総合市場が縮小すると人材の争奪戦が激しくなる
なんで東大から武蔵野に?
わが武蔵野のケア事業部に、東京大学を卒業して同大学院に在学中の研究者(の卵)がアルバイトに来ています。というと、きっとあなたは「そんなエリートがどうして武蔵野のような落ちこぼれ集団なんかに?」とお思いになりますよね。
ええ、それは私もまったく同意見です。
なに、理由を明かせば単純で、その院生はフィールドワークの一環としてわが社で働いているのです。彼は労働法関連の研究に従事していて、様々なケーススタディを集めるべく、わが社のみならずいくつかの会社をかけもちして学究の日々に勤しんでいるのだとか。大したものです。私も大学には9年通ったくらいの勉強好きですが、さすがに大学院での研究とかけもちまではできません。
その彼が先日、部長にこういいました。「いやあ、武蔵野ってのはしっかりしている会社ですね」。管理職とその部下とが円滑なコミュニケーションを取れるようにする数々の仕組みや、ここ数年精力的に取り組んできた残業を減らす努力、社員も納得する評価制度、賞与査定などを彼は高く買ってくれていたのです。
前途有望な若き研究者にそう評価されて、かねてより従業員満足の向上に心を砕いてきた私も「わが意を得たり」といったところだったのですが、ふと「待てよ?」と思いました。
「辞めさせる」のは正解なのか
だってわが社は天下に隠れもない正真正銘の中小企業です。会社の規模からすれば福利厚生関連の制度は整っているほうだとは自負しますが、だとしても(体力的に)できていないところ、至らないところは多々ある。それが「しっかりしている」とすると、世の「しっかりしていない」企業はいったいどんなものなのか。よっぽどひどいのではなかろうか。私は彼のフィールドワークの一端を拝聴してみたくなった。
彼は教えてくれました。「簡単に講師を解雇する学習塾がありますね」。それは私も名前は聞いたことがある有名なチェーンでした。彼自身もそこで講師として働いているが、生徒の成績が下がろうものなら即座に契約解除になってしまうのだとか。模試の類は学期中に2回は行なわれるでしょう。ということはその都度解雇も発生していることになります。
なんともったいないことを、と思いましたね。そりゃあ生徒さんの成績が下がるのは経営側からすれば由々しき事態でしょうけれど、だからといって講師を辞めさせることが解決になるとはちょっと思えません。「次は解雇されるかも」という恐怖が士気に与える悪影響も少なくないでしょうしね。契約内容がどうなっているのかは聞きそびれてしまいましたが、これは下手をするとパワハラとか労働基準法とかに抵触する筋のものなのではないでしょうか。
私だったら、その講師はなぜ生徒の成績を下げさせてしまったのかを徹底的に考え、カリキュラムや教材の見直しなどをしますね。講師は辞めさせるのではなく、再教育を施したり学習進捗度が比較的遅いクラスに配置換えするなどして対応するでしょう。だってせっかく採用したんですし。それに、「講師として優秀」というのは、もちろん学識を無視するわけではないとしても、単純に(だれでも習得可能な)技術の問題が大きいと思うからです。
市場が収縮すれとは、お客様にとっては選択肢が拡がること
あえて好意的に解釈すればその学習塾チェーンは、来るべき少子高齢化時代に備えて講師陣を順次淘汰し、精鋭だけを揃えておきたいと考えているのかもしれない。だとすればそれはそれでひとつの経営判断ですから、私がとやかくいうことではないのでしょう。それでもなお、いまいる講師をほぼ一方的に辞めさせて、それで優秀な(=生徒の成績を上げることができる)講師が代わりに入ってくれるのか、という疑問は依然として拭うことができません。
前回の当連載で、「2015年以降は市場が収縮し、奪い合いの時代になる」と述べました。こういう書きかたをすると、まず大部分の人はお客様の奪い合い、パイの奪い合いを連想します。それはもちろん正しいが、管理職がもっとも深刻に考えておくべきは「労働力の奪い合い」です。
おかしいじゃないか。市場が収縮すれば需要も減り、労働力も余るはずだ。そう思うでしょう。事実は逆です。市場が収縮するとは買い手市場になるということに他ならず、それはお客様にとっては購入の選択肢が拡がることに等しい。こうなるとお客様は「同じものを買うなら、より感じのいいあの店で」という価値観で購買を決定します。
売れる商品なら(過去何度となく書いているように)仕入れることができる。売れるサービスは真似できる。価格も、まあ企業努力である程度はなんとかなる。ところが「感じがいい」というのは、つとめて属人的なもので、ちょっとやそっとのことではいかんともしがたい。
最高のメンバーとはいまいるメンバーです
すると心ある経営者はどうするかというと、鵜の目鷹の目で優秀な人材を、あるいは優秀に育ち得る人材を獲得しようとするのです。ところがその人材も、少子高齢化の影響で絶対数が減っている 、これが「市場が縮小すると労働力の奪い合いになる」というカラクリです。
もちろん長期的に見れば需給バランスも落ち着いて、人材の奪い合いという事態もやがては沈静化するでしょう。しかしそれは当分は先の話であって、シビアに捉える必要はないというのが私の見解です。中堅・中小企業の管理職としては、まずは目前に迫る人材争奪戦をなんとかしなくてはなりません。
そういう見地からすると先の学習塾チェーンのしていることは反面教師的な示唆に富んでいます。同チェーンは「このままではまずい」という危機感は持っている。それは大変素晴らしいことです。しかしその後がいけない。「いまいるメンバーでは危機を乗り越えられない」と考え、講師を解雇することで問題を解決していこうとしているからです。
この「辞めさせて解決」(したつもり)というのは、当該チェーンに限らず多くの会社でよく見られます。しかしその人材も、入社しおおせた時点で一定以上の基準をクリアしているはずです。であれば、彼を鍛え直したほうがよほど手間もコストもかからない。管理職たるあなたに常に必要なのはこういう発想です。
最後に、私が以前にも書いた言葉を多少表現を変えて再掲しておきます。「来たるべき危機を乗り越えるにあたり、最高のメンバーとはいまいるメンバーです」。