「残業ゼロの陰で仕事持ち帰り」は人事部の怠慢が原因だ

総合「残業ゼロの陰で仕事持ち帰り」は人事部の怠慢が原因だ

社員の健康に留意しつつ、ビジネスの伸展を図ることはもちろん不可欠なことだが、残業時間削減キャンペーン、有給休暇取得の義務化に見られるような一律の運用は、逆にビジネスを阻害する。例外を頑として認めないトンデモ人事部のマインドは、滑稽ですらある。

運用重視で患者を追い返す
小規模医院に見る「ルール厳守」の弊害

久しぶりに風邪をひいて、朝9時の診療開始時間に合わせて、かかりつけのS内科医院へ、数年ぶりに出向いた。古い診察券と保険証を出して、診察を受けたい旨伝えると、予約の有無を問われた。「現在では、感染予防と、患者さんをお待たせしないようにするために、診療予約制度を導入しています」と言う。

残業ゼロを実現するために、自宅に仕事を持ち帰る社員が増えてしまっては、本末転倒もいいところ。ルールを厳格に運用できてさえいれば人事部はOK、と考えるのなら、それは怠慢でしかない

予約はしていないと答えると、驚くべき答えが返ってきた。

「突然おいでいただいても診察を受けることはできません。どうしても本日ということでしたら、12時においでいただければ、それでも、お待たせすると思いますが、診察を受けることができるかもしれません」と言うのだ。

傍目にはそう見えなかったのかもしれないが、私はかなり体調が悪かったので、12時に再び来院しようというエネルギーがわかず、言い返す気持ちすら起きなかった。「わかりました」とだけ答えて、隣のビルの別の医院に移動して、診察と処方を受けることができた。

S院長とは長い付き合いだ。今回は、二の句を継ぐエネルギーがなかったので、何も言わずに退散したが、もし院長と直接話をすることができていれば、彼は来院したつらい症状の患者に対して「3時間後に来い」と追い返すことは、絶対にしないだろうと思う。S院長は、診療を通じて国民の健康増進にいささかでも貢献するというミッションを遂げようとする熱意を持った人だ。おそらくは予約者の状況をふまえながら、予約の合間に、診察をしてくれたに違いない。

受付の担当者は、導入した診療予約制度に忠実に従っただけだと言えるかもしれない。しかし、それが、院長のミッションとは反してしまった。かつて、S医院はS院長と事務担当の夫人の2人だけで運営されていた。S院長と夫人は一心同体のように見受けられ、夫人はS院長のミッションを体現された対応をしてくださっていた。しかし、医院の規模が大きくなり、看護師や事務の方も増えた。それにつれて、S院長の持つミッションが、全てのメンバーに移植されなくなってしまったように思われる。

たかだか一医院の、それも1人の受付担当者の気が利かなかっただけではないかと思う読者もいるだろう。しかし、業務の担い手が増えることによって、組織の本来の目的が組織のメンバーに伝達されなくなるというトンデモな事態は、企業人事のまわりに山ほどあるのだ。そして、本来のミッションと逆行する運営がはびこった結果、本来のミッションが跡形もなく消え失せてしまうことさえあるのだ。

残業ゼロ、有給休暇の強制取得…
人事部の「強要」で何が起こるか?

その典型的な例は、企業の早帰りキャンペーンではないだろうか。「ノー残業デー」や、「早帰り日」を設定している会社は増えている。また、働き方改革が叫ばれる中、残業圧縮にフォーカスしている人事部も多い。中には、20時になったら消灯するとか、冷暖房を停止するといった、“荒業”を繰り出す人事部や総務部も散見される。読者の方々も、例えば、「20時になると消灯しますから、一斉に帰ってください…」などといった掛け声を聞いたり、メールを受信したことのある人も結構いるのではないか。

有無を言わせない一律の早帰りキャンペーンに人事部が一生懸命になるがあまり、顧客からの問い合わせがあろうが、仕事が残っていようが、消灯までしてビジネスを停止させるというのだ。これでは結果的に、企業のミッションに反した事態になってしまうではないか。中には、早帰り日は家に仕事を持ち帰る、会社近くの社員の部屋に集まって仕事をするなどという本末転倒な事態まで起きているのだ。

厚生労働省告示「労働時間の延長の限度等に関する基準」は、1週間15時間、1ヵ月45時間、1年間360時間などの残業時間の限度を定めている。これを厳格に運用するあまり、社員が人事部から、「○○さんは、今月は残業できません」「これ以上残業した場合は法令違反により罰せられます」と脅される事態も生じている。

法律をよく読み込んでみると、実は、突発的な事態など特別な事情がある場合は、例えば、一時的に基準を超えて残業することなどが許容されている。にもかかわらず、一律的な運用に終始してしまっている人事部が実に多い。

また、有給休暇の強制取得も、同種の運動だ。この件の労働基準法改正が実現されれば、有給休暇付与日数が年間10日以上の場合に、取得日数が5日未満の場合に、5日分までは取得日を会社が指定して、取得を義務化しようとするものだ。「○○さんは、本年度の有給休暇取得日数が2日です。○月○日から○日まで3日休んでください」という通知が来る事態が容易に想定される。ビジネス展開を本来目的としたビジネスパーソンが、ビジネスをしないことを強制される事態が到来するのだ。

「筆者は深夜まで残業しろといっているのか!」「残業制限を撤廃しろといっているのか!」「有給休暇を取得するなといっているのか!」という声が聞こえてきそうだが、そうではない。例外を認めず、一律に規制することが問題で、一律な規制の厳格な運用そのものが、ビジネスの本来目的を損なうということを言いたいのだ。

社員の状況に応じた
きめ細かな対応を拒む人事部

もちろん、残業をし過ぎたり、有給休暇をとらなかったりして、健康を害してもよいなどと考えているわけではない。ただ、仕事というものは、プロジェクトの状況などで一時的に仕事量が増えたり減ったりするものだ。そんな状況を一切勘案せず、一律に例外なく残業時間制限や、有給休暇を義務化することが問題だと言っているのだ。

そういう対応をする会社に限って、残業時間制限も守り、有給休暇も取得している社員が健康を害すると「会社としては、きちんと対応しており、問題はない」と言い張ったりする。健康を害していたり、害する兆候が見えたりする社員に対しては、たとえ基準未満であっても、さらなる時間制限や休暇奨励をする必要があるのは当然のことだ。

こういう話をすると、「人事部は忙しい。そのようなきめ細かな対応ができるはずがない。だから基準を厳格に運用しているのがわからないのか」という反応によく出会う。しかし、これでは努力や改善を放棄した、単なる開き直りではないか。

できなければ、できる体制を整えるべきだ。そのために、多くの企業で、社員数80人から100人に1人、人事部員がいるのではないか。その人事部員が社員をサポートするケアができないのであれば、そんな人事部員はいらない。

きっちりとした運用をすることは、ある面で美徳だ。しかし、厳格な対応をするあまり、ビジネス本来の目的を損なってしまっては、本末転倒だ。そのためには、常にビジネス本来の目的、企業のミッションの実現ができているかどうかということに照らしながら、取り組む必要がある。そして、ルール運用がビジネス展開を阻害するようであれば、例外適用すればよい。実際、労働基準法も、労働省告示も、労働局の指導も、無制限にではないが、例外対応がある程度できるように組まれているからだ。

こうした例外対応を悪用するブラック企業は論外だが、さりとて「例外対応できない」「例外対応しては、労働局から指導を受けるリスクが増大する」と思い込み、コンサバティブになり過ぎて、厳格すぎる対応をしてしまうトンデモ人事部が少なくないことも問題だ。そこには、硬直化した思考停止の状況しか伺えず、柔軟なイマジネーションのかけらも感じない。

冒頭の診療予約制度を導入したので早くても3時間後でなければ診察できないと言われてたS医院を、ゼイゼイしながら後にして、隣のビルの医院に行った私は、そこでも、「予約はしていますか?」と聞かれた。「また、追い返されるのか…、もう、市販薬で治すしかない」とガックリしつつ、「予約はしていません」と答えると、「では、少々お待ちください」と言われて、数分後には診察を受けることができたのだ。ごくあたりまえの例外対応を忘れてはならない。