新卒就活時期「再見直し」議論で見落とされる本質 経団連会長の発言は大義名分に反しないか
東洋経済オンラインに集いし学生・労働者・市民諸君!「若き老害」こと、常見陽平である。
予想どおり混乱した「就活時期繰り下げ」元年の2016年度新卒採用。ご存知の方も多いかと思うが今年度より採用広報活動が大学3年生の3月に(昨年度までは12月)、採用選考活動が大学4年生の8月に(同4月)それぞれ繰り下げになった。この連載でも何度も書いてきたが、フライングする企業などが相次いだ。全国紙も連日のように就活の混乱を伝えている。
ここで、新展開があった。経団連の榊原定征会長が9月7日の会見で、次のような発言をした(経団連HPより)
元々、今年度より導入した採用選考活動の活動スケジュールは政府からの強い要請を受けたものであった。初年度ということもあって、大学、学生、企業に戸惑いが見られており、広報活動から選考活動までの準備期間が長すぎる等の問題点が指摘されている。8月時点ですでに7割近くの学生が内々定を得ているとの調査もあり、非常に重要な問題だと認識している。一方、留学生や理系学生から評価もあるとも聞いている。
なるほど、混乱が起こったことを認めており、それを見直す姿勢は評価したい。多方面に気を遣っているともとれる。ただ、やや意地悪な言い方をすると、そもそもの大義名分はどうなったのかという疑問も生じる。この件について論じることにしよう。
中堅・中小企業が苦戦することを予測していた経団連
まず、経団連の姿勢について擁護することから始めたい。いかにも私には経団連の姿勢を叩くことが期待されているかと思うのだが、実は擁護したい気持ちでいっぱいなのだ。
もともと経団連は就活時期繰り下げについて、反対ともとれる姿勢をとっていた。就活時期繰り下げについては、総合商社の業界内団体である日本貿易会も提唱していたし、大学の教職員からも早過ぎるという声が上がっていた。
そして、就活時期繰り下げは、実は段階的に行われてきた。2013年度採用からは、採用広報活動が大学3年生の12月スタート(それまでは、10月)、採用選考活動が4月から(これまでと変わらず)というスケジュールになっていた。さらに言うならば、2012年度採用では選考活動がスタートする前に東日本大震災が起こったため、大手企業の選考は5月、6月に繰り下げる動きになった。とはいえ、今回ほどの大胆な時期の見直しではなかった。
今回の繰り下げが具体的に検討された場の一つは2013年春に行われた「若者・女性活躍推進フォーラム」である。ここでの議論を受けて、2013年4月19日に安倍晋三首相が経済団体首脳に要望し、容認したことから確定的になった。
この検討の場である2013年3月15日の会合で、経団連の代表者として出席した常務理事の川本裕康氏は、リクルートワークス研究所「大学採用構造に関する調査レポート」(2012年4月発表 2011年卒に対し内定が出た時期を元に試算したもの)のデータを引用しつつ、「就活時期がもし4カ月繰り下げになると、中堅・中小企業の採用活動に影響が出る」ことを明言している。
経団連は、就職率が減少すると予想していた
川本氏が提示したデータによると当時のスケジュールで34.2万人の採用実数だったのが、4カ月の繰り下げを行うと30.3万人となり3.9万人の減少に、就職率も62.8%から56.6%へと6.2ポイント減少すると推測されていた。
議事録によると、該当資料に関する彼の説明はこうだった。
「7ページ目は、採用選考時期を4カ月後ろ倒しした場合の影響ということで書いてございます。今の状況をただ右側にずらした場合、つまり、採用選考時期を後ろ倒しした場合には、下に書いてございますとおり、採用実績あるいは就職率も下がるだろうということでございます。したがって、学生には早くから中小企業のほうにどう目を向けてもらうか、中小企業の実態を知ってもらうかということが非常に重要なポイントになると思っております」
2016年度採用の結果はまだまとまっていないし、就活時期繰り下げだけでなく、売り手市場化という要因も大きいので切り分けての分析は困難だが、現状を見る限りは、中堅・中小企業が大手の内定出しよりも早期にアプローチし内定を出すが、8月1日以降に内定出しをする大手企業にひっくり返されるという構図に見えてしまう。
「オワハラ」という言葉が流行った。これを行った企業を擁護するつもりはないが、とはいえ、大手にひっくり返されるのではないかと不安になるがゆえに、そう走らされてしまったとも言える。これは不謹慎な例えだが、戦争にも似ている。「A国がB国に先に攻撃をしかけた」という事実があったとしても、B国がA国と戦争をせざるを得ない状態に仕向けていたというケースは歴史を紐解いてみるとよくあることである。
そもそも、経団連の加盟企業は1300社強にすぎないし、影響力があるとはいえ、日本の経済団体はこれだけではない。今回の就活時期繰り下げについては、若者・女性活躍推進フォーラムの検討結果として提示されたし、日本再興戦略の中にも盛り込まれている。安倍晋三氏が直接、要望を伝えたのは、経団連、経済同友会、日本商工会議所だが、政府としては実は約800の経済団体に要望を出している。
経団連は、大企業を中心とした経済団体であり、最も影響力が強く、存在感もあると認識されており、長年、就職に関する倫理憲章を運営してきたということもあり、これに関する報道も批判も経団連に集中してしまった。私も経団連批判は行ってきたが、これらの点は考慮すべきだろう。経団連ばかり批判してもしょうがないのだ。むしろ先見の明があったといえるし、汚れ役を買って出た立場だとも言える。今回の榊原会長の会見も、政府からの要請であったことを明言している。
学業、留学の推進は大義名分?
一方、この経団連会長の「見直しもあり得る」発言は、実は突っ込みどころがあるのではないかと思っている。大義名分に反するのではないかと思うのだ。
私は以前から「繰り下げを行っても、ルールは破られるだろう」とか、「少なくとも初年度は混乱する」「本当にこのスケジュールは学生のためになるのか」ということを問題提起してきた。実際、そのとおりになってしまった。
ただ、この就活時期繰り下げには、「大義名分」があったのではないだろうか。それは、学業の阻害をしないこと、もっと言うならば、勉強する時間を確保することだ。さらには、留学の推進ということが上げられていた。若者・女性活躍推進フォーラムの議事録にもその件は明確にうたわれていたのだ。
政府や経団連は、「混乱した」「ルールが守られなかった」という論理よりも、そもそも「学生にとって勉強の機会を確保できたのか」「留学が推進されたのか」という論理から検証するべきではないのだろうか。
とはいえ、榊原会長の発言からは、その真意は読み取れない。そして、就活時期繰り下げに関して批判的なコメントをするメディアもこの側面から批判した記事はほぼ見かけたことがない。採用担当者や大学教職員のネット上での発言においてでもある。
タテマエ議論が就活繰り上げを招いた
薄々気づいた方もいるだろう。実はこの、勉強だとか、留学だとかという大義名分はどうでもよかったのではないかということが見え隠れしないか。そして、この勉強や留学の問題は就活だけが阻害しているわけではあるまい。就活が便利な悪者にされてしまったのではないかと思うのだ。
そもそも勉強するかどうかは、これは就活だけの問題ではない。大学の問題だと考える。大学や教員がどれだけ教育を徹底するかの問題だとも言えるだろう。さらにいうならば、今どきの学生は構造的に時間もおカネもない。無理して大学進学する層、ゆえにおカネがなくバイトをせざるを得ない学生、遠距離通学をする学生がいるからだ。
単位取得も以前ほど楽勝ではないし、出席も関係するようになり、学校には行かざるをえなくなっている。時間がない中、単位取得のために大学に学生を呼んでいるのだが、就活が直接関係ない時期も含めてちゃんと勉強させているのだろうか。この点においては、大学教員(私もだ)は、就活「だけ」に責任転嫁せず、事態を真摯に直視すると共に、自らの取り組みを振り返るべきだろう。
思うに、この就活時期繰り下げ狂騒曲というのは、大学も企業もいい子ぶって、タテマエで議論したからこうなったのではないだろうか。大いなるタテマエをぶちあげてしまったことは政府も経団連もどう収束させるのだろう。
今回の就活時期繰り下げに対して私は批判的な立場ながら、メリットもあったと考えている。就活、もっと言うと大学生活の実態が明らかになったことだ。どんなにルールを作っても破られることやすり抜けることは今回も証明されてしまった。
今回、大手企業は8月1日以降に選考や内定出しをする姿勢を見せたが、「面談」というグレーなアプローチを行った事例は多数見受けられた。無理もない。企業にとって、人材の獲得は将来のための生命線なのだ。単に、ルールを破った、守らなかったという批判をしたくなるが、企業は革命を起こしたとも言えないか。そうはいっても人材獲得は切実なのだ、と。早く内定を出した方が学生生活が充実するのではないか、とも。
「勉強するかしないか」は、就活が早いか遅いかだけでは決まらない。そして、中堅・中小の内定を早くに採ったがゆえに、大手の選考が終わるまで、いったん待たなければならなかった学生がいて、結局、就活は長期化した。早めに内定を出して、勉強に留学に学生生活を謳歌してもらうという世界観だってあるのだろう。
「自由応募」にも見直しの余地がある
そして、決まらない学生は長期化するという話になるが、これは自由応募というやり方が悪いのであって、大学と企業の連動強化、新卒紹介の仕組みの拡充などで対応できないかとも考える。
数年以内に就活は大学3年の2月に広報活動スタート、同5月に選考スタートとなるのではないかと私はみている。これなら大学の講義とあまり重ならないし、早く終わるからだ。業界企業研究はインターンとキャリア教育寄りのセミナーで行う。そして、決まらなかった人は斡旋の仕組みで就職をする、と。
留学も3年生ではなく、2年生に行くということが今後増えると私は見ている。というのも、単に就活にぶつからないだけでなく、早めに刺激、ショックを受けて、その後の学業をどうするべきか、キャリアをどうするべきか考える機会になるからだ。
私の勤務先である千葉商科大学国際教養学部は、留学がマストだ。時期は大学2年生の後半に行くことになっている。検討に検討を重ねた結果、早めに行ったほうがその後、学びたいテーマも明確になるからだ。再度、留学することだって可能になるからだ。4年生は早めに就活を終え、学業と学生でしかできない活動に没頭する。そんな世界観も否定してはいけないのではないか。
オリンピックの件もそうだし、大学関連でいうならば文系学部見直し論などもそうなのだが、就活時期繰り下げをめぐるさまざまな問題が、「タテマエ(建前)」「キレイゴト(綺麗事)」「無責任」で論じると危ないことになる、ということを図らずも露呈したといえるだろう。
繰り下げをすれば、学業も留学も促進させるというのは、綺麗事であり、思い込みだった。