総合<男性の育休>「取りたい」から「取らなきゃ」へ 共働き家庭をのぞいた
共働き世帯が増え、育児に熱心な「イクメン」がもてはやされている。政府は、2020年までに男性の育休取得率を13%まで上げることを目標に掲げているが、まだ一般的でないのが現状だ。一方で、男性の育休は「取れるなら取りたい」から「取らないと回らない」に変わりつつある。IT企業で育休を取得した男性たちを追うと、そこには流行の「イクメン」ではなく、共働きで必死に子供を育てる父親の姿があった。【中嶋真希】

神奈川県藤沢市の、海からほど近い一軒家。会社員の倉橋康友さん(32)は、朝から長女の希ちゃん(3)の世話に追われていた。6月16日に長男が生まれ、それに合わせて育休に入って5日目。慣れた様子で希ちゃんを着替えさせ、トイレに連れて行く。おかしを食べたがる希ちゃんに、倉橋さんは「ママには内緒にしよう」といたずらっぽく笑ってアイスを渡す。慌ただしさよりも、静かな空気が流れていた。
「洗濯したり、ごはんを食べさせたり、妻が入院する病院に泊まったり……。有給を使った短い育休だけど、休まなかったらこんなことできなかったでしょうね」と倉橋さん。急激な環境の変化で時折ぐずる希ちゃんを海に連れて行ったりと、精神的なケアもできた。「娘との絆も深まった」とうれしそうだ。希ちゃんも「パパ、パパ」と倉橋さんに頼り切っている。
この日は、妻陽子さん(33)が退院する。隣に住む女性が顔を出し、「もう退院した?」と聞いてきた。倉橋さんはお茶を出し、しばらく世間話をしながら希ちゃんの世話を続ける。女性は、うらやましそうに言った。「お父さんが育休取ってくれると助かるよね」
遊びたがる希ちゃんとシャボン玉をした後は、陽子さんを迎えに病院へ。生まれたばかりの赤ちゃんを抱く倉橋さんの顔がほころぶ。息がぴったりの倉橋さんと希ちゃんを見て、「2人の時間が過ごせて良かったね」と陽子さん。その後は、茨城県内にある陽子さんの実家へ、車で倉橋さんが送っていき、倉橋さんは育休を終えた。「下の世代も、育休を取ってくれたらうれしい」と倉橋さん。「そのためには、上が休まないと」
◇朝の世話を託されたのがきっかけ
倉橋さんは、東京都港区赤坂にあるIT企業「ショーケース・ティービー」で、経営企画室長を務める。経理を担当する陽子さんと12年7月に社内結婚、13年3月に長女の希ちゃんが生まれた。陽子さんは、14年春に復職する予定だったが、希ちゃんが保育園に入れず、半年延びて同年11月に復帰した。
1人目の時は、育休を取ろうとは思わなかったという倉橋さん。休もうと決めたのは、あるきっかけがあった。
同社の勤務時間は、午前10時から午後7時まで。娘を迎えに行くために、陽子さんは午後4時までしか働くことができない。倉橋さんも一緒に保育園への送迎を担ったりもしたが、「汗水垂らして働いているし、土日も遊んであげている」という思いもあり、今振り返れば積極的ではなかったという。陽子さんが希ちゃんをしかると、「そんな言い方やめなよ」と口を出すこともあった。
今年初め、時短勤務で満足に仕事ができないことに不満を持った妊娠中の陽子さんが、午前7~8時から仕事を始めることにした。遅くても午前6時半に家を出なければならないが、希ちゃんが保育園に行くのは午前8時。希ちゃんの世話と、保育園への送りを、倉橋さんが一人で担うことになった。
ぐずる希ちゃんを起こし、ごはんを食べさせる。1時間かけて支度を終えた矢先、希ちゃんが「やっぱり別の服がいい」と服を全部脱いでしまったことがあった。「やっと着せたのに、なんで?」。希ちゃんを本気で怒ることも増えた。今まで、陽子さんが怒るのを苦々しく思っていた自分が恥ずかしくなった。「そりゃあ、怒るよな」。頭ごなしにしかるのではなく、理解を示して言うことを聞かせるすべも身についた。
「妻のしつけに文句を言える立場じゃなかった。やってみると、『とにかく早く食べさせなくちゃ』『着替えさせなきゃ』で精いっぱい」。自分はこんなに働いているのに、という思いは、「働かせてもらっていたんだ」という意識に変わっていった。娘の世話を倉橋さんがするようになってから、陽子さんは不満を漏らすこともなくなった。2人目ができた時は、「出産前後は夫のサポートが不可欠」と、ごく自然に育休の取得を考えた。
◇社内で初めて育休をとった先輩は
「育休中は、メールをチェックしない勇気を持って。仕事しないで、子供と向き合ったらいいよ」
育休を2週間後に控えた倉橋さんにこうアドバイスしたのは、男性で社内で初めて育休を取ったイノベーション・テクノロジー本部部長、高野茂治さん(38)。3人目の子供が生まれた15年12月の2週間、上の子供2人を世話するために休みを取った。倉橋さんが無理せず育休を取れたのは、高野さんが先だって育休を取ったことも大きい。
高野さんが育休を取ったのは、「前例を作りたい」という思いもあったが、何よりも高野さんが休まなければ家庭が回らないという事情があった。3人目が生まれるのを機に引っ越した際、待機児童の壁にぶつかったのだ。
長女の華音ちゃん(5)は引っ越し先でも保育園に入ることができたが、長男の奏多(かなた)ちゃん(2)は入れなかった。妻の梨紗さん(27)はすでに産休に入っていたので、出産までは奏多ちゃんの世話ができたが、出産後は誰が面倒を見るのか。ちょうど、社内で在宅勤務や時短勤務を認めて多様な働き方をしようという機運が高まっていたことも背中を押して、高野さんが2週間の育休を取ることになった。
◇保育園はまだ見つからず
必要に迫られていたものの、育休を申し出るのは気が引けた。「子供が熱を出した日に休むだけでも申し訳ないのに、育休なんて。もしダメと言われたら……」。勇気を出して切り出すと、上司はあっさり認めてくれた。
同じように小さな子供がいて、常に社員に「早く帰りなよ」と声をかける副社長の存在も大きかった。育休後も3カ月間、定時より2時間早い午前8時に出社し、午後5時で切り上げて保育園に迎えに行った。
長男と次女の保育園はいまだに見つからない。妻は4月に復帰するはずだったが、まだ復帰のめどは立たない。「仕事よりも、子育てのほうが1000倍大変ですよ」と高野さんは苦笑いした。
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◇増える共働き、増えない保育園
独立行政法人労働政策研究・研修機構がまとめたデータによると、2014年に専業主婦の世帯は720万だったのに対し、共働き世帯は1077万。共働き世帯は、専業主婦世帯の約1.5倍になる。共働き世帯が専業主婦世帯よりも多くなったのは97年で、当時は専業921万、共働き949万とわずかな差だったが、共働き世帯はその後伸び続けた。
共働き世帯の増加にともない、待機児童の数も増えている。保育園に入れない児童と、希望する認可保育施設には入れなかったのに、自治体が待機児童数に数えていない「隠れ待機児童」を合わせると、昨年4月時点で約7万2000人に達する。