総合人材不足・採用問題解決の切り札はオフィス? より良い人材を獲得するためのリクルーティング・ブランディング術
リクルーティングに「オフィス」が重要な理由
「良い人材を確保しにくい」という問題が、多くの日本企業の課題となっている。帝国データバンクが2015年1月に1万社以上の企業を対象に行った調査でも、全体の37.8%が「正社員の不足」を感じ、24.1%が「非正社員の不足」を感じていた。労働人口の減少が進み、産業構造が変化するなか、アベノミクスの景気回復により一気に「人手不足」の問題が表面化したのだろう。このままでは、今後の景気回復の足かせにもなりかねない。企業はどうすれば良い人材を確保することができるのか。
一方、視点を変えて、求職者の声に注目してみよう。新卒者を中心に調査・研究を行う「就職みらい研究所」所長の岡崎仁美さんは、新卒者が「働きたい職場」についてこう語る。
「最近の学生は、人間関係において“和”や“協調”を重視する傾向があります。そのため、オフィス環境においても“社員同士のコミュニケーション”に配慮した施策への支持が高いようです。リクルートキャリアが2014年に15年3月卒業予定の大学生・大学院生を対象に行った調査でも、『コミュニケーションが密で、一体感を求められる』組織の支持がもっとも高く、『ウェットな人間関係で、プライベートでも仲が良い』組織、『周囲に優秀な人材が多く、刺激を受けられる』組織に対しても価値を感じる学生が多いことがわかりました」
コミュニケーションが円滑に行われ、職場に一体感があるというのは、企業が目指すビジョンやブランディングが明確な形で提示され、社内でも共有されていることだろう。メディアでは、終業後の飲み会を嫌うなどドライな若者の姿ばかりが取り沙汰されるため、少々意外な結果ではあるが、これが新たに社会に出ていこうという学生の本音なのだという。
そういった新卒者を始めとする求職者の声を肌で感じ、ブランディングとリクルーティングの両面からオフィス環境の整備に力を入れる企業も多くなっている。それでは、実際にブランディング・リクルーティングに成功した企業を紹介しよう。
「採用の効率化」に結びついている「海賊」オフィス
インターネット分野に特化した事業開発会社として、メディア事業やアドテクノロジー事業を展開するVAYAGE GROUP(ボヤージュグループ)。オフィス増床にともなって「慢性的に会議スペースが足りない」「収納が不足している」などの職場環境の課題を整理し、同時に社内の空間デザインも一新した。
VAYAGE GROUPの「海賊」をイメージしたエントランス「『VAYAGE』(ボヤージュ)という社名は、実は社員から有志で募ったオフィス改造プロジェクトの名称だったんです。『航海=IT業界で冒険し、新しいことに挑戦し続ける』というコンセプトが会社を貫く経営理念に通じていると感じ、最終的には社名になりました。社名へのメタファーとして、海賊をイメージしたデザインを取り入れています」とVAYAGE GROUP取締役CCO青柳智士さんは話す。
オフィス全体を「シップ」、社員を「クルー」と呼び、「オアシス」=図書館や「アジト」=社内バーというユニークな設備も兼ね備える。何気ない壁のアートが渋谷駅と社屋の位置関係を表した地図だった……など、見た目にも楽しいオフィスだが、そこはデザインの奇抜さを目的としているわけではなく、あくまでも、社内でのコミュニケーションと社外とのコラボレーションを誘発する目的で「機能的な空間作り」を心がけたという。
「たとえば執務スペースの中央には『デッキ』と名付けたフリースペースを設け、動線を集約して自然と人が集まるようにしています。社員のモチベーションの源泉は、“カッコいいだけ”のオフィスではなく、そこで働くことが自分の誇りにつながるオフィス。最初からその部分を意識して、どんな課題があるのか、どんなデザインが我が社らしいのか、社内でのヒアリングに最も多くの時間を割きました。その結果、新オフィス完成後のアンケートでは『自慢のオフィスだ』『会社がもっと好きになった』という嬉しい回答が。社員が楽しそうに語るオフィスがどんなものなのか、気になって見に来るお客様も増えたので、ブランディングという面でも大成功だと実感しています」(青柳さん)
一方で、エッジの効いた空間デザインは、好き嫌いが分かれるところでもある。しかし、それが実は「採用の効率化」という人材戦略につながっているのだという。
10万冊が収納できる図書館「オアシス」。最初は社長のポケットマネーで大量のマンガを購入したという「オフィスが経営理念や社風を体現しているので、一度見てもらえばどんな会社なのかがわかります。サイトでは社内の様子を動画でも公開していますし、説明会などに来れば実際に見ることもできる。そこで『自分と合いそうだな』と思った人だけが面接に来てくれるため、ぼんやりしたイメージではなく、強く『ここで働きたい!』と感じている人の中から採用ができるようになりました」(青柳さん)
多くの応募があっても、採用できる人数が増やせるわけではない。また、採用そのものにもコストはかかる。「求職者のフィルター」のような役割も果たしてくれるオフィス作りをすることは、精度の高い採用を実現する上で非常に有効な手立てだと言えるだろう。
社内の7割以上が「働き甲斐を感じる」と答えた「ハワイ」オフィス
次に挙げるのは、ブランディング戦略、広告コミュニケーションのプランニング、TVCMやWEBムービー、グラフィックデザイン、デジタルコンテンツ、クリエイターマネジメント、シェアオフィス事業……と、クリエイティブのほぼ全領域をカバーする広告制作会社northshore(ノースショア)だ。社名からもわかるように、オフィスのテーマは「ハワイ」。代表取締役社長兼CEOの石井龍さんは、「クリエイターのための楽園」をコンセプトにオフィスづくりに取り組む。
ヤシの木と砂浜が出迎えてくれるnorthshoreのエントランスとはいえ、単に楽園のイメージからオフィス作りのコンセプトが生まれたわけではない。そこには自社のビジネスの特徴を見極め、そこで働く社員たちがパフォーマンスを上げ、快適に働き続けるにはどうすればいいか、という経営的視点から、「ハワイ」というコンセプトが生まれている。
「制作会社でCMディレクターをしていたサラリーマン時代、家族旅行で訪れたハワイでオーシャンビューの気持ちのいい部屋に泊まったんです。すると、海を眺めているだけでアイデアがポンポン浮かんできて、しかも帰国してから提出してみると、どの企画も面白いように当たりました。その経験から『クリエイティブなものづくりには良い環境が必要だ』と強く感じたんです」
「クリエイターのための楽園=最高の環境」を一番に意識し、昨年8月の移転をきっかけに2フロアに分かれていたオフィスをワンフロアに統合。それによりスタッフ間のコミュニケーションがとりやすくなり、一体感が生まれたという。もちろん、コンセプトを表現する内装にもこだわりがある。
ラウンジスペースは、打ち合わせはもちろん、ノマドクリエイターのためのワーキングスペースとしても機能している「エグゼクティブスイート」
「クリエイターに大切な『集中力』には、そもそも限界があります。各自が意識的に気分転換できるよう、まさに『ハワイ』なインテリアで統一した広めのフリースペースをとりました。中心にはヤシの木を置き、天井にはシーリングファン、壁には大波のアート。世界最高の波を求めて最高のサーファーが集まるノースショアのように、northshoreにも最高のクリエイターが集まってほしいと思い、スタッフのことは『Surfer』、本社のことは『Beach』と呼んでいます。少しやりすぎたのか、会社に来られたお客様に『カフェかと思った』と言われることもありますが、移転後社内でアンケートを取ったところ、7割以上のスタッフから『働き甲斐を感じている』という回答が集まりました」(石井さん)
クリエイティブな仕事である以上、ハードなスケジュールが組まれることもあるというが、「クリエイターのための楽園」を体感できる環境で働いていると、自分がいかに会社から大切にされているかがわかるのだろう。その回答を裏付けるように、northshoreの離職率は非常に低く、驚異の4%台を維持しているという。さらに、新規スタッフの応募も2~3割は増え続け、社全体での受注も4~5割増だという。
「職場環境や社名などでnorthshoreのブランディングを明確に打ち出したことが功を奏した」と石田さんは語る。求職者から求められる職場の環境づくりにおいて、会社を貫くビジョンやストーリーがいかに重要かがわかる好例だ。
訪れた人が自社のファンになる「緑」のオフィス
最後は、生花店・青山フラワーマーケットなどを運営するパーク・コーポレーションだ。青山にあるオフィスビルを訪れると、そこにあるのは緑、緑、そして花。外観からは想像もつかない、森のような空間が広がっている。
社外向けの「見せる」部分だけでなく、社員が働くスペースにも緑があふれるパークコーポレーション「“花や緑に囲まれた心ゆたかな生活を”が当社のモットー。『本社の社員にも花や緑に囲まれた環境で働いてもらいたい』という社長の井上英明の思いは強く、創業当初から緑の多いオフィスです。運営する青山フラワーマーケットをパリのマルシェのようなイメージで作っているので、本社オフィスは『マルシェから帰ってきた家』というイメージでデザインしました」と語るのは、広報の拝野多美さんだ。
社内にインテリアのデザインチームとグリーンのスペシャリストを抱えるパーク・コーポレーションでは、オフィスに自然になじみつつ、訪れた人には強いインパクトを与える心地良い空間を自社で開発・実践している。
「本社を訪れて、『自分のオフィスもこんなふうにしたい!』と言ってくださるお客様も多く、依頼を受けているうちに『parkERs』という空間コンサルティングのブランドを立ち上げることになりました。ショールームと実験を兼ねているので、自社で使ってみて不具合があれば、デザインし直して世に出します。たとえば、ガラス面の下が花壇のようになっている応接テーブルは、土の重みで動かせないという欠点がありました。そこで、テーブルの脚に工夫をして、稼動性のある“使える”デザインにしたんです。使用者の生の声が直に聞けるのは、デザイナーにとっても大きなメリットですね」(拝野さん)
ミーティングスペースに通されて、感動する来訪者も多いという緑あふれるオフィスに長く勤めていると、社内からは「もう普通のオフィスで働けないかもしれない……」という羨ましい悩みも出るとか。また、心地よい空間に影響されて、普通のお茶を「おいしいですね!」と感動して飲む取引先も多いという。
「一番驚いたのは、面接に来ていきなり泣き出した女性がいたことです。どうしたのかと聞いてみると、『素敵すぎて感激してしまった』と。オフィスがメディアで紹介されるたびに求職者の数が増えるので、店舗拡大中の今、非常に助かっています。また、日常的に緑に囲まれていると生花店の運営に必要な感性も磨かれるので、社員にとっても仕事のしやすい、理想的な環境だと思います」(拝野さん)
同社のように「自社が扱う商品の魅力を伝えられるオフィス」は、ほかのどんな業種の企業においても目指すべき手本となるのではないだろうか。また、面接でも商談でも、オフィスを訪れた人間が企業のファンになるということは、ブランディングの面でも大きな成功と言えるだろう。
海賊、ハワイ、緑……一見すると夢のようにコンセプチャルなオフィスが並んだが、共通するのは「オフィス環境によって社内外に企業理念を浸透させる」という点である。単に豪華なだけではない、”わが社らしさ”のあるオフィスには、企業が求める優秀な人材が集まり、企業に魅力を感じたクライアントが集まる。オフィス環境を整備することで、採用を円滑に行い、業績をアップさせるための道すじを作ることもできるのだ。