新卒新卒採用、バブルの香り 豪華客船に「招待」も
2016年卒業予定の学生の採用活動が始まった。今年は日程変更で選考期間が短くなり、景気回復や人材不足感から「売り手市場」にも拍車がかかる。優秀な学生をいち早く取り込みたい企業は、豪華な会社説明会を開催したり、学生の元へ直接説得に出向いたりしてアピールする。「採用バブル」の復活をも感じさせる新卒採用の最前線を追った。
■短期化、売り手市場…駆け引き本番
全長310メートル、タイタニック号の4倍の大きさを誇る米大型クルーズ客船「ボイジャー・オブ・ザ・シーズ」。船内にはカフェやブティックが並ぶ122メートルのアーケードのほか、カジノやスケートリンク、フリークライミング用の壁面、フルサイズのバスケットコートなどを備える。
JTB傘下で旅行企画・販売を手掛けるJTBメディアリテーリング(東京・文京)は5月6日、東京港に寄港するタイミングで同船を使った会社説明会を開催する。
JTBグループは就職先として常に人気があるが、今年は例年になく危機感が強い。「今年の就活は売り手市場。少しでも変わった取り組みをして学生の注目を集めよう」。大谷美文社長は社員に発破をかける。
学生の前に出されたのは800グラムの肉の塊。初めて見るそのボリュームに、学生の多くはスマホで写真を撮りまくる――。ビズリーチ(東京・渋谷)が運営する「ニクリーチ」は、登録した就活生を食事に招待してスカウトする“肉食就活サイト”だ。IT企業を中心に80社が利用している。
近くの焼肉店と連携しニクリーチ用のランチも開発した。「大手志望の優秀な学生も多く集まる。おいしい肉の力はすごい」(竹内真取締役)。どうしても欲しい学生はディナーに招待し、役員自ら説得にあたる。
■学生席を企業が回る「逆求人フェスティバル」
景気回復を背景に企業の採用意欲が高まっている。企業はあの手この手で学生にアプローチする。中には内定者を研修という名の旅行で拘束し、入社式に豪華客船を使った1990年ごろの「採用バブル」をほうふつとさせる企業もある。
「うちはベンチャー企業だけれど、いろんなことに挑戦できますよ」
今月16日、東京都港区の会議室。長机の前に座る学生約40人の前に、約20社の企業の社長らが「スカウト」に殺到した。学生が企業のブースに列をつくるこれまでの企業説明会とは完全に逆。就活生の席を企業側が訪れ、アプローチする「逆求人フェスティバル」だ。
一通り挨拶を終えた企業は、さらに話を聞きたい学生を絞り込む。「あなたはプロジェクトでみんなをまとめる役。うちのウェブディレクターが向いている。ぜひ説明会に来てほしい」。参加企業の1つ、DMM.comグループ(東京・渋谷)の村上忍人事部長は法政大学の男子学生にラブコールした。学生は「これまで視野に入れていなかった企業。営業一本で考えていたが、説明会に行ってみたい」と乗り気になったようだ。
主催するジースタイラス(東京・千代田)は2~3月を中心に16年卒生向けに既に約50回の逆求人フェスを開催、参加企業は200社に上る。
今月13日、住宅リフォームのホームテック(東京都多摩市)では学生5人が2次面接を受けた。このうち4人は、グローアップ(東京・豊島)が運営する新卒向け逆指名サイト「キミスカ」でホームテックからスカウトされたのがきっかけで面接に。明治大学3年の男子学生は「声を掛けてくれるとうれしくなり、興味が持てた」と話す。
ホームテックは今年の採用からキミスカを利用。「大手就活サイトでは学生に送ったメールの開封率が2%程度。採用活動が遅くなる中で、先手を打ちたかった」と打ち明ける。
今年は選考期間がわずか2カ月。大手の就活サイトや合同説明会で「待つ」だけでは、欲しい学生は手に入らない。優秀な学生をいち早く取り込みたい企業の焦りが「逆指名」などのサービスを盛り上げる。
■インターンシップやリクルーター、企業が重視
「ちょっと、そこどいてくれないか!」。松竹が東京・銀座にある歌舞伎座で昨秋、初めて開いたインターンシップでは、華やかな舞台裏を学生が体験した。チケットのもぎりや顧客の案内なども担当。クレームに悩まされる場面もあった。
松竹は以前から学生の人気が高く、毎年1万人を超えるエントリーを集める人気企業だ。それでもインターンの学生受け入れを決めたのは、採用活動の開始が遅れた今年のスケジュールを懸念したため。今月になってインターン生のほとんどがエントリーしていたことがわかった。「仕事の現場で嫌な思いをした学生もいるが、それも含めて志望度が増したと言ってくれた」(人事部)と手応えを感じている。
採用活動が本格化する前に学生と接触できるインターンシップやリクルーターの重要性はこれまで以上に高まっている。高島屋も今年、5年ぶりにインターンシップを再開した。
婚礼最大手のテイクアンドギヴ・ニーズ(T&G)は今年初めて、知識賢治社長が自ら30人のリクルーターを選抜。「会社の将来は君たちにかかっている」と檄(げき)を飛ばす。
ボウリング最大手のラウンドワンは、ボウリングや屋内スポーツで遊びつつ、設備やバックヤードなど店の裏側をのぞくツアーをインターンシップで実施する。例年100人近い大量採用を続け、確保した人材のつなぎとめにも知恵を絞る。内々定者には店舗で使えるサービス・割引券を最終選考後の内定の意思確認時に配布。今年は「研修を他社の内定が出始める時期に合わせたい」と、5~6月に実施。他社への流出を防ぐ。
■他社の内定学生を「横取り」
「就活に飛び級を」。こんなうたい文句で学生を誘うのは求人サイトのワイルドカード(東京・新宿)だ。他社が内定を出した人材に狙いを定めてスカウトし、選考を飛び級させる「横取り」サービスを提供する。企業によっては欲しい学生をいきなり最終面接まで飛ばすところもある。
「他社の人事や役員が認めた人材は信頼できる」。企業からは本音が寄せられる。選考時期の早い外資系の内定者にアプローチしたい国内企業や、大手の内定者を狙い撃つベンチャー企業が利用する。
3月時点で登録する16年卒は約700人。前年同期と比べ3割増えた。昨年は7社の内定を引っさげてワイルドカードに登録する猛者も現れた。
8月1日の選考開始日には自社の内定者を囲い込み、その後は他社の内定者を取り合う動きが10月まで続きそうだ。
■流通・サービスは「今春卒」でも苦戦
労働環境や待遇面などで敬遠されることもある流通・サービス業にとって「売り手市場」下での採用活動は試練だ。他の業界が来春入社に向けた採用に躍起になる中、ぎりぎりまで今春卒の採用に奔走した企業もある。
コロワイドは今月中旬まで、焼肉店「牛角」やしゃぶしゃぶ店「温野菜」を運営するレインズインターナショナル(横浜市)などの15年春入社の採用活動を実施。積極出店を支えるため140人を採用した。
中華料理店「日高屋」を運営するハイデイ日高も、今月中旬まで15年春入社の採用活動を実施していた。目標とする100人の募集に対し、現在、約90人の採用が決まっているという。
法政大学(東京・千代田)の市ケ谷キャンパスにある就活生向けのキャリアセンター。3月中旬に訪れてみると、大学3年生が資料集めや職員との相談に熱中するなか、室内のボードの「15年卒向け」のコーナーに、説明会や求人のビラがこっそりと並んでいた。訪れる4年生はさすがにまばらだ。
法政大によると、15年卒の就職希望者の内定率は95%に達した。にもかからず外食や福祉業界などを中心に、大学への求人は後を絶たないという。
▼2016年卒就活 経団連の日程ルールが変わったことで、大学3年生(16年卒)の採用活動は3カ月繰り下がり、3月から説明会などが本格スタートした。面接など本格的な選考も4カ月繰り下がり、8月からに変更。正式な採用内定の解禁は10月1日と変わらないため、2カ月間の「短期決戦」になっている。
ただ、新卒採用を増やす企業が多いことから、経団連に非加盟の中小や外資系を中心に「青田買い」が過熱。3年夏からのインターンシップやリクルーター導入で学生にいち早く接近したり、内定を早めに出して囲い込む企業も続出している。


