総合DMM社長に34歳外部人材が選ばれた全事情 独占詳報!運命の出会いは2012年だった
12月6日、京都。ITベンチャーが集まるイベント「IVS」のパネルディスカッションで度肝を抜く発表があった。コンテンツ配信などを手がけるDMM.comの創業者である亀山敬司会長が、DMM.comの代表取締役社長に、部外者である「pixiv(ピクシブ)」の創業者、片桐孝憲氏を選任したことを明らかにしたのだ。その詳細を独占で詳報する。

年の差20歳以上――。これは、日本のインターネット・IT業界を驚かせる人事といえるだろう。1月4日付でDMM.com社長に就任することが内定した片桐孝憲氏(34)はDMMグループの実質的なナンバーツーとなり、これまで創業者の亀山敬司氏(55)が担当していたインターネット関連事業を引き継ぐことになった。
DMM.comは年明けを目途に持ち株会社制に移行し、現会長の亀山氏はDMMグループ全体の会長、現社長の松栄立也氏は持株会社の社長に就任する。持株会社の下にネット事業のDMM.comやFX、VRシアターなどの事業会社を配し、片桐氏はインターネット事業を展開するDMM.comの代表取締役社長になる。
なお亀山氏が直接決済する「亀チョク」と呼ばれる新規事業部門は、今後も亀山氏が統括する予定だ。
テクノロジー企業への飛躍を目指す
DMMは石川県加賀市のビデオレンタル店からスタート。ビデオの通販やネット配信で急成長。オンラインゲームでは「艦隊これくしょん」が大ヒットし、FXやオンライン英会話でも業界トップを争う存在になった。IoT(もののインターネット)関連のベンチャーが3Dプリンタなどを自由に使えるレンタル工場、DMM.make.AKIBAは海外からも注目されている。売上高は約2000億円、社員数は3000人。日本を代表する未上場ベンチャーの1社とされている。
これまでは会長の亀山氏がネット事業や新規事業を担当し、その他の部門を社長の松栄氏など創業期のメンバーが担当してきた。しかし「テクノロジー企業になるためには、ネットに詳しい若い経営者に舵取りを委ねるべき」(亀山氏)と判断し、34歳の片桐氏を抜擢した。
片桐氏は大学在学中にウェブ制作会社で働き始め、2005年に起業した。2007年にイラスト投稿・交流サイトのピクシブを立ち上げ、9年間で月間利用者数がのべ4000万人を超える巨大サービスに育てた。
2000億円企業の中核事業会社の社長に34歳の外部人材を登用するという前代未聞の人事の背景には、どんな狙いがあるのか。亀山会長と新社長の片桐氏に聞いた。
――選ぶ方も受ける方も随分思い切ったな、というのが率直な感想ですが、亀山さんはなぜ、34歳の部外者を社長に迎えたのか。片桐さんはなぜ受けたのか。
亀山:一言で言えば、DMMからフェイスブックやLINEのような強力なサービスを生み出すための人事だ。DMM には400人のエンジニアがいるが、これまで新しいサービスを考えるのは事業部の仕事で、エンジニアはそれを形にする役割だった。この体制では世の中を変えるようなサービスは生み出せない。
エンジニアが主役の会社にすべきだと思ったが、自分は「インターネットの人」ではなく「ただの商売人」であり、自分がトップに立っているうちは、DMMは本物のテクノロジー企業にはなれないと悟った。
今、日本のネット企業のトップは40代から50代だが、片桐さんみたいにインターネットが分かっている若い人が社長になり、DMM社員の経験とノウハウを合わせたら、最強の企業になれると思った。
「この人、本気なんだ」
片桐:最初、亀山さんに「DMMの社長やって」と言われたときは冗談だと思ったし、ありえない話だと思った。「この人、本気で考えているんだな」と理解したが、私の方には引き受ける理由がなかった。
ピクシブには社員が120人います。機動力があり、気の合う仲間が集まっていて、会社は成長しており、おカネにも困っていない。創業者である自分にとって、抜群に居心地のいい場所であり「ここを離れよう」とはまったく思わなかった。
ただ何度も誘われているうちに、最初に起業した時の気持ちを思い出したんです。当時、働いていたウェブ制作会社の居心地は良かった。しかし高校生の時から東京で起業したいという気持ちが強く、このまま居心地の良い環境にいるのではなく、ジェットコースターみたいな人生を送ろうということを決心して会社を立ち上げた。
そのことを思い出し、今このまま快適なピクシブに残っていていいのか、と真剣に考えるようになった。
――どこで出会ったのですか。
亀山:(チームラボ代表の)猪子寿之さんの紹介で、2012年に会いました。猪子さんが「日本で最後に残るネット企業はDMMとピクシブだ」と褒めちぎるので、そんなにすごい会社なら会ってみよう、と。チームラボで会うことにしたのですが、猪子さんが1時間遅刻してきて、いきなり片桐さんと2人で話す羽目になりました。
その時「面白い」と思ったのは彼が「会社にとって一番大事なのは社会への影響力であって利益ではない」と言ったことです。「売り上げがどんなに伸びても利益ゼロ」を目指している自分の考え方にすごく近い。利益を出すくらいなら新規事業に投資します。死ぬ時におカネを残したって面白くないじゃないですか。「ああ、同じ考え方だなあ」と思いました。
片桐:その時は「この人がDMMの会長かあ」と思ったくらいですが、後になって、ある経営者に「時代を象徴するような人と仕事することが人生において重要なんだ」と言われた。「自分にとっての時代を象徴するような経営者は亀山さんだな」と考えるようになり、「この人と働いてみたい」と思うようになりました。
まだ引退をするわけではない
――亀山さんは後継者問題をどう考えていたのですか。
亀山:いや、俺はまだ引退しないよ。DMM.アフリカとかアニメみたいなアナログな事業は俺が見る。ただ、インターネット分野に関しては、ここまで自分でやってきたけど、DMMがよりネットで成長するためにはどうしたらいいかを考え続けていた。その結果、俺が探していたのは自分の指示したことをやってくれる開発者ではなく、開発者の気持ちがわかる社長だと気付いた。だったら思い切って若い社長に任せてみようと思った。
――片桐さんはDMM.comの社長として、何がしたいのですか。
片桐:僕は釣りが好きなんです。実は今年だけでも、南米3回、アフリカにもイランにも行きました。そこで危ないとか暑いとか食べるものがないとかツライ経験をしながら、大きいとか珍しい魚をみんなで協力して釣りあげるんです。それが失敗したり、成功したりするんですけど、良い結果を出すために全力を出すのは当然で、そういうプロセスをいろんな人と共有するのが楽しい。
ネットビジネスでいうと僕の34歳というのは決して若くないんです。ピクシブでも高校生のアルバイトが、ものすごくいい仕事をしていたりする。いろいろな経験や能力を持った人たちがどんどん集まって、協力して、今まで見たことがないような魚を釣り上げることができる場所を作っていきたいです。