総合「働く社員にとって良い会社」とは「社員を正しく評価する会社」だ
下請けは元受けのリスクを被せられている
アイリスオーヤマの経営は、5項目からなる「企業理念」にすべてが集約されている。それは経営企画室がまとめ上げたようなものではなく、私自身の経営者としての経験から紡がれたものだ。
「1.会社の目的は永遠に存続すること。いかなる時代環境に於いても利益を出せる仕組みを確立すること」「2.健全な成長を続けることにより社会貢献し、利益の還元と循環を図る」「3.働く社員にとって良い会社を目指し、会社が良くなると社員が良くなり、社員が良くなると会社が良くなる仕組みづくり」「4.顧客の創造なくして企業の発展はない。生活提案型企業としての市場を創造する」「5.常に高い志を持ち、常に未完成であることを認識し、革新成長する生命力に満ちた組織体をつくる」だ。
父の急逝で19歳で社長になった私は、自分には営業力も経営力もないのを誰よりも承知しており、自分の強みは「若さしかない」と腹を括った。具体的には、どんな仕事でも絶対に引き受けることだった。声が掛かれば「イエス」で、儲からない仕事も「イエス」。儲からない仕事は、社員が帰った後に自分一人でこなした。
簡単に言えば、「損して得を取れ」である。注文をする方にとっては、これほど使い勝手のよい下請けはない。儲からない仕事ならば自分の体をすり減らせばよいだけだ。それで信用ができると、放っておいても仕事は来る。儲からない仕事を断るのは、自力を付けてからでいいと思っていた。
しかし2年ほどして、「これでは、食うことには困らないだろうが、俺の人生はこのままでいいのか」と思い始めていた。下請けの最大の課題かつ弱点が、値段の決定権がないことだ。これは今でもそうだ。半年に一度、納入価格の引き下げを求められる下請け企業がごまんとある。
納入価格の引き下げが、小売価格の値下げになり生活者の利益になっているのであれば納得もできる。だが実態は、発注元の利益を確保するために納入価格を引き下げさせている。彼らは、収益リスクを下請けに負わせているだけなのである。
私は、ビジネスはいつも対等だと考えていた。注文をもらうために頭を下げるものの内心では納得はしていなかった。そこで22歳で、自分の製品は自分で値決めできるメーカーに転じた。
漁業用の浮ブイや田植え機用の育苗箱で基盤をつくれたが、それは1973年以降の第4次中東戦争景気の反動で壮絶な値崩れに直面した。10年かけて貯めたお金は2年で底をついた。
良好な関係を築けていると信じていた問屋は、手のひらを返して値切りや取引中止を求めてきた。流通業者の意向次第で、汗水垂らして築いた商圏が一夜にして消失する経験を味わった。東大阪の工場を閉めて仙台に会社を移し、家族とも言える多くの社員に辞めてもらわなければならなかった。
恨み言を言うのではない。誰もが必死だった。しかし、「自分はそうはしない」。私が、そう決めただけのことである。
「全員が納得する人事」が重要
19歳で社長になった私には、いわゆる「勤め人」の経験がない。だから「自分が勤め人ならば、どういう会社で働きたいか」をいつも考えていた。
たどり着いた一つの結論が、「社員を正しく評価してくれる会社」だ。そこから経営理念第3条の「働く社員にとって良い会社」が生まれた。
アイリスオーヤマでは、30歳前後で就く「リーダー職」以上になると、夏と冬の賞与とは別に春にも「決算賞与」がある。当初の原資は税引後利益の5%だったが、2009年からは社員の努力をより忠実に反映する営業利益を基準とし、その4%と改めた。
社員が努力して営業黒字にしているのに、経営者の投資判断のミスで減損を出し、税引後利益が減ってしまうようでは理屈に合わない。
支給額は、利益貢献度や自己申告などで決める。前提になるのが公正で透明性のある人事評価だ。これには工夫を重ねた。世の中に100%公正な人事など存在しない。会社評価と本人評価は常にズレるものだ。だとするならば「全員が納得する人事」が大事なのではないか。
評価対象となる社員は約500人ほどいる。まず彼らに、私が決めたテーマで論文を書いてもらい、それを外部機関と人事が評価する。論文の内容と前年の成果は、2月に役員以下、同じ階層の社員たちを前に発表してもらう。同僚の前では誇張はできない。発表会には2週間を費やし、「全員が納得する人事」を実現している。
さらに2003年からは360度評価も取り入れた。私も部下から評価を受ける。こうして決算賞与の額や昇進昇格を決めている。
いろいろ取り組んできたが、結局、「会社が社員に与えるものなどないのではないか」と考えるようになった。あえて与えるものがあるとすれば、「場」でしかない。社員が会社を場にして活躍でき、それが本人にとって喜びとなるような仕組みを用意できるか。経営とは、それ以上でもそれ以下でもないのではないか。
そもそも人事の基本は適材適所であり、だからこそ見るべきは適性だ。ただ人事担当者は、心理学者でも精神医学者でもないから適性を一発で見分けられるほど万能ではない。また、環境によっても適性の発揮のされ方は変わる。
アイリスオーヤマでは人事異動が比較的多く行われる。より適性に合った仕事を社員と人事担当者が一緒になって探しているからだ。「ここで我慢せい」とは言わないが、人事が正しいとも限らない。愚直だが、そういうことを繰り返さないと本当の適性など分からない。
今は、地域限定社員制度の導入を積極的に考えてもよいのかもしれない。背景にあるのは介護と地域創生だ。給与面では若干のハンディがあるかもしれない。にしても、「場」の提供が会社だとするならば、それぞれの事情に応じた多様な働き方を支えられる「場」の用意は、現代の経営の大きな課題になっているように思う。
買収した赤字会社を3年で黒字にする方法
もう一つ、アイリスオーヤマの経営を特徴付けているのが、海外子会社から配当を受けないことと、経営不振に陥った会社や事業を買収して再建する手法だろう。
「働く社員にとって良い会社」は、海外子会社でも当然同じだ。自らコストダウンや業務改善に努力して利益を出しても、親会社に持って行かれるのでは、かつての下請けと同じではないか。これではやる気は出ない。
だから海外子会社からは配当を受け取っていない。現地法人が頑張って稼いだ利益は全額、現地での再投資や預金にする。
日本企業の海外子会社などからの配当金や利子収入である第1次所得収支は、3年連続で過去最高の黒字を更新しているという。その額は、2015年実績で約21兆円。国の富であるが、単に資本の論理に終始していることはないだろうか。
国内で初めてのM&Aを行い、グループ企業として迎え入れたのが民事再生法を申請した老舗家具メーカー「チトセ」だった。営業権を譲り受け「アイリスチトセ」として再出発した。
当時のアイリスチトセの主力商品は、家庭で使用する子ども用の学習机だった。学習机は保管や運送にコストがかかり、“人がやりたがならないビジネス”だからこそチャンスがあると考えた。しかし手間が掛かるわりにクレームが多く業務がパンクしたため、3年で撤退した。
しかしアイリスチトセにはもう一つ、大きな商材があった。学校用のパイプ椅子とパイプ机だ。「スクールセット」と呼ばれるもので、自治体の入札営業であり、ブランドよりも品質や価格が重視される。「大連につくった家具工場を活用すれば……」と勝算があった。学校関係者の「不満」を丹念に拾い、アイリスオーヤマならではの「ユーザーイン」で従来にない製品を提案し、首位メーカーの地位を確立できた。
アイリスチトセが利益を出せる会社になったのは、まず人員整理をしなかったことだ。人を切れば職場は荒れる。その上でまず、借金を肩代わりする。資金繰りのための安売り販売を止めさせ、付加価値優先の営業へと舵を切る。併せて事務所や物流センターなどの施設と、経理や人事などの間接業務はアイリスオーヤマがシェアして共通経費を減らす。
止血作業ができれば黒字になる可能性が出てくる。また経営の状態をできる限りオープンにして社員の働く意欲を引き出すのにも力を注いだ。全体業績はもちろん、個人別のコストや収益まで開示し、各々が利益を生むために何をすべきかを考えてもらう。
新会社発足時には、営業担当者の個人別損益は赤字だった。しかし、なぜ赤字なのかを分かっている社員はいなかった。売上が足りないのか、経費がかかり過ぎているのか、経費ではどの経費に課題があるのか等々。それらをきちんと分析でき、対応策を考えられる情報を提供する。
自分の働き方次第で、しかもどのような働き方をすれば会社が生き残り、利益を生み出せるのか。その結果、会社倒産という無残な思いを抱いたまま再就職先を探さなくても済むと理解できる。人は付加価値を生むために頑張るのであり、それを知った者こそ働く意識やモチベーションが変わり、自立・自律的に働き始める。
アイリスチトセを手始めに、新日本製鉄の子会社から釜石製鉄所の使い捨てカイロ事業と脱酸素材事業を買収して社員も引き継いだ。椅子メーカーのホウトクは、ホテルの宴会場で使われている高級感のある椅子で高いシェアを持っていたがTOBで上場を廃止し、グループ企業の1社になった。
いずれも再建にあたっての手法はアイリスチトセと同じである。借金を肩代わりして資金繰りのための安値販売を止めさせる。経営情報を公開して自らの事業を検証してもらい自立・自律的な働きを見いだしてもらう。
グループ企業として間接業務のシェアや基幹システムの共同利用などによりコストも減らす。これはアイリスオーヤマにとってもメリットのあるものなのだ。
どの会社も買収から2年か3年で2桁の営業利益を確保することができた。
会社の主役は、自立・自律した社員
アイリスオーヤマには「中期経営計画」というものがない。規模を大きくしたいと思わないし、中計で数字を目標にしても意味がない。それが「主」になり、働く人が「従」になってしまうからだ。いかなる時代環境でも利益を出せる仕組みづくりを進め、その上で「良い会社」を創ることこそが大事だ。
良い会社とは規模の大きい会社とは違う。良い会社には、3つの意味がある。経営者にとって良い会社、社員にとって良い会社、地域にとって良い会社だ。これらは全部顔が違う。
だからこそ5項目の企業理念に全部を集約した。それらは密接に絡み合ってもいる。
第2条では「健全な成長を続けて社会に貢献する」とうたっている。これは会社は社会の公器であるのを前提に、地域が必要とすることには協力するというものだ。
アイリスオーヤマは、地元のプロオーケストラである仙台フィルハーモニー管弦楽団をサポートしているほか、東北楽天のメインスポンサーであり、ベガルタ仙台のスポンサーだ。
これらは宣伝や見栄でやっているのではない。頼まれて、やれることがあればやる。地域貢献では、自分ができることを、できる範囲で、全力でやることが公器としての責任の第一歩だ。
社員にすれば、単に給料の多寡だけが問題なのではない。働きがいや、周りの人たちから「良い会社で働いているのね」と言われるのが嬉しく、誇りであり、それで前向きになれる。しかしよくよく考えれば、そういう良い会社を創るのは、実は社員自身なのだ。
そのために経営者がなすべきことは、ただ一つだ。「ここがゴールだ! ここにボールを入れろ!」とはっきりとストーリーで示す。それが分かるから社員は、右からでも左からでもシュートを放てる。
社員がシュートを放ち続けられるように、経営者は、どんなことがあっても倒産しないような安定した働きの場を提供する。自己資本比率を高めにするために配当は低くて構わない。そして社員は、その場を存分に享受して働きがいを自らの手で追求すればよいのだ。
アイリスオーヤマの次の社長は息子の予定である。彼には株も渡してある。息子には、「身の丈に合った経営をしろ」と口うるさく言ってきた。そして、「会社を大きくしたいのならば自らの身の丈を大きくしなければならない」とも言ってきた。
だから今、息子はしゃかりきになっている。親というよりは先代の経営者として私が自らの経験から絞り出してきた考え方や言葉を、息子自らのものにしてさらに身の丈を大きくできるかどうかに必死なのである。