「女性が辞めない会社」は、全員17時に帰る 連日の深夜残業から生まれた新しい働き方

女性雇用「女性が辞めない会社」は、全員17時に帰る 連日の深夜残業から生まれた新しい働き方

「わが社では女性の活躍を推進しています」とアピールしている企業でもその多くは、若手や男性が夜遅くまで当たり前のように残業しているのが実状だ。子どもを持つ女性は周囲に対して心苦しさを感じながら時短勤務を活用していたり、限られた時間の中でパフォーマンスを発揮できないことに悩み、やむをえず退職を選択したりする。

そんな中、男性社員も女性社員も、子どもがいる社員もいない社員も、とにかく全員が残業せずに17時に退社している会社があった。「ランクアップ」という、2005年に設立された化粧品会社だ。

17時退社、持ち帰り仕事もなし

「ランクアップ」は2005年に設立された化粧品の開発と通信販売を手掛ける会社だ。社員は約40人。ほぼすべての社員が8時30分に始業し、17時には退社する。就業規定上の勤務時間は17時30分までだが、「仕事が終わっていれば退社してもいい」というルールを作ったところ、全員が17時に帰るようになった。毎日17時以降に社内に残る人はほとんどいない。

退社後のメールチェックは禁止だ。とはいえ、誰もが1日分の仕事は社内で完了させているので、持ち帰り仕事をする人はいない。もちろん、時にどうしても今日中にやらなければいけない仕事が重なってしまうこともある。そんな時には理由を明確にしたうえで残業をする。だが、そうした状況が続いてしまう場合は派遣社員を手配するなどして打ち手を打つ。

「前職時代と比べて、生活も仕事のやり方も明らかに変わりました」。ICT事業部の三原伸さんは言う。かつて勤めていた広告代理店では、毎月のように残業が100時間を超えており、自身もそれが当たり前だと思っていたという。「短時間に集中して仕事をこなすようになって、これまでいかにダラダラと過ごす時間が多かったかということがよくわかりました」(三原さん)。

大手化粧品会社から転職してきた製品開発部の向井真理子さんは毎日17時に退社した後、サプリメント関連の資格取得に向けた勉強に励んでいる。そこから新たな企画のヒントが生まれることもある。「前職時代のプライベート時間は遊びのことしか考えていませんでした。今は夜でも新しい企画のことを考え始めて、眠れなくなることがあります」と話す。

総務部で経理を担当していた現広報部の向井亜矢子さんは、3年前に育児休業から時短勤務で復職した。が、休業中に会社の規模が大きくなっており、まったく仕事が終わらない。泣いて訴えると、社内の経理業務を外注することになった。現在もランクアップの経理業務は外部の会計事務所に全面的に委託しており、100万円未満は社員による確認も行っていない。

代表の岩崎裕美子氏は言う。「この仕事をほかの社員に任せても、また同じ問題が起きる。作業量が増えればまた人を増やさなければいけない。何も新しいことは生まれません」。

ランクアップ代表の岩崎裕美子氏。短大卒業後、JTB、広告代理店に勤務した後、元の上司が設立した別の広告代理店に転職。取締役営業本部長として、多くの化粧品通販会社をクライアントに持つ。2005年2月に退社後、同年6月にランクアップ設立

ルーティンワークや自社で必ずやるべき業務以外は基本的にアウトソースする。すべての社員が「不要な業務」「自分より人に任せる業務」「自分がすべき業務」に振り分け、自分がすべき業務だけに集中する。それが、ほぼすべての社員が17時に退社できる第一の理由だ。

会社のメイン業務は商品開発や広告宣伝。そのために、より多くの時間を「考える仕事」に使えるようにする。向井さんは空いた時間で、以前からやりたいと思っていた広報を担当するようになった。結果、この記事のようにメディアに取り上げる機会が増えつつある。

会社設立以来、ランクアップの業績はずっと右肩上がりだ。前2014年6月期は売上高59億円、過去最高益を達成した。看板商品である「ホットクレンジングゲル」は2006年に販売してからの累計販売本数が400万本を超えるヒット商品で、今期も売上高は65億円を超える見込みだ。

「とにかく長時間労働しない会社を作りたかったんです。そうすれば女性が一生働き続けられるはずだと思っていました。仕事のために結婚をためらうこともなく、何回出産しても戻って来られる会社にしたかった」。代表の岩崎裕美子氏はこう語る。

深夜残業に明け暮れた日々

長時間労働しなくても会社は成長できる――。深夜残業に明け暮れた過去の経験から、岩崎氏はこう確信しながら今の会社を作ってきた。

前職は社員20人ほどの小さな広告代理店の営業職。毎月売り上げのノルマが課せられていた。新規開拓のため電話でアポイントを取り続け、昼は営業、夜は企画書作成に追われる。終電帰りが当たり前の毎日だった。でも、地道にコツコツとその仕事を続けていると売り上げは着実に上がっていく。

やりがいはあった。給料も悪くなかった。会社設立から7年間で売上高は20億円を超えた。ただ、周りの社員は次々辞めていく。続かないのだ。もう限界というところまでがんばって前月比100%の売り上げを達成すると、次の月にはさらにその120%を求められる。やがてパタリと倒れてしまう。

そんな会社で唯一の古参社員となっていた岩崎氏は、なんとか社員が早く帰れるようにあれこれ施策を打った。社長に提案してノー残業デーを作ったこともある。ところが、課せられたノルマを変えないまま「残業するな」と言われても社員は反発するだけだ。

「テレアポして提案に出向く」という仕事の仕組みを変えようと試みたこともあった。が、目の前の仕事に追われて誰にも新しいことを考える時間がない。そもそも社長自身がその提案に消極的だった。売り上げを伸ばしてきた今までのやり方を変えることに不安を隠さなかった。

だったら「社員が辞めない会社」を自分で作ろう

社員が辞めない会社にしたい、せめて22時には帰れるようにしたい、仕事のやり方を変えたい……。何度も社長に掛け合ったが、会社も社長も変わらない。いよいよ自らも会社を出ることを決断したのは36歳のとき。「この会社が変わらないのなら自分で早く帰れる会社を作ろう」と化粧品通販の会社を起業する。

ランクアップの製品シリーズ「マナラ化粧品」。使用感やパッケージよりも効果を論理的に説明できることを重視した。最大公約数にとらわれてユーザーの声が埋もれてしまわないようマーケティングも行っていない

前職の部下だった日高由紀子さん(現ランクアップ取締役)と2人でメーカーを何社も回り、納得のいく製品を作った。小ロットで発注し、フリーペーパーの小さな広告枠から少しずつ販売を始めると、徐々にレスポンスが増え、やがてリピーターもついた。会社設立から2年目で単年度黒字化した。

売り上げは順調に伸びていき、4年目には自らも4カ月の産育休を取得した。5年目には社員20人ほどの規模にまで拡大。長時間労働は一切させない。就業時間は9時~18時。残業しても19時ごろにはみんな帰っているという会社になっていた。

ところが、だ。業績は伸びているのに会社にまったく活気がない。「業績はいい。早く帰れる。待遇も悪くない。それなのに社内の雰囲気が暗い。なぜなのかまったく見当もつかなかった。どうしたら明るい社風が作れるのか、コンサルタントや経営者の先輩に聞きまくりました」(岩崎氏)。

やがて、社員全員で参加したある研修会社の合宿研修でその理由が判明する。研修中に出てきたのは、「目標もないし貢献もできていない。何を求められているのかわからないので、期待されていないし、認められてもいない」という仕事へのやりがいを失った社員の声だった。

当時は人事制度がまだ整っておらず、昇給は全社員一律、評価制度もなければ個人の到達目標もなかったのだ。「早く帰れてもやりがいがなければ意味ないじゃん!と初めて気付きました」(岩崎氏)。

そこで、会社設立から8年目にして人事制度の構築を急いだ。そこで各職種の到達目標を書き出してみると、アシスタント職のスキルアップ項目がひどく稚拙なものに思えた。そこで、補助的な業務だけを担当するアシスタント職をなくすことにした。「業務内容を渡すのではなく使命を渡すと『私はアシスタントが向いているんです』と言っていた社員も自らの裁量で動いてくれる。結果的に全社員が「考える仕事」に時間を使うこととなりました」(岩崎氏)。

約半分がワーキングマザー

ランクアップは現在、社員の約半分がワーキングマザーだ。2歳の子どもを持つ宣伝部の奥野愛さんはこう話す。

「会社への不満?ありません。育児と仕事の両立は大変ですが、みんな当たり前のようにやっています。全社員が自分にしかわからない仕事がないように働いているので、保育園からの呼び出しで早退しても仕事が滞ることがありません。予防接種や保育園の面談時には時間休を使っていますが、独身の社員も時間休を取って歯科の予約を入れたりしていますよ」

子どもがいてもいなくても、すべての社員が効率的に仕事をこなす仕組みができているのだ。

「女性が働きやすい会社」とは、産育休を取得できる、時短勤務や在宅勤務といった両立支援制度がある、というだけでは不十分だ。男女ともに仕事の効率化に取り組み、時間外労働を減らす仕組みを確立している会社ことこそ「働きやすい会社」の条件なのかもしれない。