研修の内製化は「コスト0円」じゃない 企業が自力でリーダーを育てる意味

総合研修の内製化は「コスト0円」じゃない 企業が自力でリーダーを育てる意味

ヤフー、インテリジェンス、日本郵便、アサヒビール、電通北海道、美瑛町役場――。

背景や年齢、共通言語などが全く異なる組織の精鋭たち31人が、2014年5月、北海道・美瑛に集まった。

課せられたテーマは「この地域の抱える課題を解決するプロジェクトを提案せよ」。期間はわずか半年。参加した31人は、6つのチームに分けられて混成チームを組む。研修の最中には、空中分解しかけるチームもあれば、高い結束力で課題に挑むチームもある。

単行本『ヤフーとその仲間たちのスゴイ研修』では、2014年5~10月に、北海道・美瑛で繰り広げられたリーダー育成研修を追ったドキュメンタリーだ。

誰もがリーダーになりたがらない時代に、どのようにして未来のリーダーを育てるのか。多くの企業で経営者や人事担当者は、こう頭を悩ませているはずだ。これまでのように、外部に丸投げしてもリーダーは生まれない。

前代未聞のリーダー研修はいかにして生まれたのか。1回目と2回目では研修の発案者でもあるヤフーのピープル・デベロップメント統括本部・本間浩輔本部長に話を聞いた(「ヤフーが前代未聞のガチンコ研修を作ったワケ」「なぜ企業はリーダーを育てられないのか」)。3回目、4回目は、ヤフーと共に研修を開発したインテリジェンスの高橋広敏社長に、その狙いを聞いた(「美瑛を舞台に日本の将来の課題を考える」「挑戦する『場』が社員を育てる」。5回目と6回目は、研修全体を監修した“学びのプロ”、東京大学の中原淳准教授に話を聞く。経営学習論を専攻し、「大人の学び」に関する領域の第一人者でもある中原准教授が見たこの研修の意義とは。

東京大学の中原淳准教授(撮影:的野 弘路、ほかも同じ)

北海道の美瑛を舞台に、異業種企業の精鋭を集めた研修を作りました。これまでの研修のあり方と、何が違うのでしょうか。

中原准教授(以下、中原):多くの企業において、人事部門はなかなか変わらないのではないでしょうか。前例主義というか。

けれど人材開発の世界はそれではダメで、次の環境変化を読み、それに応じた人をどう作るのか常に戦略的に考えていないといけません。福利厚生や労務などの問題は前例主義や防御主義でいいけれど、人材開発だけは攻めの一手でいかないといけません。

それなのに、誤解を恐れずに言うと、日本の企業はこれまで新入社員教育しかして来なかったんです。新入社員教育は、社会人の基礎的なものです。多くの新卒社員は大学で職業的な教育を受けていないので、新入社員教育を通して、それぞれの企業の特殊な知識を付けていきます。

その後、随分時間を隔てて階層研修、いわゆるマネジャー研修があります。これは、どちらかと言うと、会社が絶対にやっておかないといけないことを教える研修です。例えば、目標管理制度を評価に取り入れるのでそれを回すための知識や、労務、ホームファイナンスの知識とか。会社がマネジャークラスにそれを提供していないとまずいような内容の研修を、1~2日のパックで、ぽんと入れるんです。

ただ、どういうふうにマネジメントするか、リーダーシップを磨くか、チームを作るかという内容の研修はほぼありません。気の利いたところでコーチングぐらいではないでしょうか。

しかし、いくつかの企業では、それではダメだということで研修のあり方を変えてきています。

研修の「内製化」が進んだワケ

どのような変化があるのでしょうか。

中原:1つは、新入社員が実務担当者になった頃から、次世代の幹部候補やリーダー候補を養成しようということで、一人前になった後の人材開発を考えつつあります。一般的には30歳前後から40歳の間が多いですね。

実務担当者の学びの機会が増えたことに加えて、その研修のあり方が、選抜型になってきている。それまでは、どんな人も同じように均等に研修を受けさせるのが人事の考え方でした。現場から人を引っこ抜いて、「この人にはこういう教育を」ということはしてこなかった。

よく聞くのは、仮に選抜型でリーダー候補だけに研修を受けさせると、対象者が勘違いしちゃうんじゃないかとか、周りがえこひいきと言い始めるんじゃないかという声でした。けれど、もはやそんなことを言っていられない状況になってきた。

そこで比較的早い時期、30代くらいになった頃から、今後、組織のマネジャーになってもらいたい人に、ちゃんと教育を当てていくようになってきたんです。1990年代後半から2000年代にはもう、選抜型がどんどん進んでいきました。

もう1つの変化が、リーマンショック以降の動きで、研修の内製化です。同業他社であるA社とB社が、同じような教育ベンダーからリーダーシップ研修を買うのはやはり変じゃないですか。ロジックとして破綻しています。本当に人材開発や研修が、その企業にとって競争優位を作るものなのであれば、研修の内容は、やはり差別化しなきゃダメなんです。

それまで差別化を図って来なかったのは、ある意味では研修が期待されていなかったからかもしれません。けれどやはり、会社の状況に応じて、自分たちのナレッジの継承をしていかないといけないし、会社がリーダーシップを自分たちで定義し、広げていかないといけないという動きが出てきています。

リーマンショックによってシビアな経営環境になった時、本気で自分たちの会社のリーダーを育てようという機運が高まってきたのでしょうか。

中原:最初はコストの問題だったと思います。コストを抑えるために研修の内製化を進めたのだけれど、実際にやっていくと、やはり会社のことを知っている人にしか、会社のことは語れないし、その会社に合ったプログラムは作れないと気づいたのではないでしょうか。

そもそも研修の「内製化」という言葉は英語ではぴったりと合う表現がないんですね。日本語では研修の「内製化」で意味が通じます。これは要するに、自社の研修を自社で作ることでしょうと理解できますよね。ただ、英語でそれは「当たり前じゃん」となるわけです。

欧米では研修を外部のベンダーに任せることはあまりないのでしょうか。

中原:丸投げすることは、あまりないでしょうね。人材開発のプロでマスターなどを持っている人が、自社の研修を作ったりするカルチャーなので。もちろん、ゼロではありません。ただし、外部に委ねる研修というのは、非常に専門的なものなどが中心です。本当に最先端の内容で、自社ではとてもカバーできないような領域か、ほかにはコンプライアンスのように、言い方が悪いですが、「やったこと」が重要なものなどでしょうね。

つまり自社のリーダーを育てるには、会社側が自前でプログラムを作っていく。

中原:そうですね。仮に外注しても、イニシアチブは会社にある。丸投げにせず、戦略を描いていくわけです。企業の経営戦略があって、それに従って人事や人材開発の戦略はどうあるかということを議論して決めて、それでイニシアチブを取りながら、投げるところは投げる。投げないところは投げない、ということなのだと思います。

経営者の仕事の1~2割は「人」に関わる内容に

人材開発の内製化を進めた企業は現在、どのような課題に直面しているのでしょうか。

中原:「内製化」と簡単に言うけれど、やはりなかなかうまくいかない部分もあるようです。「内製化」と言うと「外から買っていた研修を0円にすることだね」と思われるかもしれません。けれどそれは全くの誤解で、内製化するには内部に投資をしないといけません。

今まで外に流れていたものを、人事部や人材開発部に投資し、その人たちの能力をどんどん上げていかないといけない。ここに力を注がないと内製化はできないんです。その辺りは、やはりしたたかな企業はちゃんと人材育成のプロが内部にいますよね。

今回のケースで言えば、研修を開発したヤフー・ピープル・デベロップメント統括本部長の本間浩輔さんなどでしょうか。

中原:彼はプロだし、人材開発に深い造詣を持っています。そのうえ自分で会社を経営していた経験もある。

こうしたプロを内部に抱えているか否かという格差はとても大きいでしょう。多くの企業において、人材開発は経営課題の2番目か3番目に入ってくる。けれど人材開発をちゃんとやろうとしている企業と、とりあえず経営課題の2番目に書いておきましたという企業では大きな差があります。

今回のような異業種のプロジェクトを始める時は大体、いくつかのパターンがあります。

最悪な結果に陥るのは、経営側が巻き込めていなくて途中でしょぼくれてフェードアウトするケースです。ほかにも、研修の参加者や人材開発の担当者があまり本気でない場合は、「忙しい」などと言ってフェードアウトしていく。

しかし今回の研修では、参加企業を募る際に、必ず1度、その企業の経営者が研修に来て話をしてもらいたいと言いました。同時にそれぞれの企業の人事担当者が、研修のファシリテーターを必ず1回は担当するようお願いしました。そのうえで、それぞれの人事担当者が各グループに1人ずつ付いて参加者の様子を見ることにしました。こうした対策をとることで、先ほど挙げたようなフェードアウトがなくなるようにしたんです。

経営者は、やはり同じ船に乗る者のはしごは外しません。人材開発において最も難しい課題は、経営者が同じ船に乗っていないから、はしごを外されちゃったり、途中で座礁しちゃったりするパターンです。ある意味では、これはしょうがない部分もあります。経営者は短期的な数字も追わないといけませんから、人材開発ばかりやっているわけにはいかない。ただ私自身は、経営者は仕事の1~2割を「人」に関することにコミットすることに割くべきだと思っていますが。

恐らく、これが8割になる経営者はいないでしょう。仕事のおよそ8割は、営業活動や対外的な活動、戦略を描く仕事だと思います。けれどやはり1~2割は、自分の組織の、人に関することにコミットする。それが意識的に脆弱な方はけっこう多いように感じます。

やはり経営者の中には、「研修なんてやっているよりも、現場で数字を出せ」と考えてしまう。

中原:そういう経営者はたくさんいますよね。そうすると現場は、「研修なんて意味がない」「人材開発なんて意味がない」となって、徹底的に数字を追っていく。けれど数字に追われ続ければ、人間は必ず疲弊してしまいます。気枯れしていくんですね。どんなに長い間元気で働いても、必ず枯れる。だから何か手を打たないといけないんです。

研修の内製化で増す人事担当者の悩み

中原:これからの企業は、優秀な人に自分の組織にいかにい続けてもらうか考えないといけません。優秀な人にいてもらうには、逆に言うと優秀な人が満足するような仕事を振り、その仕事に意味付けをして、「ここで働くといいよね」という感覚を持ってもらわなくてはならない。

そのためには、成長を促すプロジェクトや事業が必要になります。別に成長が目的ではないけれど、そういう仕事を取ってきて、戦略として描いて、振って、少しずつその企業に貢献できる人になってもらうことが大切なんです。

これからは、そういった形で人に関することに投資する企業が、増えざるを得ないと思います。それが減っていくと、社員はどんどん辞めていくんじゃないでしょうか。

「人をいかに育てるか」という部分を見れば、経営者の覚悟や思いが伝わってくる。

中原:いくら人が大事だと言ったって、研修にも何にも参加してないじゃん、となると、一発で分かりますよね。

本気で人材開発に取り組む企業は、今どのようなことで悩んでいるのでしょうか。

中原:繰り返しますが、人材開発で一番大切なのは、現場にも経営者にも同じ船に乗ってもらうことだと思っています。人材開発についてはみんな、短期的にも、長期的にも、やったらいいということは分かっている。であれば、現場と経営者の利害を調整して、同じ船に乗ってもらう。さらには、その成果を何らかの形で評価をしていかなくてはならないところでしょう。

例えば今回の研修で言えば、実際に関わった人事担当者や参加者の上には上長がいるわけです。けれど上長の関与がなかったり、サポートがなかったり、関心がなかったりすると、やはり達成の実感はすごく少なくなるはずです。ですから経営者や上長をいかに巻き込んで、同じ船に乗ってもらうかということはすごく大きい意味がある。

上長の立場で見れば、「研修ばかりやっていないで、本業の仕事もしろ」と思うのでしょうね。

中原:それはこの研修でも、会社によってはっきり分かれますね。上長の理解がない場合、研修の参加者たちがどんなに頑張っても、学んだことを会社で言えなかったりします。そうなると、結局は本業の仕事に生かされなくなってしまう。そういうところと、そうでないところは分かれますね。人材開発の担当者が悩むのは、実はこうした部分もあると思うんです。

ほかにも内製化すると、「これでいいんですか」ということに対して、誰もイエスと言ってくれなくなります。外部から研修を買う場合は、いろいろなレピュテーションもありますから判断しやすい。例えば「何千社で活用されています」と言えば正当化できる。けれど自分たちで研修を作ると、本当にいいのかという評価がなかなか分からなくなってしまう。

人材開発の担当者もすごく孤独になるし、場合によっては、独り善がりになる危険性もある。本来ならば議論を重ねながら、コメントやフィードバックをもらいながら研修を作らなくてはならないんです。それがなくなっている問題は、研修の内製化が進む中で大きいように感じます。

「即興」で研修の内容を変えていく

今回の研修で印象的だったのは、研修そのものが手作りであることもありますが、その内容を参加者の状況に応じて、臨機応変に変えていた点です。かなり大変だろうと思いました。

中原:研修のプログラム自体は、実は分単位で何をするかということが決まっているんです。ただ分単位に物事を決めても、実際それが始まったら、もう生き物になるわけです。ですから、そこから先はドリフトしようというか、即興で対処しようということなんです。

実際にスタートしてみると、やはり調子の悪い参加者が出てきたり、沈没するチームが出てきたりします。正しい骨折であればいいんですが、間違った方向に複雑骨折しそうだとなると対処が必要になる。介入すべき時には介入しなくてはならない。

そのためにも事務局側は、裏側でずっと参加者の様子を観察しながら、「ここで介入しよう」と決めるわけです。つまり分単位で決まっている内容を崩すわけです。何もなくて即興で対応できるわけではないんです。決まっているからこそ即興で対応できる。

例えば中間発表でどんな研修をするのかということも全部決まっています。骨子を担当者の間で議論してたたき台を作り、分かりましたとなると事務局側で握ります。

その上でスタートするのだけれど、実際始めてみると思い通りにならなくなる。すると事務局側は、夜中や早朝に集まって、「ここを全部入れ替えます」とやっていく。研修を作る側もめちゃくちゃ疲れるんです(笑)。