企業にストレス検査義務

総合企業にストレス検査義務

企業が行う社員の心の健康対策として、今年12月から、社員50人以上の会社で年1回、心理的な負担の程度を測るストレスチェックの義務化が始まる。

 ストレスの状況を把握し不調を未然に予防することなどが目的だが、導入には課題も多い。

 粘着テープメーカー「ニチバン」(東京)は昨年7月、社員650人を対象に、ストレスチェックを実施した。パソコンの専用サイトで「最近ひとつのことに集中できない」「体がだるい」など約70項目の問いに、「全く当てはまらない」「とても当てはまる」などと選び回答していく方式だ。社員の99%が回答した。

 精神保健関連企業大手の「アドバンテッジリスクマネジメント」(東京)と提携し、ストレスチェック義務化を先取りする形で、2009年から年1回実施している。

 結果は、サイトで本人が確認。ニチバンに個人の結果は知らされない。ストレス度の高い社員には、アドバンテッジ社が専門家への相談や医療機関の受診を勧める。ニチバンにはストレス度の高い人の割合や、多い部門など組織としての傾向が伝えられる。

 総法務人事部は「社員がストレスの状態に気付くほか、会社としても傾向を分析し課題を見つけてきた」と話す。課題に応じて、管理職研修で部下にストレスを感じさせない話し方を、新人研修で健康維持のコツを助言するなどしている。

職場環境改善に生かす

 玩具卸大手のハピネット(東京)も、同様の仕組みで、グループ会社の社員約1000人を対象に年1回実施。電話やメールなどで24時間相談できる体制も整えている。

 義務化されるストレスチェックは、厚生労働省が57の質問項目例(図左)や、手順(図右)を示している。プライバシー保護のため結果は労働者に直接通知する。一方、事業者側が結果の全体的な傾向を把握、分析することは努力義務とされた。同省産業保健支援室は「働く人に過重な負担がある場合は、労働時間短縮などの措置を取る必要がある」と事業者の責任を強調する。

 医師との面接を希望する人は人事部などに申し出るが、それを理由に不利益な処遇などをすることも禁止する。

 義務化の背景には、精神疾患の社会問題化がある。同省の11年の調査によると、うつ病などの気分障害の患者数は約95万8000人と15年前の2・2倍に増加。13年の別の調査では、全国約9000事業所のうち、過去1年間に精神疾患などで連続1か月以上休業、または退職した労働者がいる事業所の割合は10%で、前年より2ポイント上昇した。

 東京大学教授の川上憲人さん(精神保健学)は、「ストレス度の高さとうつ病や自殺には関係があるという研究もある。多くの従業員が参加し、職場の改善に生かされれば制度導入の意義はある」と話す。

ストレスチェックの義務化 昨年6月公布の改正労働安全衛生法による。施行は今年12月1日。1年に1回以上、医師または保健師らが実施。実施状況は労働基準監督署に報告する必要がある。社員50人未満の会社は努力義務。

社員の「心の健康」維持へ

  • 東京都内で昨年開かれたストレスチェック義務化をテーマにしたセミナー(アドバンテッジリスクマネジメント提供)

 ストレスチェックが義務化されることに伴い、企業には戸惑いも広がっている。

 「日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所」(東京)の調査(昨年6~8月、上場企業250社が回答)では、義務化されるストレスチェックや医師の面接指導の両方をすでに実施している企業は3割。これから準備を本格化する企業も多いとみられる。

 昨年、東京や大阪などで、厚生労働省担当者らが制度について解説したセミナーには、企業の人事担当者らが詰めかけ、「どのように導入すればよいのか」といった質問が相次いだ。

結果の取り扱いに苦慮

 多くの企業が気にするのが情報の取り扱いだ。プライバシーの問題から、個人の検査結果は同意なしに、会社に提供してはならないが、社内の担当者が事務を担当する場合もありうる。担当者には守秘義務があり、データの入力や結果の保存などを慎重に行わなければならない。「社内で行うのは無理がある」「専門企業に外注すれば費用がかかる」との声も聞かれる。

 また、面接を行う体制作りも懸案だ。各地に営業所がある企業などは、「産業医らがいる本社以外でも、社員の要望があれば、面接を行う必要がある。提携先を確保できるのか」と困惑する。産業医らが所属する日本産業衛生学会(東京)は、「制度に関する科学的根拠が不足している。心の健康への対応を、法律という形で義務化することは疑問」と指摘する。

 今回の法改正では、事業者側が検査結果の全体的な傾向を分析し、改善につなげることは努力義務とされた。NPO法人神奈川労災職業病センターの川本浩之さんは「企業は従業員の心身の状況を把握し、職場の改善を進める責任がある。分析が努力義務にとどまったのは問題」と話す。

 また、ストレスチェックは企業が行う健康診断とは異なり、労働者に検査を受ける義務はない。日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所の飯田進一郎さんは、「社員が質問項目に対しありのままに回答しなかったり、面接を望まなかったりするのでは、制度が機能しない。導入時に、取り組みの意義や個人情報の取り扱いなどをきちんと説明する必要がある」と話す。精神科医などが所属する日本精神神経学会(東京)も、「受診の啓発が必要」としている。

 仕事に対してストレスを感じている労働者は増え、企業が社員の心の健康対策を進めることは不可欠だ。国は3月をめどに具体的な制度の運用方法を示す予定で、導入後は制度の評価も行う。見直しも随時行い、働く人が納得して検査を受けられる制度にしていくことが重要となる。