雇用増加にあの手この手 「地方版総合戦略」 計画から実行段階へ

総合雇用増加にあの手この手 「地方版総合戦略」 計画から実行段階へ

自治体の人口減少対策や地域経済活性化のマスタープランとなる「地方版総合戦略」が3月中にほぼ出そろい、計画が実行段階に入る。戦略に基づいて、大都市への若者の流出を食い止めるため、農林水産業など地場産業の振興や特区の活用など、創意工夫を凝らした雇用を増やす取り組みが進められている。

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長崎県五島列島の南半分を占める五島市は、基幹産業の漁業不振で若者の流出が続き、急速な人口減少と高齢化に直面している。市がまとめた地方版総合戦略は、若者を島に呼び戻そうと、マグロ養殖など地場産業の活性化を打ち出している。

◆マグロ出荷目標1.5倍

市の人口は1955年の約9万2000人をピークに減少傾向が続き、今年2月時点で約6割減の約3万9000人となった。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)は2060年に約1万3000人に落ち込むと推計。市は「病院など公共施設を維持できなくなる恐れがある」と危機感を募らせていた。

市の戦略の基礎資料となる人口ビジョンは、60年に約2万人を維持する目標を掲げ、UターンやIターン者を早急に年間100人増やすなど移住者誘致に力を入れるとした。戦略作成を担った米山尚志・市長公室長補佐は「進学や就職で9割が島を離れている高校生の雇用の確保が、人口減を緩和する鍵となる」と指摘する。

海水温が高くマグロの成育に適した五島市沿岸では、大手水産会社が1990年代後半から養殖を開始。その後、参入企業が相次ぎ、現在は市内に7カ所の養殖場があり、40人以上の地元雇用が増えたという。

市東部の養殖場では、静かな湾内に数十メートル四方のいけすが並び、約2万匹のマグロが飼育されていた。所長を務める楳田輝さんは「離島なので輸送費は掛かるが、高く売れるので黒字を維持できている」と話す。

市の戦略は養殖マグロの出荷量を5年間で1.5倍とする目標を設定。東京や福岡の百貨店やスーパーへの売り込みを強化するなど販路を拡大し、物流や水産加工に関連する雇用の増加も目指す。市水産課の豆谷孝志さんは「雇用が増えれば、若者が戻って来ることができる」と期待を膨らませる。

秋田県東部の人口約2万8000人の仙北市は、人口ビジョンで2060年に社人研推計よりも5000人以上多い約1万6000人とする目標を立てた。

総合戦略では、規制緩和で地域経済を活性化させる「地方創生特区」をフルに活用して人口減に歯止めをかける狙いだ。

昨年3月に特区に指定された仙北市は、国有林を民間に開放する特例を利用して豚を放牧、農地法の特例を受けた農業法人による生ハム加工に乗り出す計画で、年内にも事業がスタートする。ヒツジのようなかわいい巻き毛が特徴のブランド豚「マンガリッツア」の導入も検討しており、農業法人社長でレストラン経営の金子裕二さんは「観光客も呼び込め、相乗効果が期待できる」と意気込む。

◆特区でドローン大会

小型無人機「ドローン」の飛行手続きを簡略化する特区では、申請後に即日許可できるようにするなど、企業や研究者が実験しやすい環境を整備。7月には特区を活用したドローンのレース大会の開催も決まった。

市の担当者は「市にはIT企業が少ないので、ドローンの町に変われば、若い人や都会から来る人たちの受け皿になる」と力を込めた。

■交付金の増額要望も 複数自治体や官民が連携

地方版総合戦略では、複数の自治体や官民が連携して観光振興や移住促進などの施策に取り組むケースが目立った。単独の市町村では財源や人材が限られるためで、自治体の枠を超えて地域の課題の解決を目指す。

政府は2015年度補正予算に1000億円を計上した「地方創生加速化交付金」で戦略に盛り込まれた事業を支援。16年度には1000億円の「地方創生推進交付金」を創設し、全国のモデルとなる事業に手厚く配分し、最長5年間の事業も認めるとした。

ただ、地方側からは「戦略を本格展開するには、さらなる規模の交付金が必要だ」(四国の自治体関係者)と既に増額を求める声も出ている。

遠隔地の自治体同士の連携では、青森県弘前市と大阪府泉佐野市が就労支援で協力。関西地域で就農を希望する若者を泉佐野市が受け入れ、弘前市のリンゴ農家で実地研修を行う。移住を希望する関西の若年女性について、弘前市が雇用を支援する事業も進める。温暖な気候が共通する静岡、香川両県は、ミカンやオリーブといった農作物を低コストで安定生産するための機器を首都圏や地元の大学と共同開発し、生産拡大とブランド化を目指す。東京23区にも地方と連携する動きが出始めた。杉並区は北海道名寄市など4市町と協力して「お試し移住」や観光交流を推進し、東京一極集中の是正につなげる。

【用語解説】地方版総合戦略

全ての都道府県と市区町村が作成する人口減少対策の5カ年計画。地域の人口の将来展望を示す「地方人口ビジョン」とともに、政府は3月末までの作成を求めている。戦略では、出生数や移住者数といった具体的な数値目標を定め、2015年4月から5年間で取り組む産業振興や町づくりなどの具体策を明記する。政府は、小規模市町村への国職員の派遣や、地方創生関連の交付金などで戦略作成を支援している。

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■「学術研究拠点」で産業育成

□長野県飯田市長・牧野光朗氏

長野県飯田市の地方版総合戦略の柱となるのは、リニア中央新幹線の2027年開業を見据え、航空宇宙産業や医療、食品など地域の産業を育成するための「学術研究拠点」をつくることだ。

今までの自治体の産業づくりは、工場や企業の誘致が中心で、地元の産業を育む発想がなかった。研究拠点は高校の廃校舎を活用して、信州大と連携して17年には航空機システムの講座を開く。

研究拠点には市からも事務局として人を出し、一体となって有能な人材の誘致を狙っていく。人的ネットワークをベースにして付加価値を生み出す仕組みをつくり、国際競争力を高める。

財政難で行政サービスのコンパクト化を迫られる中、サービス拡充を目指すという二律背反的な課題に直面している。

このため戦略には、保育園の屋根などを使う太陽光発電や小水力発電といった再生可能エネルギーによるコミュニティービジネスの創出を支援する計画も盛り込んだ。住民の主体的な活動を後押しして地域の自立を促し、行政が補完役となる体制の構築を目指す。

一つの政策だけ進めれば地域が存続するという状況ではない。子育て支援や医療体制の充実も図り、地元の住民が住み続けやすく、都市に出た若者が帰ってきたくなる土壌づくりを進めたい。

【プロフィル】牧野光朗

まきの・みつお 1961年長野県生まれ。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)などを経て2004年から現職。

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■学生や外国人観光客を誘致

□新潟大教授・田村秀氏

地方行政の研究で培った知識を、小規模自治体の現場で実践したいとの思いがあり、昨年4月、群馬県みなかみ町の非常勤参与に就任した。

町は上越新幹線で東京と1時間余りで結ばれ、温泉やアウトドアスポーツといった観光資源も豊富だ。ただ、企業や工場を誘致しても若者の流出は止まらず、人口減少は加速している。

地方版総合戦略の内容を検討する会議の議長として、住民や観光業界、金融機関といった関係者の意見をまとめた。作成過程で外部の助言機関などは一切使わず、住民らの意見や希望を土台にした。作成期限より前の昨年10月末に仕上げた。

戦略に基づき官民連携の観光推進組織を全国に先駆けて立ち上げた。さいたま市や台湾・台南市など友好都市との関係を深め、学生や外国人観光客を呼び込む計画だ。

人口ビジョンで2040年に、女性1人が生涯に産む子供の推定人数を示す合計特殊出生率を2.1程度とする目標は高すぎるのではないかとの指摘もあった。だが、それぐらいを目指さなければ人口は安定しない。

戦略では、空き家の利活用や賃貸住宅の拡充によりUターンやIターンを促し、子育て世帯への支援を強化する方針を盛り込んだ。人口減に歯止めをかけるには戦略が最後のチャンスで、実行に移さない選択肢はない。

プロフィル】田村秀

たむら・しげる 1962年北海道出身。自治省(現総務省)などを経て2007年から現職。専門は行政学。