育児と仕事のリアルに触れ、固定概念を打ち砕く

女性雇用育児と仕事のリアルに触れ、固定概念を打ち砕く

経済・教育・政治・健康の分野での各国の男女平等の度合いを指数化する世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数」。10月に発表された最新の2014年度版で、日本は142カ国中104位。主要先進国では最下位と、アベノミクスが掲げる「女性が活躍する社会」実現への道のりの厳しさが浮き彫りになった。

中でも、課題として議論されているのが、女性のキャリアと育児の両立だ。その具体的方策としては、短時間勤務制度やテレワークなど「環境整備」に注目が集まることが多いが、誰も手をつけてこなかった斬新なアプローチで課題解決に挑む若き起業家がいる。25歳で一念発起、スリール株式会社を立ち上げ5年目を迎えた堀江敦子の視線の先にあるのは、社会に出る前の学生たちだ。

スリール 代表取締役の堀江敦子。(撮影:鈴木愛子)

育児のサポートを通じた“学生のキャリア教育”

10月下旬の週末、都内某所のホールに100人ほどの学生が集まった。

和やかな雰囲気の中で、少し緊張した様子で壇上に立った女子学生が自分の体験を語り始める。

「インターンシップに参加するまで、私はプロ野球選手の奥さんに憧れるような専業主婦志向だったし、『社会に出て働く』というイメージを具体的に描くことができませんでした。でも、実際に仕事と育児を両立している社会人家庭に関わらせていただくと、働き方にはいろいろなスタイルがあって、一人ひとりそれぞれに歩む道は違うのだと気づきました。今は社会に出るのが楽しみです」

会場を埋める学生たちはうなずきながら、拍手を送る。

この会は、スリールが主催する「ワーク&ライフ・インターンシップ」に参加した学生たちが自身の成果を報告する「最終プレゼンテーション会」。ワーク&ライフ・インターンシップとは、子育て中の共働き家庭に学生をインターン生として紹介し、家庭にとっては育児のサポートとして、学生にとっては社会人のロールモデルから学ぶ機会として価値を共有し合う事業。4年前に同社代表の堀江敦子がゼロから仕組みを構想し、これまで300人以上の学生が参加した。

子育て家庭に学生が入るというと、「育児支援」としてのベビーシッター派遣と混同されがちだが、堀江のねらいはそこではない。「私がやりたいのは、“学生のキャリア教育”なんです」と強調する。

2012年に堀江自身の「3年後の目標」を作ったというイメージ。オフィスの壁には、インターンシップ生からの寄せ書きなどが賑やかに飾られている

ベビーシッター経験が“起業”の気づきに

医者の家系に生まれ、兄姉やいとこのほとんどは医師を目指した。物心ついた頃には、周りに比べて「勉強ができない」自分にコンプレックスを感じ、友達からお嬢様扱いされることにも抵抗を感じていた。

医者になれるようないい成績は出せない。でも、もっと自分を認めてほしい。私にできることって何だろう――。

少女期を振り返りながら、堀江は「打ち込めるテーマをいつも探していました」と語る。

葛藤に悩んでいた堀江に、一筋の光が差した。通っていたお茶の水女子大学附属中学校の授業で出合った「ジェンダー」というテーマ。「DV」や「児童虐待」という社会問題が存在することを知り、児童養護施設に3カ月通ってレポートを書いた経験で、世界の見え方が変わった。以来、地域のボランティアセンターに通い詰め、高齢者やDV被害者、障がい者などと接する中で、「すべての人が自立して幸せになれる社会づくりに貢献したい」という思いが明確になっていった。

子どもはもともと好きだった。小学生の頃には同じマンションに暮らす子育て中の家庭のドアフォンを鳴らして「赤ちゃんのお世話をさせてください」と申し出ていたほど。アルバイトやボランティアでこれまで預かった子どもの数は100を超える。

とりわけ堀江の価値観に影響したのは、大学生の頃に会社経営者の女性のベビーシッターを頼まれた経験だ。週3日4時間ずつ、生後1カ月半の乳飲み子の世話をした。食事をする暇もないほど壮絶な育児の実情を体感し、「育児は一人ではやりきれない。子どもにたっぷり愛情を注ぐためにも、親がゆとりを持てる環境づくりが不可欠」と確信した。依頼主の女性は、カバン持ちならぬ“ベビーカー持ち”として堀江を連れて、仕事の打ち合わせやラジオの収録などの仕事を子連れでこなしていた。育児と仕事に奮闘する先輩の背中を間近で見ながら、堀江は「企業勤めの他に起業するという選択肢があるんだ」という気づきを得た。

「“仕事と子育ての両立”という言葉はさんざん聞いてきたけれど、母親が専業主婦だったこともあって、私の頭の中では仕事と育児は分離したものだったんです。実際に両立している先輩の生活に入って初めて、仕事と子育ての二つをつなげて理解することができました」

「ワーク&ライフ・インターンシップ」の効果を、誰よりも先に実感したのは堀江だったのだ。

就活を経て、IT企業に入社

政府主導の制度が整っていながらも少子化の問題を抱えるドイツの視察にも行った。インタビューや視察から見えてきたのはやはり「固定概念の打破」の重要性だったという。趣味はミュージカル鑑賞だが、「スリールに没頭してなかなかいけませんね(笑)」。

ただ、すぐに自分が起業するというところまで当時は考えられず、就職活動を始めた。

「すべての人が自立して幸せになる社会」のために、福祉関係などの企業5社、厚生労働省などでインターンシップ経験をし、認知症ケアの高齢者施設に1カ月間泊まり込みでボランティアもした。「世の中を変えるのは、人とお金の流れを作ることだ」と実感した堀江は、社会のニーズを汲み取る仕事に就きたいと考え、卒業後はマーケティングリサーチを行うIT企業に入社。「若いうちから責任のある仕事を任されて、3年で求められる人材になれるくらいのスキルを磨ける環境」であることも重視した。

入社後は、マーケティング部門に配属され、会員獲得や活性化のための業務に従事。「毎日夜遅くまで、夢中で楽しく働いた」。

育児の当事者の声が小さすぎる

子どもと接する機会が豊富だった堀江は、職場のワーキングマザーの姿に自然と目が行き、自分からランチに誘うなど積極的に関わろうとした。子育てをしながらいきいきと働く先輩もいる一方で、営業トップの成績をあげていた女性が育児休業復帰後に以前のようには活躍できていない現実もあることにショックを受けた。「17時に帰ってはいるけれど…、仕事と育児をうまく両立できているとは言えないかも」と打ち明けた先輩の言葉に、「自分の番が来た時のためにも、状況を変えなければ」という危機感を抱いた。

「子育て中の当事者は遠慮して声をあげにくいし、反発を招くこともある。であれば、将来、当事者になり得る20代の若手社員が一丸となって『子どもを育てながらでも活躍できる環境』を求めなければ。そうでもしないと、会社も動いてくれないはず」

堀江はすぐに同期入社の社員50人に声をかけた。皆、「そうだね!いいアイディアだよ」と同調してくれた。しかし、次に出てくる言葉は決まって「でも、ごめんね。一緒になって手伝うことはできない」というものだった。仕事が忙しい、今は自分のことで精一杯……理由はまちまちだったが、要は“当事者意識の欠如”だと堀江は理解した。孤独感を抱きながらも、心の中で腑に落ちる部分もあった。

若者の意識を変えるには

政府が少子化対策を掲げて20年。根本的な解決がされないのは、当事者の声が小さすぎるからではないか。現在、日本で未就学児を育てる世帯の数は、全世帯数のわずか8%ほどと言われる。その中で母親も働く世帯となればさらに少ない。職場に頭を下げながら仕事と育児を両立する母親たちは、批判を避けてあまり主張しようとしない。不満を抱えても、子が育てば忘れ、声はかき消されていく。そして、環境はいつまでたっても改善されない――。

「だったら、やっぱり、当事者になる前の段階の若者層から意識を変えていく必要があると思いました」

では、どうやって変えるのか? 堀江の答えはすぐに出た。

「私と同じような体験をすればいい!」

社会に出る前のベビーカー持ち体験で、堀江は“仕事と育児のリアル”を疑似体験した。それは「大変そう」な現実を見ると同時に、「やれば何とかできるかもしれない」という希望を獲得する経験でもあった。何より、「働き方も生き方も人それぞれ。こうでなければならないということは何もない」という気づきが、社会と深く関わりたいという積極性を押し上げた。

就職活動を前向きに楽しむ堀江に対し、周りの同級生は「アッコはすごいね」「総合職で頑張るなんて無理。私はそこそこでいい」と距離を置いた。自分と彼女たちを分けたもの、それは、単純に「体験をしたかどうか」だと堀江は分析していた。

思い立ったら、すぐに行動を始めた。ワーク・ライフバランス社のコンサルタントの資格を取得し、週末に学生向けのセミナーを主催。新宿区男女共同参画推進委員としても活動をしていた。会社員生活との二足のわらじでできる範囲の最大限に取り組みながら、「セミナーで教えるだけでは限界がある」とも感じていた。

柳井正氏の「一勝九敗」で起業を決意

一方で、入社4年目となった本業の仕事は忙しくなっていった。

コストを3800万円圧縮しながら会員数を増やした実績が認められ、経営会議にも呼ばれるほど実績を認められていた。しかし、これから先ずっと走り続ける場所がここでいいのか。仕事は楽しかったが、激務から体調も崩し、この先どうしようかと悩みが深まった時に新たな道が見えてきた。

「ある晩、お風呂に入りながら自分の将来を考えていた時、まるで雷に打たれるようにすべてがつながったんです。私ができること、やるべきことは、やっぱり女性を含めて誰もが働きやすくなる社会の実現。そのための活動だと。自分の将来を諦めない人を増やすために、今動き出そうと決断しました」

この時、堀江の頭に柳井正氏の言葉「一勝九敗」が浮かんだ。

「9回連続で負けてもなお、もう一度勝負を挑める。それくらいの覚悟でやっていける?と自分自身に確認しました。この時、私は25歳。5年やってダメなら、30歳からもう一度やり直せばいいと覚悟を決めました」

堀江は辞表を提出し、2010年11月にスリールを立ち上げた。スリールとは、フランス語で「笑顔」という意味だ。