総合人事部が変われば、現場が変わる、店頭が変わる とことん“個”に向き合う三越伊勢丹グループの人材戦略とは

株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 執行役員 人事部長
旧来の業界の価値観を覆し「スタイリスト」を尊重する理由
―― 三越伊勢丹グループでは「高収益で成長し続ける世界随一の小売サービス業グループになる」というグループビジョンを実現するために、「販売力」をあらためて事業運営の要と位置づけ、現場のスタイリスト(販売員)の支援・育成に力を入れています。
何といっても百貨店は小売業ですから、要は販売力。それを店頭の最前線で支えるスタイリストこそが主役であるべきだと、われわれは考えています。そもそも販売員を「スタイリスト」と呼んでいること自体、そうした理念の表れなんですね。当社では最も重要な業務である販売に携わる従業員を大切にし、いままで以上に尊重していくために、2012年度から従来の販売員の呼び方を「スタイリスト」に変えました。この表現には、「お客さまの豊かさ、お客さまの魅力、お客さまの上質、お客さまの感性、お客さまの新しさ、さらにはお客さまの未来をスタイリングしていく」という本質的かつ革新的なミッションが込められています。
―― 百貨店業界のヒエラルキーでいうと、キャリアの“花形”はバイヤー(仕入れ担当)だとよく言われますが。
だからこそ、われわれは変えたんです。一見華やかなバイヤーに偏りがちだった旧来の業界のヒエラルキーや価値基準を正したかった。そこには、現トップの大西(代表取締役社長)の思いが強く働いています。「入社以来一番きつかったのは最初の5年間の販売だった」と、大西は社長就任以来繰り返し言い続けています。そうしたトップ自身の経験が、お買場(売場)を支えるスタイリストをより評価し、大切にしていこうという当社の経営理念の原点にあるわけです。
もちろん、お題目だけじゃありません。実際の業務そのものも見直し、従来バイヤーに寄り過ぎていた部分をもう一度店頭サイドに引き戻すイメージで、スタイリストを束ねるセールスマネジャー(SM)の権限とそれに伴う責任や業務範囲を拡げました。SMが、店頭でお客さまと直に触れあうスタイリストを通じてニーズを吸い上げ、それに基づいて品ぞろえをバイヤーに要望し、商品のディスプレイから販売プロモーションの企画・運営まで取り仕切る。お買場づくりの業務フローを、SMを起点として再構築したのです。人事に限らず、どんな改革でもそうですが、根本課題を抽出し、論理的に戦略を立てて、実際のビジネスプロセスから評価の仕組みまで変えていかないと。いくら店頭で販売に携わる人が大切だ、主役だといっても、かけ声だけでは何も変わりません。
―― さまざまな人事改革に取り組んでこられた中村さんですが、12年4月に人事部長に就任されるまでは、経営企画や営業企画の経験が長く、人事畑とは無縁だったそうですね。
ええ。まさか自分が人事部長になるなんて、夢にも思いませんでした。ただ、外から人事部を見ていて思うところはありました。その問題意識はおそらく、トップが抱いていたものと、かなりの部分で共通していたのでしょう。着任にあたって、大西には「従来の発想にとらわれず、人事の抜本的改革をすすめてほしい」と言われましたから。
―― その問題意識とは何でしょうか。
当たり前の話なのですが、人事部自体がきちんとしていなければ、いい人事はできません。つまり人事部そのものに課題があるのではないか、という問題意識です。外からその課題の具体的な中身までは見えませんでしたが、やはり人事部のパフォーマンスが少し低いなとは思っていました。たとえば新しい発想が少なく、業務的、管理的に仕事をこなしており、結果として現場や従業員へのサービス提供という人事部本来の役割が果たせていないなと。そんな印象があって、実際に来てみたら、はたして課題が見つかったというわけです。
「切れている」――人事部の課題が組織全体の人事課題だった
―― では、販売力強化のための人事改革に取り組む前に、人事部改革が必要だったということですか。
いえ、どちらも並行してやらなければいけません。人事部そのものの改革に取り組みながら、全社的な人事改革も進めました。人事部改革は人事改革を進める上での、いわばインフラですし、また実際の仕事で具体的な成果を出していかないと、人事部自身も変わっていきません。だから、並行して進めたのです。そして、もうひとつ大きかったのは、当時の人事部が抱えていた課題と、グループ全体に見られた人事面の課題が、実は共通していたということ。人事とか人材とか、あるいは働き方といったことに関して共通する根本課題があった。人事部の課題は、グループの人事課題でもあった。そこに気がついたんです。
―― その根本的な人事課題とは何だったのでしょう。
ひとことで言えば、「切れている」ということです。この簡単な一言に課題が集約されていました。人・組織・仕事がいろいろな意味で切れていた。たとえば同じ人事の問題でも、人によってまず関心事が違いますよね。自分自身の評価に関心がある人もいれば、部下の昇進昇格が気になる人もいる。あるいは、今年の採用は良かったとか悪かったとか。人事が大切といいながら、その一部の、自分が関心のある個別の問題しか見ようとしない。これって「切れている」状態ですよね。
それから人事部の中でいうと、人材を採って、配置して、育成して、評価するという一連の業務のプロセスが、やはり切れていました。なぜ切れてしまうのか。私なりに観察したり、話を聞いたりして原因を探ってみた結果、見えてきたのが反省の欠如に伴う“他責”の風土です。要するに、自分の担当業務だけが仕事だと、勘違いしているんですよ。たとえば採用担当者なら、本来はその人材がどういう形で配置され、どんな教育を受けるのかというところまで想定しながら、採用活動を行うべきでしょう。ところが、自分の仕事が後工程にどう影響するかとか、前工程の人がどういう意図でこの仕事を自分に渡したのかなんて、考えていない。何かトラブルが起きたら、他人のせい、他部門のせい。担当や部署の枠を越えて、知恵を出し合うという意識も仕組みもなかったんですね。他責だから切れるし、切れているからますます他責になっていく。そんな悪循環だったのではないでしょうか。
―― 人事部内では、誰も「切れている」という現実を認識していなかったわけですか。
仮に気づいていたとしても、重大にとらえてはいなかったと思いますよ。だから、私が「切れているよ!」と、示さなければならなかった。人事部員の猛省を促すために、合宿もやりました。他責に基づくすべての不平不満を一度脇に置いて、自分たちはいったい何が悪いのかをとことん議論して問い直す。そこから始めたんです。

また、以前は業務のフローが切れていたことで、ケアレスミスが年間100件も頻発していました。そもそもこのデータも整理されていなかったのですが。そこでうちの人事部員と、シェアードサービスの子会社のスタッフとを強引に混ぜて、ミスを減らすプロジェクトをやってもらったところ、ごく短期間で大きく改善されたのです。ときには厳しい叱責も必要でした。多少強引にでもチームを構成し、切れていない体制をつくって、それがどういうものかを肌で感じてもらえるような働きかけを進めていったわけです。たとえるなら、足でけってボールを出すサッカーのパスではなく、きちんと魂を込めて手渡すような仕事の受け渡しに変えたい――そういうイメージですね。多少強引でも、そのパスの出し方から変えていくように仕向けないと、改革は進みません。また早い段階で改革の成果すなわちアーリーサクセスが実感できないと、途中でみんな、方向性に疑問を抱いて、結果、改革が嫌になってしまいます。
“個”に向き合うCDP面談を人事制度改革の仮説検証に活用
もう一つ、重要なキーワードがあります。人事部内で切れていた業務の流れをもう一度つなぎ直そうとしてつきつめると、結局は人材一人ひとりに対し、この人をなぜ採用したのか、なぜここに配置し、こういう教育を施したのかというところまで、掘り下げていかないと、課題解決に至らないことに気づくんですね。逆に言うと、人事部全体が一人ひとりの人材と向き合うことで初めて、切れていた人事の仕事のピースにも、横串が一本通るわけです。そこで掲げたのが「個と向き合う」というキーワード。「商品は数千万点も管理しているのに、わずか26000人と向き合えないはずがないだろう」と発破をかけ、個々の従業員ととことん向き合う施策を打ち出していきました。
―― その一つが、人事部による「CDP面談」ですね。販売の主力である「メイト社員」(月給制契約社員)から部長職までの従業員を対象に、年間約1000名との直接面談を実施しているそうですが、中村さんご自身も担当されるのですか。

もちろんです。部長職の面談については、海外現地法人の外国人幹部も含め、私が行っています。全体では過去3年間で累計約3500名との面談を実施してきましたが、その結果、個と向き合う面談にはいくつもの効果があることが分かってきました。まずは「人事部はちゃんと人のことを考えてくれている」というメッセージを、従業員から認識してもらえること。二つ目は、所属する組織の上下関係の中ではなかなか吐き出せない悩みや現在の課題に耳を傾け、アドバイスを行うことで、従業員のモチベーション向上やキャリア開発につながる効果です。人事部には何を話してもいいんだという雰囲気づくりと、キャリアへの希望を高められるような適切なアドバイスができるか、また、本質的な悩みとたんなるグチをふるい分けられるか、人事部の面談能力も問われます。そして三つ目、面談から得られる貴重なデータベースを、われわれがしかける人事制度改革の仮説検証につなげることができたのも大きなメリットです。そもそも定量化という側面が弱かったんですね。
たとえば、こういうことがありました。来年4月以降メイト社員は入社初年度から無期雇用となりますが、それ以前は4年目から無期雇用で、そのタイミングで、本人の意思により正社員への登用試験を受けられるコースを設けていました。この制度の導入に先立って、もしそういう制度があったら利用するかを面談で聞いたところ、約4割が選ぶと答えたんですね。4割程度を前提にさまざまな設計をして、ふたを開けたら、本当に4割だったんです。CDP面談が、こうした定量的な仮説検証のアプローチに活用できたことは大きな発見でしたね。
そして個と向き合う中から、われわれはまた新たなキーワードを見出しました。それは、「入り口は違えど、ゴールは公平」。メイト社員が大半を占めるスタイリストに対して、最も重要なメッセージだと、私は考えています。