総合スターバックス、接客マニュアルがないから店員が育つ
来店客に「心地良い体験」を与えることを目指すスターバックスコーヒージャパン。そのためには、店舗の内装を工夫したりするだけでなく、「パートナー」(同社におけるアルバイトと正社員の総称)が来店客といかに接するかも大きなポイントだ。パートナーをいかにトレーニングしているのか。同社執行役員の荻野博夫 人事・管理担当に人材育成手法を聞いた。(聞き手は、大山繁樹=日経デザイン)
■来店客のニーズを「察する」
仲間との信頼関係が質の高いサービスに直結している。そんなチームでの接客力を競う社内のコテンストが開催され、全国大会もある
――スターバックスの店舗には、他の店舗ではありがちな接客のマニュアルがないと聞きます。その狙いは。
(荻野)スターバックスが最も大事にしていることは「人々の心を豊かで活力あるものするために─ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」というミッション「Our Mission and Values」です。お客様に感動体験を提供して、人々の日常に潤いを与えるために何ができるか。従業員であるパートナーが独自に考えて行動しています。それは店舗に限ったことではなく、本社で働くパートナーも同じです。
私たちの接客は、お客様にどうしたら喜んでもらえるかを、コミュニケーションしながら「察して」考えるのが基本です。もし接客をマニュアル化したら、何も考えなくなると思います。例えば「お客様がお店に入ってきたら挨拶をする」というマニュアルがあったら、挨拶をすることが目的になる。すると、何のために挨拶するのかすら考えなくなってしまうはずです。スターバックスでは、挨拶はお客様の状況を察するためのアプローチの1つだと考えています。
「こんにちは」と声をかけたときの反応や雰囲気を見て、お客様の状況や気持ちを察する。そしてパートナーは各自、次のアクションを考えるのです。スターバックスに来店するお客様は、そんな血の通ったオンリーワンのサービスを求めていると思います。
スターバックスでは「こんにちは」と言うのが決まりだと思われているようですが、実はそうではありません。あくまでも察するために、パートナー1人ひとりが自発的に行っていることです。だから、下を向いて作業しながら挨拶することなど、本来はありえません。
――クオリティーの高いサービスを実現できる人材はどうやって集めているのでしょうか。
(萩野)各店舗は平均すると25人ほどのパートナーが働いていますが、そのうち正社員は2~3人で、それ以外は全員アルバイトです。社員登用制度があるので、ステップアップして社員になる人も少なくありません。アルバイトの採用は、各店舗のストアマネージャー(店長)が行います。
全パートナーがポケットに入れて携帯している、ミッションを書いた小型のカードや「グリーンエプロンブック」と呼ぶ小型の冊子。この冊子には「私たちがここにいる理由」や「感動経験を提供して人々の日常に潤いを与える」という言葉やイラストなど、ミッションを想起させるモチーフが掲載
採用の基準について総じて言えば「自分の店で働いているイメージができるかどうか」でしょう。面接では、私たちが大事にしている価値観を共有できるメンバーになれるかを見極めます。パートナー同士が連携して働いているため、その関係性が壊れると質の高いサービスが実現できなくなってしまうからです。
――1回の面接だけで価値観を共有できる人か判断できるのでしょうか。
(萩野)ストアマネージャーは、それぞれ面接の仕方を工夫しているようです。例えば、面接で「あなたの価値観は何ですか」と聞かれて簡潔に答えられる人はほとんどいないと思います。そういう聞き方ではなく「最近、すごく嬉しかったことって何ですか」「この店に入って来たとき、何か気になったことありますか」というような質問をして、その人が何を大事にしているか、どういうことに関心を持っているか探っていくのです。
■アルバイトも年3回人事考課
――アルバイトの教育も各店舗で行われるのですか。
(萩野)そうです。アルバイトは基本的な店舗オペレーションを行う「バリスタ」と呼ばれる職制から始まるので、まずは「バリスタベーシック」という研修を受けます。3つのカテゴリーで構成されたプログラムで、標準で約40時間かかります。カテゴリーごとに見極めがあり、理解ができたと判断されたら次に進める仕組みです。
しかし単にコーヒーマシンの使い方やレジの打ち方など店舗での実務的な作業を覚える前に重要なプログラムがあります。それが「ファーストインプレッション」と「スターバックスエクスペリエンス」という約4時間のプログラムです。
これはスターバックスの理念や価値観を共有するためのプログラムで、ストアマネージャーがレクチャーを担当します。簡単なトレーナーガイドのようなものはありますが、基本的にはストアマネージャーの経験を踏まえ、自分の言葉でフィロソフィーや自分の思いなどを伝えていきます。
さらに「それを聞いてどう思うか」「あなたが大事にしていることはなにか」と質問を投げかけ、アルバイトも自ら考えて話す時間を設けています。コミュニケーションを取りながら、スターバックスが大事にしていることを共有し、価値観をすり合わせていくのです。
このプログラムでストアマネージャーの思いに共感できた人は、前向きな気持ちで次のステップに進んでいきます。その一方で「自分とは合わないのでは」と思った人は、この段階で辞めていく場合もあります。
マニュアル通りに働いてそれだけを目的にするならスターバックスは該当する職場ではないかもしれません。このプログラムは、結果的にスターバックスの風土に馴染むかどうか、お互いに見極める時間にもなっています。
――パートナーのモチベーションはどのように維持されているのでしょうか。
(萩野)大切にしているのは、内発的な動機を引き出すこと。自ら「そうしたい」と人はどんなときに思うか。例えば「信頼されている」「貢献できている」と実感できたとき、人は喜びを感じられるものですよね。貢献感や信頼感をどうやったらパートナーに届けられるか。そういったことを考えながら、人事の仕組みを考えています。
その方法の1つが、年3回の人事考課です。アルバイトのバリスタはストアマネージャーと面談して、4カ月間どんな風に仕事をしてきたか振り返ります。そのとき、成長できたことや貢献していたことなど話し合うのです。そうすると、次の目標も明確になり、ストアマネージャーとの信頼関係も強くなります。
アルバイトの採用は、年間9000人から1万人ほど。時給を支払いながら育成プログラムを実施することは、数億円投資をしていることになります。それを継続しているのは、スターバックスのミッションを実現するためには、高いスキルが必要だからです。アルバイトにこれだけ投資している企業は珍しいのではないでしょうか。身についたスキルは、その人の財産になると思います。スターバックスでの経験を社会人になっても生かすことができたら、ずっと「スターバックスのファン」でいてくれるはず。最近は中途採用で戻ってくるアルバイト経験者もいるんですよ。即戦力になるパートナーは当社にとって貴重な存在ですね。
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モチベーションを高める現場の仕組み
スターバックスのブランド力は、現場のアルバイトの質で左右されるともいえる。だが店舗数が増えて従業員の数も増えれば、さまざまな考え方を持つ人が働くようになるはずだ。
各店舗で働くスタッフの約8割がアルバイトであり、この傾向は今後も続くだろう。そうした状況で、アルバイトが高いモチベーションで働けるように、スターバックスはさまざまな工夫を施している。
スターバックスでは、従業員のことを「パートナー」と呼んでいる。それは、社員とアルバイトを区別せず、対等に扱うという意思表示ともいえる。アルバイトへの人事考課も年3回もある。ストアマネージャーと過去4カ月間の仕事を振り返りながら、自分が成長できたこと、さらにこれからの目標などを話し合うという。
キャリアアップの仕組みも万全だ。「バリスタ」から始まり、新人のトレーニングを担当する「バリスタトレーナー」、そして商品発注や従業員のシフトを組む「シフトスーパーバイザー」とステップアップの道筋が明確に提示されている。社員登用制度も用意している。
また、コーヒーの「スペシャリスト」になるための認定試験もある。合格すると自分の名前が刺繍された「ブラックエプロン」を着けることができる。スペシャリストになっても時給が上がったり、手当がついたりすることはないという。だが、パートナーの多くは目標の1つとしてスペシャリストに挑戦しているそうだ。
■多様性を認める文化
店舗で働く正社員の場合は、入社4年目から結婚や出産などライフステージの変化に合わせて働き方を選ぶことができる。全国各地に転勤をしながら経験を積み、ストアマネージャーから、さらに上のキャリアを目指す「グリーンエプロンアンバサダー」と、転勤がなく地域に根差したストアマネージャー職のキャリアを追求する「グリーンエプロンエキスパート」の2種類を用意している。
ユニークなのは、毎年1回選択できる機会を設けている点だ。例えば、子供が小さいうちは転勤のないグリーンエプロンエキスパートを選び、子供が成長したらグリーンエプロンアンバサダーに戻ることも可能だという。またグリーンエプロンアンバサダーに本社で働きたい意欲があれば、「キャリアチャレンジプログラム」という社内公募制度と2年間の研修による内部チャレンジ制度に挑戦して、異動のチャンスを得ることもできる。バリスタのアルバイトから社員登用でストアマネージャーへキャリアアップする人も少なくないそうだ。さらに店舗から本社に異動できる可能性もある。
スターバックスが掲げる「Our Mission and Values」には「勇気を持って行動し、現状に満足せず、新しい方法を追い求めます。スターバックスと私たちの成長のために」という一節がある。さまざまなパートナーの多様性を企業が認め、キャリアの機会を積極的に開いている人事の仕組みも、現場のモチベーションを高める仕掛けの1つといえるのではないだろうか。




