総合「人手不足」がビジネスの戦略を変える
日本経済が急速に回復する中で、現場の労働力不足が深刻な状況になってきている。
労働力不足が顕著に
東日本大震災からの復興や、東京オリンピックに向けての建設需要などで、労働需要が急拡大している建設や土木などの分野では、職人の不足が深刻な状況となっている。入札が不調になっていたり、工期が遅れるというような話だけでなく、人手が確保できなくて倒産した企業まであるという。
人手不足は建築業界だけの話ではない。流通業や外食産業など多くのパートやアルバイトの人材で回していた業界でも、首都圏などを中心に人材不足が広がってきているようだ。人手不足などの理由で店舗の一部を閉鎖している企業もある。
人手の余剰や不足を示す指標としてよく使われる有効求人倍率で見ると、今年2月には1.05倍という6年半ぶりの高水準になっているという。人手不足が顕在化している業種では有効求人倍率が3倍を超えるようなところもあり、一人の求職者に対して求人数が3倍という大変厳しい状況である。
人材活用や労働市場の改革に絶好の機会
急速に少子高齢化が進む日本では、生産年齢人口が急速に低下している。今後さらに労働者が不足することは明らかだ。もっとも、それは20年前にも分かっていたことである。
それでも、20年も続いた不況とデフレの中で、労働力不足は顕著ではなかった。景気が悪いとぼやきながら、多くの企業が低廉で使いやすいアルバイトやパートの労働力に依存してきた。しかし、そうしたビジネスモデルがいつまでも通用するはずはない。
今回の景気回復による労働力不足は深刻な問題ではあるが、日本の企業の人材活用や労働市場の改革を断行するためには絶好の機会でもある。この連載でこれまで取り上げてきた流通業などの分野では、特にこの点が業界内の競争の重要な鍵を握っているように思える。
ユニクロはこれまでパート待遇であった社員を大量に正社員化することを発表した。外資系小売業のIKEAもパート社員の待遇を正社員と同じにすると発表した。IKEAの場合には海外で行っている慣行を日本でも採用するだけということだが、それでもこのタイミングでのパートの正社員待遇というのは興味深い動きである。
サービス産業の低い生産性
流通業や外食産業なども含めた日本のサービス産業の生産性は、海外の先進国に比べて低いと言われてきた。たしかに、マクロ経済的なデータで検証するかぎり、そうした主張は正しいように見える。製造業は国際競争にさらされているので、生産性も高くなる。しかし、多くのサービス関連産業は国内のみで競争し、しかも規制に守られてきた分野も多く、生産性も低いままであった。
流通業については、1990年代に大店法(大規模小売店舗立地法)の規制撤廃が行われて、大競争時代に入った。ダイエーやマイカルのような大企業でも、時代に合わなくなった企業は破綻に近い状態になり、他企業に吸収されていった。百貨店業界でも再編が加速化している。また地域の中小小売店の数が大きく縮小する一方で、コンビニエンスストアが店舗数を伸ばしている。多くの衣料品専門店が厳しい経営をする一方で、優れたビジネスモデルのユニクロを展開するファーストリテイリングのような企業は成長を続けている。
こうした動きが流通業の生産性を大きく高めていることは確かだ。ユニクロやセブンイ-レブンの労働生産性や付加価値生産性は、世界の小売業の中でもトップクラスであることは間違いない。だからこそ成長を続けることができるのだ。ただ、多くの企業のビジネスモデルがこのように優れているわけではない。
長引くデフレは日本の産業構造を歪めてきた。そもそもデフレが続いたことが、日本の産業の生産性を低くしてきた。生産性というと、供給サイドのことだけ考えがちだが、日本の場合には需要サイドの影響が大きかった。要するに需要が低調であれば、供給側も沈滞するのだ。
需要の動きが生産性に大きな影響を及ぼす
大学で学生に説明するときによく使う比喩は、百貨店のケースだ。ある規模の店舗とそこそこの数の店員をそろえた百貨店でも、来店客の数が減っていけば、それだけ生産性は低下するだろう。他方、同じ店舗と店員でも、客の数が増えてくれば、それだけ店は忙しくなり、生産性も上昇する。
需要が低迷していれば、従業員数を削減するという調整は考えられるが、長期雇用を前提としてきた日本の多くの企業はそうした調整を大胆に行わなかった。店舗についても、中には一部の店舗を閉鎖した企業もあるが、その企業が倒産でもしないかぎり店舗の整理は進まない。
これに対し、もしこれから需要が順調に伸びてきたなら、忙しくなった店は従業員の配置を工夫して生産性を上げなくてはいけない。採算の悪い売り場の店員を忙しい売り場に回すというような調整も行われるだろう。必要があれば、店舗の拡大や従業員の拡充ということも行われるはずだ。つまり生産性の拡大に必要な労働者配分の調整や設備投資が行われるというものだ。
このように個別の企業をイメージして考えれば、需要の動きが生産性に大きな影響を及ぼす存在であることが分かるはずだ。マクロ経済レベルで生産性をはかる標準的な指標に「TFP(全要素生産性)」という概念がある。このTFPはバブル崩壊直後から突然低い水準に落ち込んだ。それだけ急速に生産性が落ち込むのは、供給要因というよりは需要要因と考えるべきだ。リーマンショック前、日本の経済が回復の兆しを見せたときも、このTFPは上昇の兆しを見せている。
人材使い捨て型の企業に将来はない
さて、需要の拡大がビジネスに及ぼす影響は、労働者確保の面にも出てくるはずだ。デフレの時代には、非常に安い賃金でパートやアルバイトを潤沢に採用することでビジネスを組み立てることができた。しかし、人手不足が顕在化してくると、人材の確保の巧拙がその企業経営の成果に大きな影響を及ぼすようになってくる。
少子高齢化による生産年齢人口の減少というトレンドを考えれば、人材を有効に活用することが、中長期的に非常に重要になってくることは明らかであった。人材活用で他企業に優れた仕組みを確立しないかぎり、長期的に高い業績を続けることは不可能であるといっても過言ではないだろう。
残念ながら、長引くデフレの中で、現場の雇用はそうした長期的な方向とは逆行した形になってしまった。アルバイト、パートなどの非正規労働の形で、いくらでも人材を確保できたからだ。不況期には、安い労働力を大量に活用する企業の方が競争上有利になった。ブラック企業と呼ばれるような労働者を使い捨てにするような企業は、その典型であるといってもよい。
現在のような労働力不足が続くようであれば、こうした人材使い捨て型の企業の将来はないと言ってもよい。現に、人手不足で店舗閉鎖などを余儀なくされている企業もあるし、人材活用の手法を本格的に見直す企業も多く出てきた。パート労働を正社員並みの待遇にするという同一労働同一賃金は、欧州などでは社会的常識として広がりつつあるが、これからは日本の企業もこれを意識せざるをえないだろう。
大胆な雇用戦略の見直しが必要になる
目先だけのことを考えれば、こうした展開は企業の人件費を上げる要因となる。「人手不足が企業経営を圧迫する」というような記事が新聞や雑誌で多くみかけられるが、その通りであろう。しかし、こうした人手不足が長期的に日本の企業経営にもたらす影響について、もう少し前向きに考える必要がある。
結論から言えば、多くの企業は労働コストを強く意識した、より効率的な経営を目指す必要が出てくる。使い捨ての労働ではなく、現場での技能訓練などで支えた、質の高い労働の活用が鍵になる。労働の量の投入には限界があるとしても、労働の質が高まれば、低いと言われる日本のサービス産業の労働生産性も向上していくだろう。
労働からICTや資本設備への代替も大きな鍵となる。この連載の中で何度か触れたアマゾンなどは、徹底した設備投資で生産性を高めている。日本の企業にもこうした大胆な投資戦略が求められるはずだ。
デフレ時代で人が余っているときに日本の生産性を上げることを期待することは難しい。需要拡大が続き、人材不足が顕在化した今こそ、日本の産業、とりわけサービス産業の労働生産性を大幅に引き上げるチャンスである。