総合「コネ採用」は制限されるべきか?
経済学者が創造する架空の世界を「モデル」という。実際の経済で政策をあれこれ実験すると国民に迷惑がかかるので、政策担当者はモデルといういわば「実験室」で税率を変えたり、規制を変えたりして、政策の効果をシミュレーションする。経済学者はモデルの予測力を上げるためにデータを用いてその妥当性を検証し、必要あれば改良する。
モデルの中には、現実を模してたくさんの消費者や企業が存在する。政策が変わると彼らも自分の得になるように行動を変え、その結果異なる均衡状態が生じる。政策担当者は少なくともモデルの中において最も効果的な政策が何か見極められるというわけだ。
筆者の最近の研究もやはり政策の効果を簡単なモデルを使ってシミュレートするものだ。政策の標的はずばり「コネ」。親戚や大学の先輩を頼って企業に就職したというような話を読者の方も聞くことがあるだろう。そういったコネの存在が格差社会の温存の一因になっているという議論は米国でも以前からある。筆者の研究の問いは、「コネを通じた採用を禁止/制限すれば、コネを持たない人の厚生は向上するか」どうか、である。
コネ禁止政策が、コネなし組にもデメリット
結論は、コネの禁止政策がコネのない人に常にプラスになるとは限らず、場合によってはマイナスになる可能性がある、というものだ。そんなバカな、と思う人がいるかもしれない。例えば毎年10人雇う企業があったとして、この企業はうち5人を現従業員の友達や学校の後輩など、いわゆる「コネ」で採用し、残りの5人だけを正規のルートで採用しているとしよう。
ある日「コネ」採用を制限する法律が実施されたとする(例えば企業は採用に際して最低1カ月間は求人情報をおおやけにしなければならない、求人1件当たり最低4人は時間をかけて面接しなければならない、人種、出身地、出身校などに関してバランスよく採用しなければならない、コネ採用の疑いがある場合は訴えることができる、など)。
そのような法律ができれば、企業にとってコネ採用のうま味が減り、代わりに正規ルートによる採用が促進され、コネを持たない人の道が広がる、というように感じるかもしれない。
そのように感じるのは、10個なら10個という決まった数の仕事の口があって、コネのある人とない人がそれを取り合いしている、というイメージがあるからだ。しかし話はそう単純ではなく、実際の経済では他にも様々な要因が絡み合っているから、コネ採用禁止後もこの企業が毎年10人雇えるとは限らない。
つまり、労働市場の様々な要因を同時に考慮して政策の総合的な影響を予測する必要がある。そのための強力な経済学モデルが、近年マクロ的労働経済学の基本的な枠組みになっているサーチ・モデル(Search Model)だ。
サーチ・モデルは、 新古典派のモデルと一線を画し、単純な賃金調整によって労働の需給が均衡するとは仮定しない。むしろ均衡においてすら 労働の過需要(求人)と過供給(失業)が併存し続けると考える。理由は「労働者」や「企業」とひとことに言ってもその中身は千差万別であり、しかもお互いの中身が見えにくいため、両者がベスト・パートナーを見つけてマッチングするのには多分に時間がかかるからだ。これを労働市場の摩擦(Friction)という。
労働市場の摩擦の存在を出発点として認めたサーチ・モデルは、労働市場の様々な現象を直感的に説明できることから広く応用され、2010年、サーチ・モデルの3人の先駆者にノーベル経済学賞が授与された。このサーチ・モデルの重要な仮定は以下のとおりだが、どれも非常に直感的で納得のいくものばかりだ。
仮定1. 企業の求人にはコストがかかる(ここで「求人」とは単なる求人情報の公開だけではなく、履歴書の選考や面接等、採用に関わる実際的な活動を指す)。
仮定2. 労働者と職のマッチには時間がかかる(すなわち企業がコストをかけて求人しても適任者はすぐには見つからない)。
仮定3.失業者がどれだけすぐに適職を見つけられるか、企業がどれだけすぐに適任者を見つけられるかは、現在失業者と求人とのどちらがどれだけ多いかに依存する。人が多ければ企業の人材探しは楽だし、求人の方が多ければ労働者の仕事探しは楽である。
仮定4. 賃金は企業と労働者の交渉力の大きさによって決まる。
仮定5. 企業は求人することによる期待利得が正であれば求人するし、負であれば求人をやめる。
サーチ・モデルは、これらの仮定の下でどんな均衡状態が起こるかを予測するためのたくさんの方程式からなる。もちろん、どんな均衡状態が起こるかは労働市場の環境によっても変わってくる。
ここで労働市場の環境とは、たとえば企業の生産性や採用コスト、労働者の賃金交渉力や失業利益(家事生産や失業手当)のことで、これら環境変数の値は国や時代ごとに異なる。そこで、今仮にある国の労働市場の環境変数がこれくらいだとしたら、という値を選んでインプットすると、それをもとにコンピューターが複雑な連立方程式を解き、どんな均衡状態が起こるかを数字で予測してくれる。サーチ・モデルで予測できるのは、失業率、求人数、賃金などだ。
サーチ・モデルは、例えば、失業利益が高いと失業率の景気変動が大きくなること、労働者の賃金交渉力は高過ぎても労働者のためにならないこと(企業の収益性が下がり、求人数が減って失業者が増えるため)などを、数字で予想してくれる。
「コネ」に関する筆者の研究はそんなサーチ・モデルの拡張版のひとつだ。拡張のポイントはただひとつ、労働者の中に「コネのある人」と「コネがない人」の2種類が存在し、コネのない人が正規のルートでのみ企業とマッチできるのに対し、コネがある人は正規のルートと知り合いの紹介との2種類の方法で企業とマッチできる、という点だ。
モデルを実行してみると、当然コネあり組の方がコネなし組より失業率は低くなる。また、コネあり組の労働者はその有用な人脈ゆえに、また失業の心配が少ないという強みも相まって、均衡において受け取る賃金がコネなし組よりも高くなる。
このような世界において、ある日突然、企業によるコネ採用が政策によって禁止されたらどうなるか?
モデルがはじいた結果は、「コネのない労働者の厚生は必ずしも上がらない」というもの。特に、労働者の賃金交渉力がもともと低い経済では、コネ禁止政策の結果、コネのない労働者の失業率が上がり、同時に賃金も下がって、コネのない労働者の厚生が0.2%~1.5%程下がる可能性があることが示唆された。
これは裏を返せば、 コネあり組の一部がコネで仕事を見つけることが、コネなし組にもメリット(専門用語でいう「正の外部性」という)を与え得るということを意味する。一見甚だ納得しがたい話だが、実はこの結果、あり得ない話ではない。
コネは必ずしも悪いものではない
コネという言葉には身内びいき(nepotism)や学閥(old-boy network)などの負のイメージが伴う。採用者が自分に近いという理由で必ずしも生産的でない人を採用する一方、コネを持たない人への門が閉ざされ、多分に不公平であるという観念だ。しかしこのような観念にはいくつもの但し書きが存在する。まず、コネの利用が、限られた人の特権という考えは必ずしも正しくない。
少なくとも米国では、収入や業種・職種によらず、たくさんの人が親戚や友人などの知り合いを通じた職探しをしていることが、様々な調査で明らかになっている。米ジョージタウン大学のホルザー博士が1980年代に国の調査に基づいて行った研究では、16~23歳の青年男子のうちおよそ85%が知人友人の「つて」を職探しに利用していたことが報告されている 。また米ライス大学のエリオット博士の90年代の研究でも平均77%の人が知人友人のつてを職探しに利用し、その利用率は貧しい地区ほど高かったことが報告されている。
「知人に頼むだけなら誰でもできる。実際に知人から仕事を得られるかどうかは別問題だ」と思う人もいるかもしれない。では「現在の会社から仕事を得るために、会社内部にいる知人の助けを得たか」という質問をした調査結果はどうか。米ミシガン大学が70年代後半に行った調査では35%の人が助けを得たと答えているし 、1980年代初頭にニューヨークに住む男性399人に尋ねた調査では、実に59%の人が助けを得たと答えている。
上述のエリオット博士の90年代の研究でも56%の人が知人を介して仕事を得たと答えている。その他様々な研究調査から、「少なくとも半数くらいの人が知人友人の紹介で仕事を得る」というのがこの分野における共通の認識となっている。
第2に、労働者が人づてで職を探す、あるいは会社が従業員の人づてで人材を探すということにはもう1つ重要な側面があって、社会学者や経済学者はずいぶん前からこれに気付いている。それは「情報提供」という側面だ。
例えば、ある企業X社の現従業員であるA氏が、知合いのB氏を会社に紹介するという状況を考えてみよう。X社はB氏のことをよく知らない。履歴書や面接で分かることには限界がある。一方B氏にとっても、X社で働くことに関しては未知な部分がある。会社は自分たちのいいことしか宣伝しないから、中に入ってから悟ることも少なくない。
その点、A氏はX社の内部の人間であるから、X社がどんな場所で、どんな仕事があって、どんな人材を求めているかよく知っている。さらに知り合いのB氏がどんな能力を持っていてどんな性格をしているかもよく知っている。
従って X社とB氏がいいマッチであると仮にA氏が思うのであれば、 これはかなり有用な情報である。X社がいくらたくさん面接を行ってもなかなか得ることのできない情報だ。X社とB氏の双方をよく知るA氏だからこそ果たせる役割がここにある。
米プリンストン大学のアルバート・リーズ博士は、企業が労働力を買うことは、石油や食糧の購入よりもむしろ中古車の購入に似ていると言った。石油や食糧のように質が比較的均一な財であれば、できるだけたくさんの売り手をチェックし、一番安い売り手から買うというのが得策である。
ところが中古車のように質が千差万別で判別の難しいものとなると、たくさんの店を覗くよりもむしろ少数の売り手の品を時間をかけて吟味するのが得策になってくる。そして企業にとって労働力を買うということはまさに後者なのだ。労働力は本質的に不均一なものであり、企業は候補者の能力、性格、相性を多面的に見極める必要がある。企業はそのために多大な採用費をかけるわけだ。
正規ルートの採用には多大なコストがかかる
そう、正規のルートによる採用には多大なコストがかかる。さらに、人は雇ってすぐには役に立たない。実際に会社の利益になるまでには簡単な業種でも数週間、複雑な仕事であれば数カ月かかるかもしれない。企業はその間、資源を投じて研修・教育する。しかし労働者と仕事との相性が思っていたほど良くなく、結局半年で辞められてしまうということもあり得る。
そんなときにA氏が「実はうってつけの奴を知っている。有能な奴で、この職場のカルチャーにも合っていると思う。本人にもここの仕事のことを話したのだが、彼も乗り気だ。採用を考えてもらえないだろうか」と言ったなら、これがいかに強力なことか気づくだろう。
ここではA氏はいわば仲人(なこうど)役をしているのだ。十人十色の労働者と千差万別の企業が限定された情報の中で相手探しに苦労している状況において、「コネ・つて」は人と会社の質の高いマッチを円滑に生み出す役割を果たす。専門的な言い方をするなら、労働市場の摩擦を軽減する役割を果たすのだ。
ここまで来ると、筆者がサーチ・モデルを使ってシミュレーションして得た結果もそれほど驚くには値しないことが分かってくるだろう。「コネは良くない」という信念から多大な政策費をかけて「コネによる採用」を制限し、「正規のプロセスによる採用」だけを押し進めると、労働市場の仲人たちが排除され、企業はコストのかかる正規のプロセスだけに依存せざるを得なくなる。
企業の収益性も下がるかもしれない。政策の結果、たしかに求人数は増えるだろうが、仕事が見つからない「コネあり組」の失業者の数も増える。求人数と失業者数が同じだけ増えると思い込みたくなるが、 相手探しに時間のかかる摩擦だらけの労働市場においては必ずしもそうとは限らない。求人数よりも仕事がなかなか見つからない労働者の方が圧倒的に増え、その結果「コネなし組」の職探しがむしろ難しくなる可能性があるのだ。
ところで、「コネ禁止がコネの無い人にも悪影響を与えるかもしれない」という主張は、誤用されれば労働市場における公平性の追求を阻害しかねない。だから最後に以下の2点を強調しておきたい。まず第1に、一般に経済モデルの示唆することは、当然ながらモデルのいろいろな仮定に依存している。
モデルの予測力を上げるためには、それらの仮定の妥当性を実証的に検証し、必要ならモデルを改良することが求められる。第2に、仮にモデルが妥当だとしても、そのシミュレーション結果はモデルへのインプット次第で変わってくる。 筆者の用いたサーチ・モデルでも、コネ禁止政策の効果は、労働者の賃金交渉力などインプットする内容次第で異なってくる。
政策で不必要に摩擦を増やさないために
日常的な感覚や経験則に従うだけでは見落としてしまういろいろな影響を、モデルを使って可視化することが重要である。そうすれば、政策が意図する正の効果と意図せざる負の副作用とのどちらがどれだけ上回るか、様々なシミュレーションを通じてある程度予想することが可能になる。労働市場の摩擦を増やしてしまう副作用を持つ政策に関しては、特にそのような総合的分析が欠かせない。