総合建設労働者の処遇改善が一向に進まないワケ
職人(技能労働者)不足が常態化している建設業界(関連記事「ゼネコンが自ら招いた建設業の衰退」)。対策として国土交通省が打ち出している方針が「技能労働者の処遇改善」と女性活用を含む「担い手確保・育成」だ。
このうち技能労働者の処遇改善は建設業者に対して、適切な賃金水準の確保と年金、医療、雇用の3つの社会保険への加入率アップに努めさせるものだ。たとえばゼネコン(総合建設会社)の下請け建設業者では、社会保険の加入率が6割以下となっている。国交省には「社会保険にも加入できない業界に就職する若者を集めるのは難しい」という危機感がある。
具体的な方策は2つ。元請け業者であるゼネコンに技能労働者を適切な待遇で直接雇用させるか、適切な待遇で雇用していない下請け業者とは取引させないか。50年前のようにゼネコンによる直接雇用が難しいなら、下請け業者の雇用状況を厳しくチェックさせるしかない。
2次請け以下のチェックは困難
一方、「1次下請け業者はチェックできても、問題は2次下請け以下だ」との声をゼネコン関係者からよく聞く。大手ゼネコンですら、工事現場に出入りする労働者をすべて管理できていないのが実情で、労働者の確保は下請け業者の裁量に任せられてきたからだ。
そこで、建設技能者の処遇改善を進めるための「切り札」と期待されるのが、就業者が働いた現場や時間を記録する就労履歴管理システムである。過去には工場と違って工事ごとに現場が移動し、下請け業者も入れ替わるので、確かに労働者の管理は大変だったが、今はITを使えば本人確認と就労履歴の記録も簡単にできる。
たとえば就労データを使って、日給ベースの建設技能労働者の給与を正確に計算できるほか、転職機会が多い技能労働者の退職金の正確な把握にも役立つ。社会保険の加入状況も登録しておけば、簡単にチェックできる。技能研修などの受講履歴、資格・免許の保有状況などを記録して、経験や技能の公的証明にも利用できる。すでに同様のシステムはイギリスや韓国などでも導入されている。
「職人不足の深刻化で、外国人の不法就労が増えているようだ」(大手ゼネコン幹部)との指摘もある。4月から始まる外国人技能労働者の受け入れを円滑に運用するためにも、ITを使って本人確認ができる仕組みは必要だろう。
建設業界では、10年前からこのシステムの開発・実証実験が繰り返し行なわれ、すでに完成済みだが、実はいまだに本格運用が始まっていない。表向きはシステム費用負担などがネックと言われるが、重層下請け構造のもとで労務費の流れを透明化したくないとの思惑も働いているようだ。
復興工事で一部導入も…
開発がスタートしたのは2004年。大手ゼネコン5社の技術研究所で、共同研究に着手。国の助成金で実証実験を何度も繰り返し、有効性を確認してきた。
2011年の東日本大震災後の復興工事では、国からの被災地支援の要請でシステム運用機関として、「一般社団法人就労履歴登録機構」(代表理事・蟹澤宏剛芝浦工業大学教授、野城智也東京大学教授)を設立。福島市での除染作業員の被ばく量管理ツールとしてシステムを提供することになった。
「福島市には、全国からさまざまな作業員が来て民家の屋根や周辺で作業をするため、作業員の本人確認が住民の安心にもつながると期待されていた」(機構事務局)
普段は顔見知りの地元の労働者ばかりのところに、全国から労働者が集まるとなれば、福島市の担当者の心配も当然だ。5年ほど前に英国人女性を殺害した容疑者が、建設現場を渡り歩き2年以上逃亡して逮捕された事件を記憶している人も多いだろう。
しかし、2013年春からの本格運用直前に補助金は打ち切りになり、システムはストップした。国の担当者は「もともと2012年度単年の事業だった」と言い張るのだが、国が要請しておいてハシゴを外すのは何とも不可解と言える。機構は「事務局経費を賄うために理事でサラ金からの借金も考えた」と後始末に追われた。
同機構は、2013年にも国交省の助成金で大工技能者を対象に、実証実験を行ない、中小工務店でも利用できるスマートフォンを使った簡易で安価なシステムも開発済みだ。国交省でも、同システムの本格導入に向けて調査費を予算計上したこともあったが、最近はトーンダウンした印象すら感じる。「ぜひシステム導入を実現させたい」(国交省首脳)とは言うのだが、具体的な計画やスケジュールが決まらない状況が続く。これでは技能労働者の処遇改善にもつながらない。
一方で、2016年1月に始まるマイナンバー制度への期待もある。基礎年金や健康保険、雇用保険や住民票コードなど、行政事務が割り当てた個人を特定する番号はバラバラだ。それを一括管理するための仕組みがマイナンバーである。
中小業者に管理できるのか
これが導入されると、建設業の大半を占める中小零細業者もマイナンバーに基づく給与管理などが義務づけられる。その反面、就労履歴登録機構からみると、「マイナンバーは企業に対してセキュリティ対策が義務付けられ、罰則規定も厳しい。下請け業者にマイナンバーを管理できるのか。就労履歴管理システムを活用して対応すべきではないか」(事務局)という。
将来的には、マイナンバー制度と就労履歴管理システムを連携して、労働者に適切に給与が支払われていることをチェックする仕組みをつくることもできる。
「労働者に共通IDカードを配布するための費用などで、数億円の予算をつけてくれれば就労履歴管理システムの普及を始められる。マイナンバー制度の促進にもなる」と機構関係者は期待するが、果たして実現するだろうか。