総合優秀なあの人が「無能なリーダー」になる理由 諸葛孔明はなぜ「人材がいない」と嘆いたか
「現場では優秀な実績を出していたのに、管理職に回ったらなんだか残念な人になってしまった」
優秀な孔明が治める蜀から人材がいなくなった理由
私が中学生の頃、親が横山光輝のマンガ『三国志』を買ってきてくれた。ところが諸葛孔明が大活躍する24巻くらいまでしか当時は発行されていなかった(全部で60巻)。次巻が出るのを待っていられなかった私は、やむなく横山光輝『三国志』の原作である小説の吉川英治『三国志』を読むようになった。文字だけの本を一切読まなかった私は、まんまと親の策略にはまったわけだ。
中学生の頃に出会った『三国志』に登場する孔明は、それまでに見たこともないヒーローだった。マンガやアニメが好きだった私にとって、ヒーローというのは悪者を倒す強さとかっこよさを併わせ持つ、分かりやすい存在だった。ところが孔明は張飛や関羽などとも違って戦闘能力まるでなし。なのに何万人もの軍勢を指揮し、大勝利をおさめるという、それまでに見知っていたリーダー像、ヒーロー像とはまったく異なるものだった。
特に赤壁の戦いで魅せる知略の数々。敵の裏の裏をかく大天才ぶりに、私はすっかり魅了されてしまった。あんまり魅せられたものだから、文字だらけの本であるにもかかわらず、とうとう読了してしまった。それ以後、文字の本を読むようになったのだから、親の戦略は見事というしかない。
ところで、孔明には奇妙な矛盾があることに気がついた。劉備玄徳らと一緒に蜀を攻めていた時には、なかなか思うように勝利をおさめられず「蜀にこんなにも人材がいるとは」と驚いているシーンがあった。ところが孔明が蜀の支配者となり、最後の戦いの頃には、「蜀には人材がいない」と孔明が嘆いているのだ。人材がキラ星のごとくいたはずの蜀から、人材が消えてなくなってしまった。これはなぜなのだろう?
その原因を暗示するようなエピソードが、吉川英治『三国志』には描かれている。孔明がもうじき死んでしまうかもしれないという頃、孔明から敵将の司馬懿のもとに使者が送られた。司馬懿が使者に「孔明殿の働きぶりはどうじゃな?」と尋ねると、使者は「朝は早くに起きて夜遅くまで執務しておられます。どんな細かい仕事でも部下任せにせず、ご自身で処理します」と答えた。
私はこのやり取りに、蜀から人材がいなくなってしまった理由が分かったように感じた。部下に任せればよいような仕事も全部自分でやってしまうようになれば、部下は自分で考えることをやめてしまう。孔明の指示を待ち、それに従いさえすればよい、という「ひとごと」の姿勢になってしまう。孔明はささいなことにまで口を出して、部下が自分の頭で考えることがなくなるように仕向けてしまったのではないか。
泣いて馬謖を斬った結果に起こったこと
孔明が「指示待ち人間製造機」だった可能性を示唆するエピソードがもう一つある。「泣いて馬謖を斬る」というエピソードだ。馬謖は孔明が後継者として期待する超優秀な部下だった。馬謖にある場所を攻略させるに当たり、孔明は「陣地を山上に築いてはならない」と口を酸っぱくして指示した。
馬謖はなんとなく反発したくなったのか、指示とは逆に山上に陣地を築いてしまった。そのために敵軍に包囲され、水源地を敵に奪われて水が飲めなくなり、降参するしかなくなった。孔明は他の部下たちの手前、指示に従わずに大敗の原因を作った馬謖を、泣きながら斬るしかなかった。
この話も考えてみると、孔明が「指示待ち人間製造機」であったことを物語るエピソードだと言える。馬謖がもし優秀なら、山上の陣地は危ないということくらい自分で気づけたはず。なのに孔明はまるで馬謖の才能を信じていないかのごとく、出陣前から陣地のことを細かく指示していた。
馬謖が孔明の指示に逆らったのは、アマノジャクな気持ちが湧いたためだろう。「普段は私の才能を買ってくれているはずなのに、なんでこんな初歩的なことまで指示されなくちゃいけないんだろう? いっそ戦略を逆にしても勝てることを見せてやれ」とムキになった可能性がある。
自分の才能に自信があり、自発的に物事を考える人間ほど、事細かに指示されることが嫌いだ。自分の才能を見せつける場がほしいのに、指示を出されてしまっては、功績は優れた指示を出した人間のものになってしまうからだ。「ほら、俺の言ったとおりだったろう」と。
馬謖は「孔明の手の中」におさまることに反発を覚えるほど、自発性の高い人材だったのだろう。だからこそ指示とは逆のことをした。その結果、馬謖は斬られてしまった。馬謖が斬られた事件以後のことはマンガや小説の『三国志』には詳しく描かれていない。しかしこんな事件があったら、以後、孔明の部下はみんな孔明の指示に従って、自分の頭で考えることをしなくなってしまうだろう。
孔明は馬謖に細かく指示を出さずに、ある程度任せるべきだった。もしどうしても心配で仕方ないなら「この丘の上に陣を作ったとしたら、どんな問題があると思う?」と質問し、馬謖自ら危険性に気づいてもらい、対策を提案させるべきだった。馬謖が自分で考え、気づいた体にしていたら、アマノジャクな気持ちが芽生えずに済んだかもしれない。
小説では、孔明は歴史上例のない天才であり、孔明ほど的確に判断できる人材は、蜀にはほかに誰もいなかった、そんな風に描かれている。孔明から見れば、どんなに優秀な部下でも、自分の判断より劣って見えて仕方なかったかもしれない。だから部下任せにできず、全部自分で判断し、「最良の決断」に仕上げずにはいられなくなったのだろう。しかしそのために、決断すべき案件はすべて自分が抱え込むことになり、部下は孔明の指示を待つだけの存在になってしまった。蜀から人材がいなくなったのではない。孔明が蜀から人材を消してしまったのだ。
吉川英治『三国志』は『三国志演義』という、やや脚色の多い物語を下敷きにしているから、すべてが史実とはいいがたい。しかし蜀から人材を消したのは孔明であると暗示するドラマ設定は、吉川英治氏の人間理解の深さを感じさせる。
自分がやったほうが早い病の危険性
部下を丁寧に育てていると、結局は楽になるのだが、その過程では確かに時間がかかるので、もしかするとイライラ、じれったくなる人がいるかもしれない。部下の処理能力に不満を持つ人もいるかもしれない。「俺があいつの年齢の時には、もっとたくさんの仕事を1日でやっていた」「部下に任せるより、自分でやったほうがよっぽど早そうだ」と。
実際、自分が平社員だった頃に高い能力を発揮した人は、自分が上司になった時、部下の仕事の遅さに腹を立てることが多い。全部自分でやってしまったほうが早いと考え、部下の仕事を取り上げてしまい、自分で全部仕上げてしまうことがある。しかしそんなことをすると、部下は「ええ、どうせ私はダメな人間ですよ」といじけてしまい、部下の成長の機会を摘んでしまうことになる。
例えば子育ての場面で「自分一人でやってしまったほうが早い」と考え、子どもに何もさせなかったら何が起こるだろうか? 洗濯物を畳むのも「幼児のお前がチンタラやっているのに任せるより、自分でやったほうが早い」「キャベツを切るのに何十分もかかるのを見ているより、自分で料理をしたほうが早い」。その子どもは悲しいほどの無能力者に育ってしまうだろう。子育てでは常識なのに、仕事になると我慢できないのは「育てる」という意識を十分に持てていないからだ。
上司は、仕事ができるように部下を育てるのも仕事だ。自分が平社員だった頃と比べて仕事が遅いからといって、ダメ出しをするのは、将来、ボルトのように世界最速の人間に育つかもしれない子どもに「お前はまだハイハイしかできないのか」となじるようなものだ。短慮は戒めなければならない。