総合経営者は「人事はバックオフィス」という考えは捨てた方がいい
加速するビジネスの世界にあって、ヒット商品の賞味期限は日に日に短くなっている。そんななか、「企業はますます、人材によって事業戦略を規定される」とリンクアンドモチベーショングループ 小笹芳央代表は語る。生き残りたいのなら、経営者は「人事はバックオフィス」という考えは捨てた方がいい。
これからの時代は“事業戦略”よりも“人事戦略”の重要性が高まるーー。これは、私がリンクアンドモチベーションを創業した16年前から社会に発信してきたメッセージだ。企業が直面する2大市場は「商品市場」と「労働市場」。この2大市場への適応力が企業の盛衰を決めることになる。
ところが多くの企業では「商品市場」への適応=“事業戦略”が過度に重視され、労働市場への適応=“人事戦略”は、バックオフィスの業務と捉えられ、どちらかと言えば軽視される傾向が強かったように思う。
しかし、時代は大きく変わった。IT技術の発展や顧客ニーズの多様化、高度化といった流れによって、一度は成功したビジネスモデルも商品も、短期間のうちに模倣されたり陳腐化したりする時代となった。すなわち、一発のヒット商品で長期間にわたって安泰でいられる時代ではなくなったのだ。そういう意味では、企業にとっての重要テーマが「いかに変化に対応し続けるか」に変わったと言えるだろう。
そもそも、戦略を生み出すのも商品を生み出すのも、そこで働く「人材」。企業にとっての最大最強の資源である「人的資源」の採用や登用や活用といった“人事戦略”こそが、商品サービス市場での勝敗を決する時代に突入している。つまり、企業が注力すべきは「労働市場への適応」「労働市場における優位性の構築」なのだ。
多様な人材から選ばれ続ける企業へ
企業が「労働市場への適応」「労働市場における優位性の構築」を実現するには、多様な人材を惹きつけ、活用できる魅力因子を組織内部に創り出す必要がある。多様なスキルや経験を持つ人材を取り込むための魅力因子を備えることはもちろんのこと、今後は、働く日数や時間、働く場所、契約形態などの多様化を図り、有能な人材から「働きたい」と思ってもらえるようなメニューを整備しなければならない。人材流動化が進む状況下では、ますます「人材を惹きつける」「人材から選ばれる」企業を指向すべきである。
経済発展を成し遂げ成熟期に入った今日の日本では、「ワークモチベーション(=働く目的)」の多様化が進展し、働き方の自由度を求める声が大きくなっている。この変化に企業が適応するには、多様なスキルや背景を持った人材に「働きやすさ」と「やりがい」を提供すること以外に道はない。働き方のメニューやインセンティブを多様化することで、結果的に“ホモ集団”から“ヘテロ集団”への変貌を目指すことが多くの企業の危急のテーマではないだろうか。
多様性の進展と逆張りの求心力強化を
企業にとって労働市場への適応は重要なテーマであり、そのためには多様性を取り入れる必要性が迫っていることを述べたが、その一方で「多様性を“束ねる”」取り組みにも注力しなければいけない。なぜなら、「統合なき多様化」は企業の生産性を著しく下げてしまうからだ。「性別」「年齢」「経歴」「職務」「国籍」「働き方」「雇用形態」などに多様性を持たせつつ、一方で、それらを一つのベクトルに束ねる必要がある。
企業にとっての統合軸は「使命」「ビジョン」「経営理念」など。多様な人材が集い、協働する旗印のようなものと捉えれば分かりやすいだろう。また、企業独自の“戒律”のような取り決め、いわば行動指針やルーティンのようなものも必要となるはず。多様性の取り込みによって空中分解しないような「統合軸」の設定と浸透策は、現在、多くの大企業が危機感を持って向き合っているテーマでもあるのだ。
旧来の人事制度の抜本的な見直しを
1990年代の後半から「成果主義人事」が企業社会の主流となってきた。しかし、いまだに右肩上がりの処遇制度の色合いを強く残しているのが実態である。これは、出産、育児、介護などのライフステージの変化をすべて女性に委ねてきた社会的風潮を前提として成立してきた制度であり、言い換えれば、ライフステージの変化に見舞われなかった男性社会向けの制度なのだ。
昨今、ダイバーシティの流れの中で「女性活躍推進」の重要性が叫ばれているが、右肩上がりの処遇制度を見直さなければ、単に「女性の男性化」を強制するだけに終わってしまう危険性がある。個々人のライフステージの変化や多様な働き方の要望に対応するためには、企業と社員がその都度の状況に応じて役割・期待関係を「握り直す」「選び直す」制度の整備が求められる。
つまり、右肩上がり一辺倒の処遇制度ではなく、ライフステージや役割や能力や組織への貢献方法の変化によって、アップすることもあれば、ダウンすることもある制度。企業と社員が双方の納得感を持ちうる「握り直し制度」「選び直し制度」への切り替えを急ぐべきだ。
人事戦略が事業戦略に影響を与える
今後は、「事業戦略に合致した人事戦略を」といった考え方すら時代遅れになるだろう。「人事戦略こそが事業戦略に大きな影響を与える」時代だからだ。人事戦略の成否によって事業戦略の選択肢も増減する。CEO(最高経営責任者)とCHRO(最高人事責任者)が一心同体で、ビジョンを共有して労働市場への適応を先行した企業が繁栄することにまちがいない。
小笹芳央◎リンクアンドモチベーショングループ代表。早稲田大学卒業後、株式会社リクルート入社。2000年、株式会社リンクアンドモチベーションを設立。現在グループ13社の代表を務める。著書に『会社の品格』(幻冬舎)他多数。