建設職人、年収1000万円超も 人手不足が企業揺さぶる

総合建設職人、年収1000万円超も 人手不足が企業揺さぶる

建設職人の不足がいっこうに解消しない。建設不況が長引く間に多くの職人がやめた半面、景気が底入れしたあとも若者の建設への就業が進まないためだ。落ち込んでいた職人の待遇の改善は徐々に進み、一部には年収が1000万円を超す人も現れた。しかし、今のところ職人離れの流れが反転する動きは目立たない。構造的な職人不足は今後も続きそうな雲行きで、建設や不動産から流通の出店戦略まで関連企業は労務費高騰への対応の巧拙で業績や成長力が左右されそうだ。

■型枠職人、29歳で大台

 

高層建築の溶接は高い技術が求められる(川哲工業の佐々木雷太さん)
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高層建築の溶接は高い技術が求められる(川哲工業の佐々木雷太さん)

精密な平面図から建物の立体構造をイメージし、分厚い合板を切り分けてコンクリートを流し込む木の枠を組み上げる。型枠職人は作業の正確さが求められるだけでなく、重い資材を担いで高所で作業することも多い重労働だ。東京中心に仕事を請け負う独立自営の職人、羽鳥浩さん(仮名、29)は「抱えている工事の量からみて今年の年収は1000万円強になりそう」と淡々と語る。年配の職人が不況時に次々とやめていく一方で、自分と同世代の職人がほとんどいない。景気の回復で工事量あたりの単価が上昇し、年収はこの2年間で6割増えた。仕事の精度はもちろん現場の職人全体の手順を決める「段取り」を含めて仕事を請け負うのが強みだ。都内の型枠工事会社の幹部は「工期に合わせるためには支払いを増やして職人を集めざるをえない。なかでも多くの職人を束ねて現場の仕事を差配する『職長クラス』の人材が足りない。こうした人は年収1000万円を超えるケースが増えている」と語る。

 

 

東京在住の左官職人、大谷豊さん(仮名、50代)もここ2、3年で潮目の変化を感じている。和室や居酒屋などでよく見かける土や砂を使った「塗り壁」をコテを使った伝統的な手法で仕上げるのが主な仕事で昨年の収入は約1300万円だった。塗り壁にはコテで土を押し固めて光沢を出したり、土の荒々しい風合いを出したりするなど、さまざまな技法がある。景気の回復に加え「難しい要望にも応えられる技能を身につけているため単価の高い仕事が増えた」という。

溶接職人も不足が深刻だ。北関東は東京鉄骨橋梁、川田工業、巴コーポレーションをはじめ大手鉄骨加工会社の拠点が集中する。ある工場の幹部は「同じ量の仕事を以前の6割の人数でやっている。受注は来年分まで埋まっており、再来年の商談でも断らざるをえない場合も多い」と明かす。周辺の相場は腕のいい独立自営の職人にスポットで仕事を依頼する場合の日当が現在4万円強。相場が落ち着いていた時期に比べ3割上がった。工事現場をうまく渡り歩けば月に80万円前後稼げる計算だ。

溶接は作業に応じて多くの資格があるほか、職人の経験がものをいう。長い年月をかけて職人を育てる役割を担っているのが専門の工事会社だ。ビルや橋梁など大型物件に強い川哲工業(堺市)の佐々木雷太さん(37)は「先輩の仕事を見て学ぶことから始め、一人前になったと感じるまで10年かかった」と振り返る。今ではトップクラスの溶接職人として知られ、高さが600メートルを超す東京スカイツリーの最先端部の取り付け作業なども手掛けた。

業界団体の日本溶接協会(東京・千代田)は「不況の時に受注価格が大幅に下がったため職人を抱えて育てられる会社が少なくなった」と指摘する。国土交通省のまとめでは建設職人はピークの1997年から2011年にかけて3割減った。型枠や左官職人も一人前になるのには7~10年かかると言われ、ここにきてまず高度な技能を持つ職人の不足が顕著になっている。

 

■「五輪後に一段と不足」

 

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2020年開催の東京五輪に関連した需要や東日本大震災の復興関連工事が一巡すれば職人不足は解消するとの見方も一部にあるが、建設経済研究所(東京・港)は否定的だ。昨年10月にまとめた推計では、建設業界に入る若者の数が現状程度の場合、2030年の建設技能労働者数は203万人と、2010年(266万人)に比べ約60万人減少する。団塊世代を中心とした高年齢層が大量に退職するためで、20年で4分の1の建設職人がいなくなる計算だ。一方、震災復興や景気回復などによるこれまでの工事量の増加は1割程度で、たとえ最近の「特需」がなくなったとしても職人需給の逼迫は年々強まっていく構図だ。「このままでは産業として立ちゆかなくなる」。同研究所の深沢典宏研究理事は危機感を募らせる。

高技能の人だけでなく職人全体の所得も回復基調だが、「水準が産業界全体に比べ見劣りし、若い人を引き付けるところまでは至っていない」(日本建設業連合会、東京・中央)。中小の建設会社の場合、健康保険などの社会保険に加入していない例が目立つなどの問題もある。このまま若者の就業がすすまなければ「市場原理に基づいて賃金相場が上がり続ける」(東京の鉄骨加工会社の役員)可能性もありそうだ。

 

建設業の人手不足の影響は、あちこちに表れている。不動産調査会社の東京カンテイ(東京・品川)がまとめた14年の新築マンションの首都圏の平均価格は4364万円と3年連続で上昇した。この10年でほぼ1000万円上がり、リーマン・ショック前(4131万円)を超えた。同社の井出武・上席主任研究員は値上がりの原因として「人手不足による建設費の高騰」を指摘、「20年までマンション価格の上昇は続く」と予想する。

東京カンテイによると首都圏のマンションの一般的なコスト構造は、建設費が約5割を占め土地代が約2割、残りが販売経費やマンション会社の利益という。モルガン・スタンレーMUFG証券の高木敦マネージングディレクターは建設費のうち約50%が人件費を中心とする労務費、約30%が材料費と指摘する。

厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、建設業の現金給与総額は13年度に前年度比1.6%のプラスとなり、08年度(1.8%増)以来の伸び率を記録した。高木氏は「建設労働市場の逼迫感は続き、今後も労務費は低下しない」と予想。マンションの売れ行きは落ち込んでいるが、労務費が下がらない以上、「マンション価格も高止まりせざるを得ない」とみる。

 

■人手不足が追い風の企業も

建設業の人手不足は企業を業績や事業計画などの面で揺さぶっている。鹿島は1月、現場で働く有能な労働者を対象に手当を積み増す「マイスター制度」を新設した。同社は労務費の高騰などが重荷となり、14年10月に今期の連結業績予想を下方修正した。職人不足の長期化に備え従来の報奨金制度もリーダー候補である20~30代の若手にまで拡大。年間10万円が上限だった金額も増やした。新制度では特に優秀な人材が年に270日働くケースで、年81万円になる例もある。マイスター候補である鉄筋工事会社・石沢工業(東京・江東)の武藤憲昭さん(47)は「若い職人にとって、いい目標になる」と語る。

 

<建設職人不足や労務費上昇に伴う企業の影響と対応>
企業名 コード
鹿島 1812 足元では労務費上昇が利益を下押し。採算
重視の受注を進め中期的な業績改善見込む。
大林組 1802 受注元への価格転嫁進み、労務費の上昇を
吸収。装着型の作業支援ロボット導入などで、
建設職人の高齢化に対応。
野村不HD 3231 マンション建設コストは11年比で3割増。市況
回復で上昇分は吸収。工期を短縮化する技法
の取り入れなどで対策。
イオンモール 8905 15年度の国内出店計画を10から5に修正。コ
スト上昇は計画の精査、デザインの見直し、ス
ケジュールの適正化で対応。
日野自 7205 16年中を目指していた古河工場の本格稼働を
工期遅れにより17年初めに延期。中期的な生
産計画は変更せず。
夢真HD 2362 建築現場の施工管理技術者派遣を手掛ける。
派遣単価上昇で前期の経常利益は67%増。
今期も最高益見込む。
ノザワ 5237 高層ビルの外壁向けに押出成形セメント板
「アスロック」が好調。独自の省力化工法も受
注拡大に貢献し、今期最高益見込む。
岡部 5959 工期を短縮できる構造機材品の販売が好調。
今期は3期連続の営業最高益を予想する。

イオンのSC運営子会社、イオンモールは15年度に予定していた10施設の半数で開業時期を先送りした。建設費の高騰を受け、採算を重視する姿勢に転換したためだ。一方、人手不足が商機となる企業も。建築材大手のノザワは、セメント板を金具に留める穴開け加工などを工場で済ませ、建築現場での取り付け作業を効率化できる工法を昨年開発。省力化につながるとして受注が拡大しており、今期の経常利益は過去最高を見込んでいる。