総合“依存先”を増やすことが「自律型人材」への近道──日本の人事制度に足りないこと
経産省の若手たちが、日本が直面している危機について赤裸々に語った「不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」。通称「経産省若手ペーパー」と呼ばれる同資料は、異例の100万ダウンロードを突破するなど、大きな話題となっている。
この問題提起に応えるべく、HR事業者に在籍する若手メンバーを中心とした有志団体「One HR」が2017年7月11日(火)に開催したイベント「経産省若手官僚×企業人事『HR発イノベーション創出のための対話 ~悩む人事 不安な個人 立ちすくむ国家~』」では、実際に資料の作成に携わった経産省「次官・若手プロジェクト」のメンバーである藤岡雅美氏と 組織論の研究者である宇田川元一氏が登壇。「経産省若手ペーパー」を糸口として、日本が直面している人事制度の問題について語った。イベントの後半では、藤岡氏と宇田川氏のほかに、個人としてすでに柔軟な働き方を実現している正能茉優氏と黒田悠介氏、経済産業省の次官・若手プロジェクトメンバーの高橋久美子氏と前田慶太氏を交えてパネルディスカッションが行われた。
[公開日]2017年08月04日
[講演者] 宇田川 元一、 正能 茉優、 黒田 悠介、 藤岡 雅美、 [取材・構成] 近藤 世菜、[写] 和久田 知
イベントの後半では、藤岡氏と宇田川氏のほかに、個人としてすでに柔軟な働き方を実現している正能茉優氏と黒田悠介氏を交えてパネルディスカッションが行われた。
「経産省若手ペーパー」と、イベント前半の藤岡氏と宇田川氏の講演を受け、現在日本の人事制度が抱える問題と、今後向かうべき方向性について議論が行われた。その様子を下記にレポートする。パネルディスカッションは、会場から寄せられた質問に登壇者が答えるというかたちで進行した。
“一番イケていない”日本企業の慣習として挙がった「3つのこと」
──まずひとつめの質問は「一番イケていない日本の人事慣習は?」というものです。さまざまな企業と仕事をされているという黒田さん、いかがでしょう。
黒田「これまで30社くらいの企業と関わらせてもらったのですが、そのとき感じたのは自前主義にこだわりすぎているということ。会社にとって重要なのはとにかくプロジェクトをまわすことのはずなので、フリーランスやクラウドソーシングといった第二のリソースをうまく活用すればいいんじゃないかと思います。たとえばフリーランスのチームで新規プロジェクトを立ち上げて、ある程度まわせるようになったら社内で引き継ぐとか。そういうリテラシーを高めていくこともHRが取り組むべきことかもしれませんね」

黒田 悠介 氏(文系フリーランス/フリーランス研究家)
──宇田川さんはどうでしょう?
宇田川「人事制度とは違うのかもしれませんが、会社をやめていく人を『裏切り者』呼ばわりするような文化はイケてないと思いますね。世界的にも大企業がイノベーションを起こすのは難しいと言われているなかで、外に出てなにか新しいことをしようとしている人を支援するというのがひとつの大きな役割なんです。欧米は勿論、アジア諸国でも、大企業が、スピンアウトした人たちが外側でイノベーションを起こすのを支援するというかたちが一般的になってきています。日本のようにやめる人を叩いてばかりいては無理ですよね」
──黒田さんの言う自前主義とも合わせて、日本企業の体質がイノベーションを阻害しているのかもしれませんね。正能さんは、ご自身の会社を経営しながら、大企業の社員としても働かれていますよね。
正能「はい。大学卒業後、2年半は広告代理店のプラナーとして、昨年の秋からはソニーで働いています。代理店をやめることにしたのは、企業のビジネス特性上、「副業」という働き方をするのは難しいなと思ったからです。代理店のビジネスは、「マルチクライアント制」という、どんな業界のどんな企業もクライアントになり得るビジネス。だから、私が経営している自分の会社のクライアントさんと、勤めている会社のクライアントさんが被ってしまう可能性があるんです。だから代理店にいる限り、予期せぬ形で「競業」が起こってしまう。そこで、ソニーという事業会社に転職しました。
これらの経験をして思ったのは、企業の度量うんぬんではなく、そもそも「マルチクライアント制」のビジネスをしている会社で、私のような働き方をするのは無理があったんじゃないかなということ。今、国が主体となって働き方改革が進められていますが、実際にそれを実現できるかどうかは、各企業が各々のビジネスモデルと照らし合わせて、どこまで実現できるかを判断したうえで、制度を作るべきだと思います」

正能 茉優 氏(株式会社ハピキラFACTORY代表取締役)
“依存先”を増やすことが「自律型人材」への近道
──いまの正能さんのお話にも関わってきますが、「副業は本業へのコミットメント不足を招かないのか」という質問が出ています。
正能「それは何をもって“コミットメント”とするかですよね。その認識を、企業側とすり合わせておく必要があると思います。例えば、副業・兼業という働き方は時間が限られてしまう働き方なので、「長時間働くこと=成果」になるような仕事は向いていないです。
私の場合、ソニーで取り組んでいるのは、まだ日の目を見ていない社内の基礎技術や基礎研究を活かして、新しい商品を企画するということ。これは私がハピキラFACTORYでやってきた、地方の“中身はいいのになかなか売れないもの”を、パッケージを変えたり販路を開拓したりすることで、売れるようにしていく事業と通じるところがあります。だからハピキラの仕事でたまった知見を活かしたり、出会った人と一緒に仕事をしたりすることで、ソニーで私が求められているゴールを私ならではの方法で達成することができる。そういった意味では“コミットメント”できているのではないかなと感じています」
藤岡「労働の量ではなくて質で評価しましょうっていうのはまさにそこに通じるわけですよね。労働量が増えれば生産性が上がるような単純作業は機械化してしまえばいいんですから。日本の雇用問題はそういったところから少しずつ解決の糸口が見えてくると思います」
──たしかに副業や兼業をより一般的なものにするには、量ではなく質による評価が重要になってきますね。ただそうなると、労働の質を高めていかなければならないのは個人ですよね。自律的な人材を育成するにはどうしたらいいんでしょうか。
黒田「ひとつ思うのは、自律的な人材って、自律しているように見えて本当はただ『依存先が多い』だけなんじゃないかなということです。僕自身もフリーランスとして、いろいろな仕事をさせていただいてますが、契約している会社もあるし、関わっているプロジェクトもあるし、同じコワーキングスペースのメンバーで仕事をとってくることもあります。たくさんのコミュニティのなかでいろいろな経験を積めば、それが自分のスキルになるし、フレームワークを横展開することもできますよね。いわゆる『ポートフォリオワーカー』になることが自律型人材になる近道かもしれません」
宇田川「依存先が増えれば自由度が高まるというのは理論的にも正しいですよね。ひとつの会社に依存するのではなく、自分が活躍できる場所を外側にたくさん増やしていくというのが重要です」

自律型人材の育成とは矛盾する「日本の現行の人事システム」。はたして、何が足りないのか?
──「自律」と言われると少し難しく感じますが、「依存先を増やす」ことならなんとなくできるような気がしますね。正能さんはいかがでしょう。
正能「私が思うのは、どんなに小さくてもいいから、自分の行動が、お金になるという経験を一度でもしてみるといいということ。私は自分の人生の主導権は自分自身にあると心から信じているんですが、そう自信をもって言えるようになったのは、大学生のときのある経験がもとになっているんです。
ちょうど会社を立ち上げたときの話なんですが、長野県小布施町の栗菓子を2,000個発注しちゃって、それを10日間で売りきらないといけないって状況に陥ったことがあって。そのときテレビの取材をしてもらったり、いろいろなメディアで発信したりして、なんとか自分たちで売り切ったんです。今思うと、全部売っても100万円くらいの売上にしかならないし、なんでそんなことでヒヤヒヤしてたんだろうって思うんですけど。
でもそのとき、自分の行動が、お金になるということを初めて実感したんです。そういうふうに、会社や組織に属さなくても自分の行動でお金をつくれると思える経験があると、いいんじゃないでしょうか」

──いろいろなお話を伺うなかで、日本の現行の人事システムは、自律型人材の育成とは矛盾するような気がしてきたのですが、藤岡さん、どうでしょうか。
藤岡「たしかにそのとおりですね。よく言われることなんですが、ダメな人事は人事制度を語って、優秀な人事は経営を語るんです。さきほど『資本より人財が重視される時代になる』とお話しましたが、今後は人事戦略そのものが経営戦略になっていきます。社員を重要なアセットとして、どうやって経営に活かしていくか。それを考えるのがこれからのHRに求められる役割ですよね。
もちろん、企業側だけでなく個人も変わっていかなければならないと思っています。人生100年時代と言われるなかで、企業の寿命ってたったの25年。終身雇用に頼るなんて無理な話ですよね。それを個人のレベルでも真正面から受け止めることが大切です。我々も情報発信は絶え間なく行っていきますが、みなさんにも自分自身の問題として今一度考え直してほしいと思います」