、個別に提供していくことが大切です。
四つ目が「Connecting Humanity」。コミュニティーへの思い。各店舗では、自分たちがどのように地域のコミュニティーとの関係性を築き、人々が集う場として役に立てるのかを考えています。
そして最後に、「Engaged Partners」。こうした考えに共感してくれるパートナーの存在です。スターバックスの価値観を表現していくのはあくまでも人。表現することに強い情熱を持った人々のつながりが大切だと考えています。

これらはグローバルのスターバックスで再考されたもので、日本では2011年に導入されました。あわせて、根本的なブランドプロミスも見直され、「つながりの瞬間(Moments of Connection)」となりました。コーヒーを通じて心からつながりを感じる時間を生み出すことで、お客さまや私たちだけでなく、世界の明るい未来につながるという考え方です。
導入の年、2011年は、震災によって日本人の価値観が大きく変わった年でもありました。震災や津波によって多くのものが失われ、「何を手に入れるか」という物質的な価値よりも、「どのように生きるか」という本質的な価値がより重視されるようになったように思います。本当の価値はモノではなく、体験にあるのではないか。スターバックス本社でも、改めて私たちの提供する価値とは何か、それを世の中にどのように発信すべきか考えられていて、ブランドプロミスとそれを取り巻く五つの差別化要因が発表されたのは、ちょうどそんなタイミングでした。
スターバックスのイノベーションは「関係性」を見直すことで生まれる
―― スターバックスは、時代に合わせてお客様との関わり方を常に見直し続けているのですね。
スターバックスは46年の歴史の中で、失敗を通して多くのことを学んできました。スターバックスにおけるイノベーションとは、「商品そのものを見直すこと」ではなく「顧客との関係性を見直すこと」だと考えています。
かつて、一度退任したハワード・シュルツがCEOに復活した時の話はご存じかもしれませんが、2007年頃、アメリカ本国では業績悪化が止まらない状態にありました。その状態からスターバックスを再生するため、何よりも重視したのが、パートナーとの間に感情的な心の絆を取り戻すことでした。人々の考え方が多様化し、ビジネスステージが変わり続けていく中でも、スターバックスが正しいと思ったことにパートナーが共感しているか、パートナーが本気でやりたいと思っているか、そんな感情的なつながりがビジネスへも大きく影響します。ユニークかもしれませんが、そんな風にエンゲージメントをとらえることが、スターバックスの経営の根幹にあります。

従業員をパートナーと呼ぶのも、ともにスターバックスをつくりあげていく対等な立場だと考えているからです。そのためハワード・シュルツは、経営陣が集まる役員会の場でも常に、「その場にもしもパートナーやお客さまが座っていたら、どのように考え、発言するかを意識すべきだ」と言っています。
最近は、日本でもクオリティーの高いコーヒーが身近になって、コンビニなどでも本格的な商品が発売されています。カフェでゆっくりしなくても、おいしいコーヒーを楽しめるようになりました。差別化していかなければ生き残ることは難しい時代です。自分たちのビジネスモデルを自分たちで再定義していくためにも、1300店舗近くを構えるコーヒーチェーンとして単に存在するだけでなく、届けたい思いを持った一人ひとりのパートナーがそこに存在することが大切なのです。