ストレス耐性のある新卒は絶滅しましたか?

総合ストレス耐性のある新卒は絶滅しましたか?

懐古趣味ではマネジメントはできない

前回の当連載で、「最近の若い人はストレス耐性がきわめて弱くなった」という内容の記述をしました。そういう世の中になってしまった以上、マネジメントもそれに合わせて変えていかなくてはならない–、と。今回はそれと続く話をさせていただきましょう。

これも前回触れたが、わが社では就活中の学生さんに対しては『エナジャイザー』を受診してもらっています。これはリーズナブルとはいえない分析ツールですが、わが社の企業風土や文化になじむことができない人を採用しては互いに不幸ですので、コストは気にせず「全員受診」を実施しています。

エナジャイザーでは、被験者のストレス耐性が数値で明確に出ます。これまでわが社は、ストレス耐性が弱い人材は、他の数値が優秀でも採用はしませんでした。

ところがここ数年–、もう少し具体的にいえば、いわゆる「ゆとり世代」以降–、ストレス耐性が強い学生は少なくなりました。こうなるともう「ストレスに弱い人は採用しない」などとはいってられない。そんなことに拘泥していたら人材が採用できなくなるから当然です。

「以前はよかった」「昔はこうじゃなかった」なんて嘆くのは、ただの懐古趣味です。もっというなら敗北主義です。嘆いたってボヤいたって事情は当面決して変わらない以上、自らが変わって時代に対応するしかない。そう頭を切り替え、マネジメントのやりかたも根本から変えました。

マネジメントのキーワードは「傾聴」

以前の、といってもつい10年~15年前の武蔵野のマネジメントは、簡単にいえば「指示」でした。あれを仕上げておきなさい、これを売ってきなさい云々という具合です。実際にはもう少し乱暴といいますか、「おらおら、早よやらんかコラ」「とっととお客様訪問してこい、タコ」みたいな口ぶりであったことは、事実です。

ですが、ストレス耐性の高かった昔はそれでも特に大きな問題はありませんでした。管理職は、部下に指示すべきことをしっかり覚えておいて、そしてきちんと実行させてさえいれば組織は回ったのです。

いまは「絶対に」そんなことはやれませんね。蝶よ花よと乳母日傘(おんばひがさ)で育てられてきた昨今の若い社員にとって、そんな伝法な口ぶりは大ストレスもいいところです。

そこでマネジメントの手法を根本から変えました。従来の「指示」のマネジメントは止め、代わりに「傾聴」に徹することにしたのです。つまり「ああしろ、こうしろ」ではなく、「きみはこの会社(武蔵野)でどうしたいのか、どうでありたいのか」を聞く。すると、いかにストレス耐性の弱い新人であろうと前向きなことをいいます。「給料は××万円くらい取れるようになりたい」「来年には主任になりたい」などと。

その仕事をする意義を理解・納得してもらう

こういうふうに相手の希望を知れば、具体的なアドバイスができます。「××万円の給与となると、わが社の規定の号俸(賃金表において号数ごとに設定された給与額)では10号俸ほど上がらなくてはいけないよ」「つまり、A評価を2回続けて取る必要があるね」「きみの場合、A評価を取るためにはどうしたらいいかというと…」などと。

すると以降、新人は上司からの助言を非常に受け容れやすくなります。早い話が、あれこれ指示を受けてもあまりストレスを感じにくくなる。どうして? 「こうでありたい」という本人の実現するための指示だからです。ある意味では傾聴のマネジメントというのは、その仕事をする意義を理解・納得してもらうための手続きだともいえるでしょう。

…という話を、かねて懇意にしている編集者にしたところ、彼は目を丸くしていいました。「そこまでして差し上げなくてはならないのですか」。私はいいました。「当然でしょう」。だってそういう時代ですから。彼ら若い人たちがストレスをあまり感じないで済む環境をつくってきたのは、いってみれば私たちです。である以上、そのツケも私たちが払わなくてはなりません。

わが社のことでいうと、今年の新人に対しては「傾聴のマネジメント」の個別対応も始めました。昨年まではだれに対しても一律な傾聴で良かったものが、今年は「Aさんにはこういう質問をしなさい」「Bくんにはこういうふうに聞きなさい」「Cさんにはこうやって」と、他ならぬ私自身が管理職に指示をしている。

もう少し具体的にいうと、週に4日–、よろしいですか、週4ということは「ほぼ毎日」ですぞ–、私は課長・元課長を対象に、新人に対するマネジメントのやりかたを指導しています。いやはや、前述の編集者氏が聞いたらきっと天を仰いで嘆息することでしょう。でも、そうでもしないとにっちもさっちも行かないのが現実なのです。

「きみの部下はもっと傷ついてるんだ」

最近実施した従業員アンケートの中で、こんな回答がありました。「××課長は嫌だ」。彼はなかなか傾聴のマネジメントができない人材でした。自分のマネジメントに問題があることも知らず「名指しでこう書かれると傷つきますね」という××課長に私はいったものです。「馬鹿をいうんじゃない、きみの部下はもっと傷ついてるんだ」。

××課長に少しだけ同情を示すなら、つい先日まで「ああしろ」「こうしろ」と上から目線で指示を出していた(そして、それで特に問題はなかった)わが社の管理職にとって、今日からいきなり傾聴のマネジメントに切り替えるのは難しいものがあるとは思う。しかし、それをすることができた管理職とできない管理職とでは業績に厳然たる差が出る。

だから私はそうした数値を見ながら諭しています。「きみの同期の××課長は、きちんと傾聴のマネジメントを行なって、これだけの業績を出している」「一方、いつまでも指示のマネジメントから離れられないきみはこの数字だ」「このままでは更迭することになるよ」。そして事実、更迭した管理職も何名もいます。

ここであなたに理解していただきたいことはひとつです。いつの時代の新人を差配するにしても、マネジメント次第できちんと業績を上げることは可能だという事実です。10年、20年ごときの世代論などぶって利益が出せるのならそれでも結構。しかし現実はそうではない以上はマネジメントを変えるしかない。大切なのは時代を嘆くことではなく、あくまでも数字を叩き出すことですから。