副業は「得」か「損」か、“雇用のプロフェッショナル” 3人に聞く!

総合副業は「得」か「損」か、“雇用のプロフェッショナル” 3人に聞く!

働き方改革の本丸の一つが企業による副業解禁だ。すでに「副業時代」の到来と騒がれる。だが、実際にはどのようなメリットやデメリットがあるのだろうか。「雇用のカリスマ」と名高い雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏、副業ならぬ「複業」を進め、社員に多様な働き方を認めるサイボウズの青野慶久社長、そして副業解禁に対して独自の仕組みで社員に合った働き方を提案する印刷会社・帆風の犬養新嗣氏にそれぞれ話を聞いた。(取材・文 武田 旋)

解禁に消極的な5つの理由

雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は、リクルートグループで20年間以上、雇用の現場を見つめてきた大ベテランだ。そんな海老原氏だが、「副業解禁」には消極的だという。海老原氏は5つの理由を挙げる。

海老原嗣生(えびはら・つぐお)/雇用ジャーナリスト。経済産業研究所労働市場制度改革プロジェクトメンバー、広島県雇用推進アドバイザー、京都精華大学非常勤講師。1964年生まれ。リクルートグループで20年間以上、雇用の現場を見てきた「人事・雇用のカリスマ」、リクルートキャリア社のフェロー(特別研究員)第1号としても活躍し、同社発行の人事・経営専門誌「HRmics」の編集長を務める。著書に「クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方」(星海社新書)   Photo by K.Y

疑問1 本当に早く帰れるのか

なぜ副業を推進できるのか、根本的に疑問です。日本の労働者は、副業ができるほど早く帰ることはできません。欧米と比べても日本人の労働時間の長さは際立っている。「働きすぎ」と言われるカードル(フランスのエリート層)と比べても、日本人のフルタイマー労働者全体(非正規・一般職などを含む)の方が長く働いているんです。

現在、声高に「残業時間の削減」が叫ばれています。だが、本当に残業が減らせるのか。残業の理由の大半が、「仕事量が多い」「人手不足」です(下グラフ参照)。しばしば言われる「生活費のため」「上司からの評価のため」というのは数%程度で、都市伝説に過ぎません。その上、副業なんてできるのか。まずは前提としてこうした現状を踏まえなければならないでしょう。

疑問2 特殊スキル保持者のみが対象なのか

副業への疑問はまだ尽きません。6時以降に退社することができたとして何ができるのか。日本の労働者の9割が、事務職や営業職と言われています。彼らは終業後にどのようなスキルを発揮すればいいのでしょうか。

ライターやマーケターといった特殊な職能を持っていなければ、終業後に仕事をこなすのは難しいでしょう。仮にライティングスキルを持っていても、夜から取材活動を始めることは稀。副業が解禁された製薬会社のロート製薬でも、副業で稼いでいるのは、薬剤師の資格を持っている社員が「名義」を貸すことで収入を得ているケースが多いと聞きます。おそらく、薬品の営業であるMRや、事務職の人は副業で稼げてはいないと思います。そう考えると、「副業」とは極めて限定的な職種を対象にしていると言っていいでしょう。

疑問3 仕事の幅は意外と狭い

そもそも6時の就業後に引き受ける仕事、となると必然的にその幅は狭まります。「小遣い稼ぎに」と始めてみてもクラウドソーシングの仕事の単価は下がる一方。その上、労災も認められません。月に10万円稼ぐことのできる人はほとんどいません。せいぜい数万円か、それ以下に限られてきます。おそらく最も現実的なのが、定時で終わった工員がなんとか生活資金を稼ぐため、コンビニやガソリンスタンドのバイトでしのぐという事例です。

しかし、少し立ち止まって考えてほしいんです。それって本来掲げていた「副業時代」の狙いとは随分ずれている。政府は「副業を認め多様な働き方を」などと掲げていますが、随分と現実離れしていると言っていいでしょう。

疑問4 残業代より効率的に稼げるのか

仮に仕事が見つかったとして、残業代と比べて効率的に稼ぐことができるのか。例えば年収400万円の労働者がいたとして、100万円程度のボーナスを差し引けば300万円、月々の収入は約25万円になる。それを月の定時労働時間の150時間で割ると時給は1700円前後。残業代は25%上乗せされるから残業代の時給は2100〜2200円ということになる。

毎日1〜2時間、それも時給2000円以上の仕事を副業として稼ごうとするならば、会社の残業を行っていた方が効率的と言えます。そもそも、時給2100円の仕事を自ら「営業」し「毎日こなす」ことができるなら、その労働者は「仕事ができる」人材です。社内でも出世するだろうし、給料も上がっているはずです。

疑問5 「暇だから副業」という人は2軍

本来、仕事ができる人物は時間的な余裕もないし、副業による小遣い稼ぎの必要もありません。なぜなら「仕事の対価は仕事」だからです。最初は簡単で規模の小さい仕事でも目標をこなし、徐々に「あいつはできる」と信頼を勝ち得て規模の大きな仕事を任されていく。総合商社であれば、鉄の販売という基本から始まり、やがて海外の新幹線受注や原子力発電所の開発案件といった「億単位」「兆単位」のビジネスを担うようにキャリアを積んでいきます。

これは、商社に限らずメーカーも同じ。30代で現場の最前線に立ち、陣頭指揮を行う人が、家に帰って時給2000円や3000円の仕事には手を出しません。社内で高い評価を得て出世し、さらに忙しくなっていくからです。「時間があるから活かして副業する」などと言っている人物は多くの場合、「2軍」の人材である可能性が高いでしょう。

腕試しとしての副業を

こうした理由から、「稼ぐため」の副業は推進すべきではないと思っています。私が提唱しているのは、「夢」のための副業です。現在、日本には広大なセミプロ市場が形成され、仕事の後に夢を追うことが可能になりました。

例えばライターという仕事は、かつては門戸が出版社か新聞社に限られていました。ですが、今やインターネット上にはライティングの需要はいくらでもある。将来ライターとして食っていきたければ「修行」として、「タダでどんな記事でも引き受ける」という思いでこなせば依頼はあるはずです。他にも料理研究家になりたいと思っても、かつては専門学校を卒業して専門的な知識を身に着けなければなりませんでした。今や、クックパッドでレシピを発表し、人気化すれば書籍化され、一躍知名度を上げることも可能です。

「場」は、インターネットの登場によって格段に広がりました。そこで芽が出るか、好きなだけ試せばいい。大事なのは「暇だからやる」のではなく、「忙しくても好きだからやる」というダブルワークなのです。

言い換えれば「腕試しとしての副業」は大いに推奨したい。そこで依頼が舞い込むようであれば、そちらにシフトしていけばいい。だが、箸にも棒にもかからないようであれば向いていません。あきらめることができます。いわば自分の「夢への投資」、自分の「あきらめへの投資」です。たとえ稼げなくとも、有意義であることは違いないでしょう。決して「残業代もどき」を稼ぐための副業は勧めません。それならば本業に精を出した方がいいでしょう。

“複業”は社員も会社もいいことずくめ

一方、副業ならぬ「複業」を解禁しているのが、IT企業のサイボウズだ。同社を率いる青野慶久氏は、これまでもユニークな人事制度を数多く導入してきた。今回は、「複業」を導入し、話題を呼んでいる。

青野慶久(あおの・よしひさ)/サイボウズ代表取締役社長。1971年生まれ、愛媛県出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年、愛媛県松山市にサイボウズを設立。2005年4月に代表取締役社長に就任。3児の父として育児休暇を取得するなどイクメンとしても活躍中 Photo by K.Y

サイボウズでは、「副業」ではなく「複業」制度を認めています。副業を小遣い稼ぎと位置づけるのではなく、複数の仕事をすることで何倍もの成果、成長を達成するからです。

実際に導入して、まず個人にとってメリットは大きいと思います。例えば千葉県で農業をしている男性社員がいます。農業はIT化が遅れている分野で、彼の農場ではIoT化を進め、サイボウズのクラウドサービスを導入しています。

しばしば「稼ぐなら会社で残業代を稼いだ方がいい」という指摘もありますが、私は複業で稼ぐことも十分に可能だと思っています。なぜなら、単純に異業種同士を掛け合わせるだけで、バリューは高まっていくからです。

農業の事例は、個人が持っているまったく異なる人脈を掛け合わせて新しい価値が生まれた好例でしょう。サイボウズの社員は、他にも社会福祉法人やNPO法人など様々な分野で複業しています。個人がやりたいことがあるのに、それを制限する理由はありません。会社として多くの選択肢を担保すべきだと思います。

もちろん企業としてもメリットは非常に大きかった。彼のおかげで、他の農業法人からもシステム導入の依頼が舞い込むようになったんです。私たちは、農業領域にツテもないしノウハウもない。でも彼が一人で複業してくれたおかげで、農業分野に参入することができた。

その上、会社としては彼が農業をしている分のお給料は払わなくてもいいわけです。こんな効率的なことはないですよね。オフィスにこもっているだけでは新しい変化は生まれません。

他にも意外なメリットがありました。社員個人が、稼ぐことの難しさを実感するようになったことです。サラリーマンであれば体調が悪くても、パフォーマンスが悪くても毎月一定のお給料をもらうことができた。でもそれが、個人として稼ごうとするとそうはいかない。「そう簡単にはいかない」「厳しい世界だ」と痛感するんです。社内で情報機器やツールの新規導入を申請する際にも、「待てよ、これは個人事業だとしたら…」と一歩立ち止まって考えるようになります。

費用対効果の面から見て見合うのか、自らの「稼ぐ力」を見つめ直すようになる。複業者はサイボウズ内の業務においても、「本当に月給分働いているか」というバランス感覚を持っているように感じます。

なぜ大企業は副業を解禁できないのか

こうしたメリットばかりにもかかわらず、なぜ大企業での導入は遅々として進まないのか。おそらく経営者や、人事部の判断があるのでしょう。副業解禁は、彼らにとってはリターンが不明な一方で、はっきりとリスクが見えている制度なのです。

例えば労務管理の面では、総務の負担が増えます。どれくらい働いているのか、ちゃんと休めているのか、労働時間が増えて心身を壊す社員が出てくるのではないか、と心配しています。ですが、それは社員の自立を妨げることにほかならない。

ですから、サイボウズでは何人が複業を行っているのか、週に何時間複業しているのか、特に管理していません。サイボウズが管理すべきは、サイボウズでの業務のみ。
「休日は働くな、しっかり休め」と会社が口を挟むのは余計なお世話でしょう。それならば極論、土日のゴルフも危ないからやめて家でじっとしていろ、という話になる。

そもそも「仕事」を「他の誰かのために役立つことをしている」と定義すれば、家事だって仕事の一種。広い意味ではみんな複業をしているのが当たり前。それを制限する意味はないでしょう。

他にも、競合で働くことで情報漏えいの可能性があるという指摘があります。ですが、それは複業解禁とは直接的には関係ない。情報漏えいする人は、複業解禁の有無にかかわらず漏らすでしょうし、その前にモラル研修などを行って意識を変えることが先決です。某大手家電メーカーの社長も、副業解禁の必要性を十分認識しているようですが、「たくさんの制度や障壁がある。道は長い…」とつぶやいていました。

認めているのは「複業」だけではありません。サイボウズでは、個人によって人事体系がバラバラです。週に1度しか出勤しないメンバーもいるし、在宅勤務もOK。こうしたサイボウズのルールは、しばしば「緩い」と批判を受けますが、それは的外れです。

サイボウズでは、「チームワークで世界を変える」というミッションを掲げ、社員には「公明正大」であることを徹底的に求めます。限られた少数のルールに関しては、異常に厳しい。嘘をついたメンバーがいれば、厳しく対処します。特に役職者に対しては。会社組織として働く際、本当に大切にしなければならないことは何かを考えなければならない。

私は大企業の方が「緩く」見えて仕方がない。出勤時間や日数を必死に管理したり、副業を禁じて自立を妨げたりする方がおかしいと感じますね。

副業の解禁は会社に「覚悟」がないから

これに対して、副業の解禁について「企業側の覚悟の問題」と提唱するのが帆風の犬養社長。同社は、縮小傾向が続く印刷業界の中で成長を続ける印刷会社だ。副業を基本的に禁止としているが、その理由はどこにあるのか。働き方改革で叫ばれる「人材の流動化」や「多様な働き方」という問に対しどう答えるのか。

犬養新嗣 (いぬかい・しんじ)/帆風(バンフー)代表取締役、ワークモチベーションプランナー。1978年生まれ、神奈川県出身。これまでの印刷業という業態にサービス業の精神を導入し、ホスピタリティを軸にサービスの向上や社内活動を活性化。2013年3月代表取締役に就任。生産現場の効率化や海外の仕組み・設備の導入、新規ECサイトの開始など、お客様に最高のサービスを提供するために枠にとらわれない新しいチャレンジを続けている  Photo by K.Y

今の副業解禁の背景には、「多様な働き方をして収入を担保していく」という題目があります。ですが、裏を返せば、企業が社員に対して定期昇給を保証できなくなってきた、終身雇用ができなくなってきたということです。

だから、「各々スキルを磨いて他でも稼げるように」という理由で企業が副業を解禁するのであれば、それは責任放棄だと感じる。要するに企業の「覚悟」の問題なんです。ちゃんと面倒を見て、社員と、彼らの家族の生活まで面倒見る気概がなければ、人を雇ってはいけないはずです。

「何の制度もなく副業OK、自由OK」というのはどこか違うという印象を受けます。「副業をしたい」という意見があるとすれば、それは一人ひとりに違う理由があるはず。それは「お金」かもしれないし、何か「新しい挑戦」かもしれないし、「やりがいや生きがい」ということかもしれない。

会社としてはできるかぎり応援する立場でありたいので、「多様な働き方」を会社の制度設計でカバーします。社員の声を受けて作った働き方に関する制度は、細かいものを含めれば20近く存在しますね。

顕著な例が、昨年創設した新潟オフィスでしょう。一人の社員が家族の事情で新潟に戻らざるをえなくなりましたが、当時、新潟にはオフィスはありませんでした。だから、彼が働く場所として「新潟オフィス」を作った。「家族の事情で…」という申し出に「はい、さようなら」と言うのは簡単ですが、彼の事情を汲んだ上で、「多様な働き方」を認めたかったんです。

個人の趣味を応援して、副業にまで拡大させたケースもあります。ある女性社員は、ヨガにどっぷりハマり、趣味が高じてインストラクターの資格を取りました。ヨガ講師として生計を立てることを考えていたそうですが、これも会社の制度で解決。「有資格講習手当支給要領」を設けて、会社内で彼女にヨガ教室を開くことを認めました。

ヨガ教室開催にあたり、開催者に会社から手当が出ます。社員であれば無料で参加できます。また、運営する上で必要となる道具なども会社が負担します。

なぜここまで社員に手厚くするのか。それは会社にとってもメリットが大きいからです。先ほどの例で言えば、新潟オフィスを立ち上げる際、現地採用をするよりも会社を知っていて知識も豊富で活躍した人の方が成功しやすいし、将来的には北陸地方のハブになり得る。ヨガ講師の例であれば、社員同士の交流の場になりますし、社員の健康意識も上がるのです。

会社の理念や想いを理解して働き、経験や知識を持って活躍してくれる仲間をゼロから育成するのは時間がかかる。そうした優秀な社員が離れていってしまうことの方が、リスクは大きいと考えています。

ここまで、雇用のプロフェッショナル3人に、それぞれの視点から話を聞いた。副業の解禁の問題は、ただの制度設計や労務管理の問題にとどまらないなど複雑で、解決は容易ではない。経営者はどのように従業員と向き合うのか、一方で従業員はいかに自分のキャリア・人生を設計するかといった、個人の価値観にまで深く根差す問題だからだ。今後、各企業はどのように対応していくのか、動向に注目が集まる。