タレントマネジメントが注目されるようになった背景

総合タレントマネジメントが注目されるようになった背景

経営環境が激しく変化していく中で、企業はますます人材を効率的に活用していかなければいけない。では、どうすればいいのか。近年日本企業の間にも広まりつつある「タレントマネジメント」について、インテリジェンスHITO総合研究所の渕田任隆氏に話を聞いた。

市場の多様化、需要の縮小、競合企業の増加、多角的事業展開やグローバル展開の必要性……。こうした荒波を乗り越えていくためにさまざまな能力を持つ人材を効果的に活用して、生産性の向上や新たな価値の創造を考えていくことは、経営者にとって2016年も大きな課題だと言える。

企業の成長や事業継続性の拠り所となるのは間違いなく人材の力であり、人材一人ひとりの能力を企業のどのようなポストで活用していくかという選択を誤れば、その企業は停滞や衰退を余儀なくされると言っても過言ではない。企業の未来を担う次世代のリーダーを育成することも、大きな課題だ。

yd_mane1.jpg人材を効果的に活用することは企業にとって大きな課題(写真はイメージです)

このような課題に対するひとつの答えとして注目されているタレントマネジメントは、欧米の企業から生まれ、既に日本企業の多くも導入している考え方だ。企業はどのような考えや目的のもとでタレントマネジメントを導入し、また実際に成功している企業はどのような形で実践しているのだろうか。インテリジェンスHITO総合研究所の執行役員である渕田任隆氏にお話をうかがった。

渕田氏は人材関連を専門とし、20年以上に渡りヒューマンリソース分野のサービス構築・提供に関わってきた。前編では、タレントマネジメントが注目されるようになった背景や、日本企業の導入事例などについてまとめる。

タレントマネジメントの背景に、企業を取り巻く“2つの変化”

――日本国内でタレントマネジメントの必要性が高まってきた背景について教えてください。企業はタレントマネジメントに何を求めているのでしょうか?

渕田氏: 背景には、企業を取り巻く2つの流れがあるのではないかと思います。1つは、経営環境の変化です。具体的には、グローバルでの競争が激化したり、商品・サービスに対するリテラシーの向上や情報格差の縮小が起きたりといった顧客ニーズの変化、ITの利活用によるビジネスモデルの変化といったもの。

一方で従業員側も、長時間労働からライフワークバランスの重視への変化や労働人口の現象、ダイバーシティへの意識拡大といった“働くこと”への意識の変化が起きています。こうした社会変化や経営環境の変化の中で企業が競争を勝ち抜くためには、他社にはない、過去にはない新しいビジネスモデルや価値の創出が必要になってきています。

もう1つの流れは、これまでの企業の人事マネジメントに対して疑念が広がってきているということです。つまり、今まで競争を勝ってきた企業には、必ずその中心となる人材がいる。しかし、この人材で今後も勝ち続けることができるのか、ということに対して疑問や懸念を抱き始めているのです。

例えば、コミュニケーション能力やチームワークを重視してきた採用基準は従来通りでいいのか。昔の競争状況であれば、チームの協調性を重視して勝てる状況だった。しかし、新しいアイデアの創出を求めるこれからのビジネスにおいて、その採用基準が果たして本当に適切なのか。「ダイバーシティ(多様性)」といった特長のある“尖った”人材を求めておきながら、(採用基準が変わらないので)実は同質化してしまっているのではないか。

また人材育成の面では、日本はこれまでミドルマネジメント層が強いと言われてきましたが、それに対する疑問も広がっています。組織の中で従業員の構造はピラミッド型になっていて、先輩が後輩を育てるというサイクルができ上がっていました。しかし、不況やリストラの影響もあり、そのサイクルが途切れたり、リソース不足のためミドルマネジメント層が現場の仕事に追われて人材育成ができない状況が生まれています。

加えて、これまで管理職などへの人材登用の基準は過去の実績が最も重視されてきましたが、それが本当にいい選抜方法なのかということにも懸念が生まれています。しかも、その実績というのは先輩の頭の中にある部下の特長や実績といった過去情報を拠り所にしているのです。こういったさまざまな人事マネジメント上の懸念を受けて、求める人材をこれまで以上に明確化し、計画的に育成していくということの必要性が高まっています。

こうした、新しいアイデアを創出しなければならないという社会環境・経営環境の変化から生まれるニーズと、求める人材を計画的に育成しなければならないという人材マネジメントのニーズを背景にまとめると、これからの時代は人材の希少価値(人材が持つ能力や資質)をこれまで以上に重視しなければ、競争優位性を生み出すことができない状況になってきているのです。

日本の人事マネジメントはこれまで年次管理、年功序列で行われ、また社員の管理も総合職、一般職、非正規(派遣や契約社員)といったカテゴリーで行われてきました。しかし、この仕組みでは人材の良さを引き出し、経営に生かすことが難しくなってきています。こうした従来の考え方を撤廃しなければならない時期に来ているのです。

タレントマネジメントの実践に“3つの傾向”

――ひとことで「タレントマネジメント」と言っても、その方法には企業によって特色があるのではと思います。企業が実践するタレントマネジメントの傾向を教えてください。

渕田氏: 企業のタレントマネジメントには3つほどの傾向があると思います。もっと言うと「タレントマネジメント」という言葉は、企業によってその解釈が大きく異なるのです。

1つ目の考えは、限られた人材、選ばれた優秀な人材を「タレント(能力のある人)」とみなすというものです。グローバルで事業を展開している企業、海外に数多くの現地法人を展開している企業の経営層を育てていかなければならないと考える企業、優秀な人材をグローバル規模で適材適所していこうと考える企業に多くみられます。企業の人材を2(将来を担える優秀な人材):6(事業で活躍できる人材):2(業務についていくことが難しい人材)に分けたとき、上位2割にあたる優秀な人材をリストアップしてキャリアパスを提示して育成し、必要なポストに登用していくというものです。

ただ、この「優秀層だけを選別して施策を打とうとしている」という印象が、多くの割合を占める中間層以下の社員のモチベーション低下につながることを懸念して、こうした企業は「タレントマネジメント」という言葉を使いたがらない傾向もあります。日本の企業は商品・サービスの品質の高さで世界と勝負しているところがあり、この品質を担保するために社員一人ひとりが高いクオリティの仕事を実現することが、競争力の源泉になってきます。その社員のモチベーションを下げてしまっては、企業にとって大きなマイナスになってしまうのです。そのため、あえて「タレントマネジメント」という言葉を使わない企業は複数見られます。

2つ目の考えは「とはいっても、中間層(6割)も重要ではないか」という考えのもとタレントマネジメントを実践することです。国内マーケットで競争優位性を築こうとする企業に多く、その目的は人材の底上げ、多くの人材を育てることで総合力を高めていこうという傾向にあります。「適材適所」という言葉が多く使われるケースです。これまではポストに対して感覚的に人材を充てていったところを、人材のデータを管理して計画的にやっていこうとしています。この2つの考え方を総合すると、タレントマネジメント=優秀層の選抜・育成であるという世の中のイメージには、少し誤りがあることが分かります。

3つ目の考えは、この2つの考え方をミックスしたようなもので、国内・海外の優秀な人材はグローバル規模で活用しながら、日本国内では中間層の育成もしっかりやっていこうとするものです。グローバル規模と国内のタレントマネジメントを同時並行的に行っているケースです。こういった3つの傾向は、あくまでも企業の状況やビジネス特性に関係があるものなので、それを認識しておかなければならないと思います。

これまでの人材マネジメントを、“より確かな”レベルに引き上げる

――このような状況を踏まえて、企業はタレントマネジメントをどのように考えていく必要があるのでしょうか。

渕田氏: 私は、タレントマネジメントを議論するためには枠組みが必要なのではないかと感じています。競争に勝ち抜くためには新たな価値の創造が必要であり、企業は人材一人ひとりを見つめて、「何ができるのか」「何ができそうか」「何をやらせたいか」という部分に視点を移していかなければなりません。それが、企業がタレントマネジメントを考える出発点になるのです。その上で、企業が求める人材の発掘、配置・育成、動機づけを「より確かに」行っていく必要があります。人材発掘、配置・育成、動機づけは、企業がこれまでもやってきたことです。しかし、これを「より確かに」行うということは、これまでとその方法を変えなければならないことを意味しています。

例えば、その人材の特長や適正を見極めるためには、上司部下の関係だけで生まれる“頭の中のデータ”で人材を捉えるのではなく、その人のスキルや業務経験を共有化して複数の社員で多角的に評価して、適正に合わせたキャリアプランを考えることが必要です。人材のスキルや業務経験を企業の財産にして、複数の眼で人材を発掘しようという考え方です。

人材の育成にとって重要なのは「どんな仕事をやってもらうか」という点。人事の世界では人材成長の要因として「業務経験70:先輩や上司の指導20:研修10」という法則が言われていますが、人材が成長するためには業務経験が大きな影響を与えるものです。そのためには、その人がどういう人材かを正確に見極め、“(成長のためには)このチャレンジをさせたい”という考えのもと、最適なポジションに配置して経験を積ませることが最も重要なのです。

加えて、自らキャリアプランを描けるように動機づけをしていくことも大切です。これまでは、会社からプランを与えられたり、年功序列で自分の将来が(先輩の姿を通じて)見えていたりしていました。しかし、M&Aや組織再編などが活発で会社が将来どうなるか分からない環境変化の激しい状況では、社員が自らキャリアプランを描いていくことが求められます。企業はそのための動機づけをしていかなければなりません。タレントマネジメントにおいては、こうした確かな人材発掘、配置・育成、動機づけの方法を、企業ごとにきちんと考えていく必要があるのです。

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後編では、このような傾向を踏まえて具体的に企業がどのような形のタレント・マネジメントを実践しているのか。そしてタレント・マネジメントで陥りやすい失敗などについて、引き続き渕田氏に話を聞いていく。