総合従業員が歓喜し、ライバルが唸る取り組みを(常見陽平)
長時間労働抑制のプレッシャー
時代は「働き方改革」の大合唱だ。メディアでも日々、各社の取り組み事例が紹介される。経営陣から「ウチも長時間労働是正に取り組まなくては」とプレッシャーをかけられている人事担当者も多いことだろう。

残業抑制の「茶番」
もっとも、このサイトは「わかっていらっしゃる」人事担当者や、経営幹部が読むメディアだと聞いているので、私はあえてこう問いかけたい。この茶番に振り回されて、大変ですな、と。
メディアで取り上げられている「働き方改革」の「成功事例」を見て、苦笑する人事担当者も多いことだろう。そう、このサイトを読んでいるような皆さんなら、「成功事例」とされるものの、「副作用」に気づいていることだろう。例えば、強制退社時間を設定するなどの取り組みは、逆にその時間まで会社に残ることや、サービス残業を誘発してしまう。
電通の22時退社が話題となり、メディアは何度もこの時間に一斉消灯する様子を取り上げた。同社は不夜城ではなくなったかのように見える。一方、全国紙数紙が周辺取材により持ち帰り残業が発生している点を報じているように、サービス残業が発生していることは明らかだ。さらには、お隣にある築地市場のように、「汐留市場化」を指摘する業界関係者もいる。つまり、不夜城は脱したものの、5時に灯りがつく会社になってしまったのだ。36協定の見直しが何度も行われるなどしており、全体の抑制は行われているものの、同社は制度上5時から22時まで17時間、勤務することを容認する企業になってしまったともいえる。
ツッコミだらけの「働き方改革」
他にもメディアで紹介される「働き方改革」の成功事例は、ツッコミどころだらけだと言える。「残業しない手当て」などが取り上げられるが、残業しないメリットとリターンが明確なものではない限り、単なる労働強化、賃下げにつながってしまう。在宅勤務も、通勤時間は劇的に減少するが、労働時間は必ずしも減らない問題などが指摘されている。
人事担当者視点で、むしろ怒っていい案件は「働き方改革で業績アップ」なる報道の類だろう。このサイトを読んでいるような人はわかっているはずだ。それ「だけ」で業績は上がらないということを。
このように報じるメディアは、戦略と組織の関係を基礎から学び直して頂きたい。オペレーションの効率化「だけ」で業績は上がらないのである。その業界が成長トレンドにあった、ある商品・サービスが牽引したなどなら業績アップの原因となり得る。誤解なきように言うと、「働き方改革」は業績アップに貢献する要素はあるものの、それ「だけ」で業績が上がるわけではない。
「働き方改革で業績アップ」などと論じるのは、新米記者が広報担当に踊らされてそう書いてしまう例もある。その手の間違いについてダマされない読解力を読者も身につけたいところだ。ただ、罪深いのは、識者、さらには学者と言われる人たちも「働き方改革で業績アップ」なることを論じてしまっていることである。円高の頃にM&Aを行い、海外事業が伸びた、業界全体が伸びていたなど、詳細な検討はしたのだろうか。また、よく出て来る例で「女性の活躍が進んでいる企業ほど業績が良い」などというものがあるが、業績が良いがゆえに女性が活躍している風な制度を立ち上げていたと言われたら、どう反論するのか。
もちろん、偽善的な事例とはいえ、メディアに取り上げられるだけ偉いという声もあるだろう。何か社内で制度を根付かせるためにはメディアに露出することは有効ではある。メディアで取り上げられた、社会が期待しているなどの理由をもとに、社内で制度に対する納得感を増やし、定着させるためである。
「働き方改革」は社外へのアピールになるが……
また、「働き方改革」に関する取り組みは採用活動を成功させる上でも、有効である。リクルートワークス研究所が毎年、調査している大卒者の求人倍率は、2018年度は1.78倍だった。大手企業において倍率の鈍化が指摘されているし、建設など一部の業界が牽引している状態ではあるが、売り手市場であることは間違いない。短期的に売り手市場であるだけでなく、中長期でも「採用氷河期」が続く。若年層はますます減っていくからだ。
売り手市場であること、「働き方改革」が話題となっていること、ブラック企業に就職することの懸念もあってか、労働環境に関する関心が高まっている。文化放送キャリアパートナーズが今年2月に行った学生モニター調査によると、「企業情報として気になるもの」のうち「就業条件(給与や勤務地、休日)を選んだ学生は49.2ポイントを占め、1位の「事業内容」(55.2ポイント)に次いで2位となった。昨年と比較して6.1ポイントアップしていた。「働き方改革」についてメディアに取り上げられることは、いくら偽善的なものだったとはいえ、PR上は有利になるものではある。
もっとも、このような上辺だけの改革は、求職者には見透かされるだろう。何より、従業員からの不満も高まるはずだ。私が、就活生に、必ず教えるテクニックがある。それは、OB・OG訪問の際には、求人サイトをプリントアウトしたものや会社案内を赤ペンや付箋だらけにして持ち込み、質問しろというものだ。これは効果絶大だ。熱意が伝わるだけではない。企業の実態に関する本音を引き出すことができるのだ。特に、人事部からの回し者であるリクルーターではなく、ゼミやサークル、アルバイトの先輩に会う時には効果てきめんだ。求人サイトや会社案内に書かれていることが、いかに嘘かがよく分かるからだ。このように、上辺だけの改革は、従業員を通じて、求職者や、さらには社会にも伝わってしまうのである。
メディア露出より、従業員にとってメリットのある施策を
以前から、「働き方改革」について取り組んでいる企業は、わざわざアピールしない。勿体ないなとも思うのだが、地に足のついた取り組みをしているし、課題も具体的で、それに対する具体的な解決を繰り返しているからだ。わざわざ言うまでもなく、当たり前になっているのである。さらには、まともな企業ほど、制度のアップデートを続けるものだ。
このたび、そのような「働き方改革」の矛盾、問題点を指摘した『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)を発表したが、お陰様で、人事担当者や、労働弁護士、社労士から絶賛して頂いている。地に足のついた論だ、と。この本も微力ながら影響を与えているとは思うが、そうではなくてもこれから始まるのは「偽善働き方改革」バッシングである。メディアに出ることを目的化した、実効性が怪しい施策は、礼賛されるのではなく、批判の対象となることだろう。
求められるのはメディアに事例として取り上げられることではなく、従業員にとってメリットがあるもの、さらには、他社の人事が見て「よくやっている」と評価されるものではないだろうか。同業の人事が唸る「働き方改革」、何より従業員が歓喜する「働き方改革」を激しく期待するのである。